何だか古泉がハルヒを気にしているのに、今更ながら気づき至った。バイトはどうでした学校はどうでした彼女は…としきりに尋ねてきたのがそこまで言って口を噤む。何が言いたいんだこいつ、とまた少し背が伸びて俺と目線が対等になった古泉を覗き込むと、何か期待している様相なもので、ふむもしやこいつ話に聞くだけのハルヒが気になったのかこの水色時代め、とそう考えて、傍から見ると俺たちが向かい合ってお互いを見ているという何とも寒すぎる事態になっていると思い、それとなく目を逸らした。
何で古泉の言う彼女がハルヒに結びついたかって?
そんなの、古泉はハルヒのことを絶対名前で呼ばないからさ。







Good bye,my majesty!








本州が梅雨入りしたってのに沖縄はもう梅雨明けのようで、これから台風とか熱帯低気圧でまだ豪雨の被害を被るかもしれんのに梅雨明けっておかしくないか?と本州の梅雨入りと南の離島の梅雨明けを報じる天気予報を見ながら俺はぼんやりとくだらないことを考えていた。
今月の初めはそこそこ晴れ間が続き、真夏日手前まで太陽が頑張った先月を引きずっているようで、湿気が嫌いな俺は早く秋になっちまえとハルヒを論えないほど無茶苦茶な願望をこぼしたものだが、当然ながらも市電よりは正確で順当な過ぎゆく時間は、今月中旬を越えた頃にはねっとりまとわりつく重たい空気が流れてくるこの季節を運んできてくれたわけである。
大学のエアコンも点検を終えて試運転を始め、雨が降って窓が開けられなくなっても気温が調整できるようになった大学構内であるが、この時季必要なのはエアコンでなくて除湿機だと思うね俺は。このどろどろ粘着質な空気を何とかして欲しい。切に。
雨の、木々や葉の青臭さが溶け込んだような匂いを嗅ぐと、じんわり頭が熱くなって寝苦しい夜が続くと、夏が駆け足で近づいてきているような気分に殊更なる。起きたときに汗だくだった体を朝にシャワーで流せるのはこの上なく爽快だが、残念なことに昼にはその一連が無駄になるほど汗みずくに戻るので、あまり夏が好きではなく、人並みに快適さを求める俺にとって向こう二、三ヶ月は拷問となろう。やれやれ。
しかし例外はやはりいるもので。


「キョンッ!夏よ!夏になるわっ!」
「お楽しみのところ悪いが、まだ梅雨だ」
「ああ!このじめじめムシムシした時期も、夏の準備期間だと思えば目を瞑ってやれる気がする!」
「別に梅雨は目を瞑っていようがいまいが関係なく来ると思うがね」


今から夏を鬱陶しがらせるようなこと言うなよ。
両手を広げて明後日の夏を懸想するハルヒの背中を見て、俺はうんざりした。


「あと一ヶ月ちょっとで夏休みなのよ?これはもうサークル強化合宿をやるしかないわね」
「思いっきり文化系のサークルじゃないか、ここ」
「やっぱり夏といえば海ね。どうせ行くなら孤島がいいわっ!貸切で砂浜を独占するの!我がサークルの看板であるみくるちゃんも連れて…」
「朝比奈さんの予定は無視か」


それ以前に、朝比奈さんはもうサークルを辞めて社会人になったというのに。


「関係ないわっ!辞めたってこのSOS団はみんなの故郷だもの!」


ハルヒの大音声の演説を聞き流しながら、俺は少しだけ嬉しかった。
俺の知る高校時代のハルヒは、いつも眉を寄せて口をへの字に曲げて、この世に面白いことなんて何ひとつないなんて雄弁に語る顔をして孤立していた。二年三年になってその仏頂面は和らいだけれども、一年の初め数ヶ月でハルヒの笑顔というやつを俺は見ていない。当然の如く友人なんていやしないで、善意で近づく女子たちを悉く追い返していたあの頃を思えば、今のハルヒの言葉は、ハルヒの心持ちが変わった証に他ならない。
だが。


「どっちにしろ俺は行けんぞ」
「何でよ!」
「俺が家を空けたら古泉が独りになっちまうだろうが」


森さんの多忙さに限って融通が利くということはないだろう。


「一緒に連れてこればいいじゃない」
「一緒にってな…」


今年は古泉も受験を控えているし、年上ばかりがいる団体と旅行なんてしたくないのではないか。俺だったら嫌だ。
と、勝手に慮って夕食のとき古泉に尋ねてみた。


「孤島…ですか?」
「そんなもん都合良くあるわけないだろうが、とりあえず海に行くことだけは決まっちまってな。受験あるし、行くのは俺らんトコのサークルの奴らだけだからつまらんかもしれんが、お前はどうする?」


古泉は手に持ったご飯の茶碗を見つめた。奴の目はその是非を考えているようで、もっと別の色々なことを考えているようでもある。
やがて古泉は持ち上げた碗を再び下げ、相変わらずすぎて定着しつつある無表情の顔をあげた。


「僕の知り合いに一人そういった場所にペンションを構えてらっしゃる方がいます。もしかしたら了承がとれるかもしれませんので連絡してみましょう」
「え、いや、お前…いいのか?」
「別に受験だからといってずっと勉強しなきゃいけないわけじゃないですし、せっかく夏に海へ行くんですから良い思い出を作りたいでしょう?」


待て。それでは何だか俺が海へ行くのを楽しみにしてるみたいじゃないか。ハルヒはともかく、俺はもう楽しい思い出とやらを率先して作りたいと張り切る精力なんかないぞ。
渋面の俺に何を思ったか古泉は柔らかく微笑んだ。


「大丈夫ですよ。あなたと彼女の邪魔なんてしませんから」


そうかい。なんかとてつもなく壮大な勘違いをしてないか、こいつは。


「言っておくが古泉」
「はい」
「俺とハルヒは世間一般でいうところの恋人同士なんてもんじゃないぞ」


古泉は一瞬目を丸くして、笑った。笑ってはいるが、俺には少し怒っているように見える。


「それ、彼女の前では言わないでくださいね」


意味がわからん。







三ヶ月。
(呆れた!まさかここまで彼女の好意に鈍いなんて!いや、彼ならば自分への好意は全方位で鈍いに違いない。早く彼女が安定することを祈り、尽力している僕としては、何やら彼女にシンパシーを感じてやまない。
それにしても、夏に海へ行くなんてありきたりなイベントだけで、彼女は果たして満足するだろうか。これは早急に対策を練らないと。あとで書類を書いて本部に転送し、詳細を連絡しなければ。)








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(080621)