どうして、誰も彼もがみな挙って俺を表舞台に立たせようとするんだ。新手のイジメの一環か?




ravenous ruffian




携帯電話を充電器のスタンドに挿してすぐ、ハルヒから連絡があった。それなりに予期していたことなので(それでも連絡など来なければ良いのにと願っていた節は否めないけれど)、スタンドからコードに切り換えて充電を続けながら通話ボタンを押す。


「もしもし」
『おっそーい!あたしがかけたらワンコールで出なさいよ!』
「無茶を言うな。こちとら出張明けの仕事なんだ」
『出張?ふぅん、どこに行ってきたのよ。ていうか、お土産はあるんでしょうね。なきゃ死刑にするわよ!』
「へいへい、お前がそういうの見越して買ってきて良かったぜ。一応パリまで行ってきたんだが、お前、ワインは大丈夫か?」
『なになに、ロマネ・コンティ?』
「阿呆か、俺が破産するわ」


何よー、羽振りの良くない男ね、と電話口でハルヒが理不尽な要求を騒ぐ。しかし無い袖は振れないものだから、それはもう諦めてもらうしかない。


『まあ、外国も日本と変わらず物騒になってきたものね。スられたりしてない?もしくは銃創のひとつでもこさえたりしてないでしょうね』


銃火器の携帯を認めていない日本の治安と比べるな。あっちは行方不明者の捜索さえ稀なんだぞ。そもそも、スリと銃創は同じレベルで語って良いものでない。


「言葉だけを見るなら光栄身に余りすぎて涙が出そうなくらいの良いセリフなんだから、もう少しその期待するような声を隠せよ。何を期待してるんだお前は」
『それは勿論、あっちのマフィア同士の抗争に巻き込まれたり』
「わかった、もう黙れ俺の心の安寧のために」


それと、マフィアの主流はシチリアだ。国すら違う。
渋面の俺にきゃらきゃらハルヒは笑う。その声を聞く限り、ひっきりなしにかかってくる仕事とは無関係な電話に堪忍袋の緒をぶった切ったということはなさそうだ。頭に血が昇りやすく、気の短いハルヒのことだから、己の立場をうっかり忘れて相手方に怒鳴り散らすくらいはするだろうと踏んだのだが。


『何言ってんの。懇切丁寧に教えてあげたわよ、アンタのプロフィール』
「はっ?」
『あっちが知らないのは本名とかそこら辺でしょ。あたしずっとアンタのことキョンってしか言ってないし』
「な、」


なんてことしてくれたんだハルヒ!あれほど人の目が嫌だからと大学の卒演も卒業式ごと休んだ逸話はお前もよく知っているだろうが!
喚く俺を煙たがって受話器を放しているのか、声は若干遠くから響いてきた。


『言っちゃ悪いけどあたしを口止したところで古泉くんが口を割るかもしれないじゃない』
「古泉は言わん。長門の監視下にある限り」


あれだけすみませんすみませんと畏縮していたのだ、再三口を滑らすようなら長門ではなく俺が直々に引頭を渡してやろう。ハルヒは何故か不機嫌そうに、どっちを信用しているのかしらね、といただけない勘繰りをごちた。


「とりあえず、ワインの方は互いの予定が合う日にでも渡すから、今の受け持ちが終わるまでもうちょい待っててくれよ」
『…ねぇキョン』
「なんだ?」
『本格的に、音楽やる気ない…?』
「…仕事が終わったら連絡する。またな」


言い募るハルヒを黙殺して通話を終わらせる。通話時間を無機質なディスプレイに映す携帯電話を握り、嫌な気分に浸った。
俺にどうしろというんだ、ちくしょう。




**




さてさて、主に俺を中央に据えた形で色々諸々な事情が変わっている。俺はハルヒが漏洩しやがった個人情報がどこまで大衆に晒されているかを知るため、久しぶりにインターネットを自主的に立ち上げることにした。
余談として、返さなくて良いからと帽子や度の入っていない眼鏡を渡した古泉と長門には、少し前に丁重にお帰りいただいたが、とかく古泉はまだ何か物言いたげにしていた。謝り足りない、とか、そんなことだったら鬱陶しいだけなので願い下げだけれど、長門と並んで歩く古泉が何かとこちらを窺い見るのにはもっと別なもののように思えた。


「今日びマスコミの情報網がここまで秀逸とは、俺としても空恐ろしいものを感じるな」


自分の仕事がそれと類するものであるから、殊更に、だ。
最早諦感と苦笑いを溢し、トップページをも話題の旋風で席巻する大手検索エンジンを開く。ニュースの欄で、思わず俺は手を止めた。


「ああ、やっぱり」


芸能に関する項目の半分は、ものの見事に俺かハルヒか古泉関連のものばかりである。やはり話題が比較的新しいものだからか(旬という言葉は食べ物にしか該当しないのだろうか)。
ハルヒが漏らした俺の情報は思ったよりも微々たるもので(強いて言えば音大卒ってこととその触りである)、本当に本名は言わなかったのか、通称Kから通称キョンになり変わっている。しかしこの騒ぎを面白がっている節のあるハルヒに憤慨する覚えこそあれ、感謝する謂われはないのでそこはスルーだ。
今日の日付の記事が縦に並ぶその内のひとつに、この近所まで移動していた古泉が、ウィッシュのガラス越しに激写(シャッター音が頭の中で鳴り響く!)。幸い語り並べられている憶測は飽くまで憶測の域に留まっているが、それも今後はどうなるか知れたもんじゃない。…ふむ。


「…引き払うしかないのかね、こりゃ」


古泉に振り回された挙句のこの結果じゃ、腹立たしいことこの上ない以前に俺が不憫だ。しかし古泉も古泉でこれほどまでに手酷く叩かれたのは初めてなのか(もしくは立ち回りが上手かったおかげで今までのうのうとしていられたか)、憔悴しているのが目に見えているので痛み分けということで勘弁してやろう。金輪際関わりたくはないがな。
思い立ったが吉日、ということで、仕事のデータを推敲し、今か今かと原稿を待ち侘びる朝比奈さんに送る。もうひとつの方はまだ日に余裕があるので後回し。
元々持っているものが少ないから荷造りはさして苦労はしないが、生憎ここへ越してきたときに使った段ボールは資源ゴミの日にまとめて出してしまった。今頃別の何かに生まれ変わっているであろう段ボールを意固地になって取り戻すわけにもいかず、思案に暮れるも行動しなければ意味がないので、先に確認を済ませよう。
つい先刻にも使った電話をとり、着信履歴から番号を探す。あいつの予定など関知していないから連絡がつくかどうかはいちかばちかなんだが…早急に連絡をとらねば。


「古泉か?お前、ここに越してくる予定はないか」


電話の向こうで慌てている相手に、突拍子なことを言うハルヒを咎める資格が俺にはないのだと改めて思い知らされた。




>>




(080117)