時々思うのだが、お前は俺の本職を忘れていやしないだろうか。




ravenous ruffian




古泉がただのアイドル様でなく、今をときめくスーパーアイドル様だと発覚して一週間後の現在、俺は五日に渡るパリの滞在を終えて日本に戻る飛行機の中にいた。勿論娯楽旅行などではなく、れっきとした仕事の一環である。某所で有名な管弦楽団が初のオペラ参入という試みをする情報を入れたうちの会社が、国内中のどの音楽関係の雑誌よりもそれを大々的にお披露目したかったという理由により特派員を直々に遣わしたのだ。元々、俺自身に打ち立てられた白羽の矢ではないが、当初行く予定だった、音楽の理に明るい人がタイミング悪く産休を取ったため、音楽の知識を有する数少ない人員の中から俺が選ばれてしまったという諸々の事情があったのである。ただ企画を立ち上げ、土産まで要求する図々しい花形部署の連中が羨ましい。


「朝比奈さん、けっこうカップとか茶器を買ってましたね」
「私、最近お茶に凝ってるんです。本当は本場のイギリスでもっとゆっくり見ていきたかったんですけど、今回は急ぎの仕事だったし…キョンくんも私に付き合わされて退屈だったんじゃない?」
「そんなことありませんよ。こちらこそ、担当なのに不甲斐無い俺に付き合ってもらう形になって…」


部署の癒し系もとい、朝比奈さんとこの五日、つかず離れずでいられただけで十分ですとは言えない。何しろ彼女は片言の英語しか話せない俺の通訳を買って出てくれたのだ。不誠実な態度はそれだけで迷惑になる。


「キョンくんは何か買ったんですかぁ?けっこう色々買ってましたよね」
「ああ、ちょっと前に世話になった奴らに土産でも、と思いましてね」


勿論ちょっと前に世話になった奴らとは、破天荒作曲家様とスーパーアイドル様及び美人マネージャー様のことである。実質世話になったのは十中八九俺でなく向こうだろうが、ここは方便ということで。


「あ、確かabyssの新曲で音源を作ったんでしたっけ。私買いましたよ」


危うく前の背もたれに頭を打つところだった。朝比奈さんのお顔を窺えば、特に他意も邪推もない笑みを浮かべていらっしゃる。
一体いつ知られた!?朝比奈さんは間違いなくハルヒの玩具にされるタイプなので、俺が最大限に気を遣って二人を鉢合わせないように画策し続けてきたのだから、二人が俺の与かり知らぬ場所で知り合った場合を除いてハルヒから俺のことが流れる可能性は低いはずだ。ならば残りの二人か?長門も朝比奈さんも童顔で年齢が有耶無耶な節があるが、まさか二人が同窓ということが…いやいや、それなら古泉にも同じことが言えるし…


「あの、それどこで…」
「私、実は前からファンだったんです。それで、今回の新曲を買ったら、音源協力の欄にキョンってあったから…ほら、キョンって珍しいあだ名でしょ?abyssも拠点は大阪だから、もしかしたらなぁって」


素晴らしい推理力です朝比奈さん。というかハルヒ、お前本名を載せるならまだしも、あだ名を選ぶとは何たることだ。
俺が肩を落として項垂れるのをどう勘違いしたのやら、朝比奈さんは慌てたように言った。


「あ、あ、でも、凄く綺麗な音でした!あったかくて、曲と合ってて…キョンくん、気に病むことありませんよ」


朝比奈さんは一体何のフォローをしていらっしゃるのだろうか。
俺は朝比奈さんに知られた恥ずかしさと、朝比奈さんが古泉のファンだったショックと、帰国後に何か問題を起こしたハルヒが俺を巻き込む予感がすることに、早くも帰国を早まったのではないだろうかと呆然と考えたのだった(そしてそれは決して浅慮なんかではないだろうことに、俺は泣きそうだった)。




**




タクシーを降り、向こうに行ってから落としたままだった携帯電話の電源を入れる。仕事中にコールで空気を害さないようにということもあるが、今回は特に音源のことを知った人間が下らない詮索で連絡して来ないようにするための配慮だった(敵は思わぬところに潜んでいたけれど)。
履歴を確認し、必要のありそうなものには音信不通の理由と帰国した旨を告げる。仕事関係の人間の凡そは、俺が仕事中に携帯電話を使わないことを知っているので作業は楽だ。そしてやはり、着信と受信の履歴にハルヒの名が。


『アンタ大変なことになってるわよ!(^O^)』


メールで連絡してきたということは、そんなに急くほどの用事ではないのだろう。しかしこのメールは何だ。大変なこととやらについては何も触れていない上、最後の絵文字に緊迫感の欠片もない。これに返信は不要と見て、履歴の確認を続ける。
数件後に、古泉一樹からの伝言があった。あいつに番号を教えた覚えはないのだが、きっとハルヒ経由で手に入れたのだろう。俺の心の平穏のため、そう思いたい。留守録を再生してみる。


―…一件ノ伝言ヲオ預カリシテオリマス
―…すみません。僕があのような軽弾みな発言をしてしまったせいで、あなたと涼宮さんに多大な迷惑をおかけしてしまいました。一度、お話しする時間を取って頂けないでしょうか。あなたに会いた、


ピピッ、と伝言は途中で切れた。恐らく制限時間を越えてしまったからだろう。
俺は家の前で風に晒されながら突っ立っていた。古泉の伝言を理解すること数分、携帯電話を持った腕はぶらりと垂れ下がっており、キャリーバッグを持つ指先はかなり冷たくなっていた。
古泉の言う、軽弾みな発言とは一体何のことか。俺とハルヒが関わっている案件と言えば、リリースされた新曲の件しかない。迷惑がかかるということは、個人的に話していた話題をマスコミに垂れ込まれたか、番組の中でうっかり漏らしてしまったかのどちらかして大衆に何らかの情報が与えられたということだ。前者の場合ならば俺の聞き及ぶことはできないし、後者の場合、俺が日本を離れている間、一体いくつの番組で古泉は出演した?
俺は家に荷物を放り込み、財布だけをポケットにねじこんで最寄りの本屋まで走った。有り難くもないことに、音楽情報雑誌の表紙に似たり寄ったりの文字が並んでいる。しかもうちの会社からも同じ内容の雑誌が出版されていると知り、話題性の大きさを思い知らされた。


『abyss新曲 音源は素人が!?』
『新曲音源担当(通称K)と人気を誇る作曲家涼宮ハルヒの関係は如何に』
『素人音源と素人作詞』
『abyss新曲の作詞担当・古泉一樹の胸中』


反吐が出そうだ。ハルヒの悪女説まで持ち出した雑誌を乱暴に棚へ戻し、古泉の軽弾みな発言とやらが俺の見た番組のものだと知る。それ以降は長門に諫められたのだろうが、マスコミのゴシップ記事に対する執着を侮ったな。電話口のそこはかとなく途方に暮れたような古泉の声を思い出した。
あいつらは、このことをどう思っているのだろう。


(^O^)


考えずとも、ハルヒが面白がっているのは明らかだ。




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(080114)