某伯爵が残虐性過多な拷問をしているという噂が元。別名吸血鬼。その名の通り人の生き血を吸う。吸われた者も従属する吸血鬼として復活する。日光に弱く、長く当たると灰になると言われる。また、にんにくや十字架、清水も有効。烏やコウモリに変身可能で、心臓に杭を刺されない限り何度でも蘇る。多くは鏡に写らないとされているが、一度死んで魂のないまま蘇ったからという説が最有力である。
あなたの現時点での状態は、以上の架空の生き物と、吸血衝動と鏡に写らないという点で、特徴が酷似している。




04




俺は考えた。このままではいけない。
昨日、古泉にあれこれ質問攻めにされた俺はうんざりするよりも今一度自分の置かれている現実を見直すべきだと思った。
あのとき、しどろもどろになりながらも口から出た拙い言い訳を、古泉は間違いなく嘘だと見なしたはずだ。俺の二枚舌で言いくるまれる妹ですら騙されないであろうくらい、まずい嘘だ。大体、目がどうかなった理由なんてそんなこと俺が知りたい。


「キョンくん朝だよー」
「ん、わかった。わかったから、起きるから退いてくれ…」
「もっと乗ってたいのにー」


ごちながら俺の腹から降りる妹。何が残念だ。
コンタクトレンズを外すのを忘れたのが功を奏したか、妹は何の疑いもなくシャミセンを抱えて部屋を出ていった。こんな目、見せたらきっとおふくろに騒ぎ立てるだろう。そうなったら医者に連れて行かれるかもしれない。いくら放任主義とて息子の目が突然赤くなったのに放っておく親はいまい。後のことを考え頭が痛くなり、次いで着用必須という言葉が重くのしかかり、少しの間だけ鬱屈な気分になる。
小窓のカーテンを引くが、外のあまりの明るさにすぐ閉めた。如何に長門が手を加えたコンタクトレンズと言えど、直射日光はやはり目に痛い。


「それでも学校は変わらずある、と」


今こそハルヒよ、お前の力で休校にしてくれ。
一瞬重い頭に浮かんだ阿呆な考えを捨て、着替えてリビングへ降りる。やけに空腹だった。鞄を玄関に置き、先に顔を洗うように言う母に返事をし、洗面所に入る。
鏡の前に立つ俺と、頭を走るデジャヴ。


「っ、あー、…そろそろくじけそうな俺」


笑えない冗談に独り空笑いをして、まじまじと鏡を見つめる。少しぼやけているが、鏡に写り込む洗面所はいつも通りそのものだ。ただその中央にいるべき俺の姿がないだけで。


「俺が透けてるってことは…ないな。そんなもん、あっても嫌だが」


これは実際問題けっこう大変なことだ。いよいよ俺は人間から遠ざかり始めたのだから。
長門に連絡しようとして、ポケットをあさり、決意したことが早々に打ち崩されかけていることに気付いた。意志の弱さを痛感してちょっと落ち込む。ああ、それにしても腹が減った。


「キョンくーん、遅刻するよー?」
「おう、今行くよ」


気にしなければ、さしたる問題ではないだろう。




*




ひもじい。
部室で俺は干からびていた。暦上は秋であるのにちっとも涼しくならないどころか、昼間のグラウンドは夏と比べて何の遜色もない熱気が立ち上っていた。義務とはいえ、あそこで体育を教える教師陣には頭の下がる思いだね。
頭の痛みまでひどくなり、古泉の誘うボードゲームはその全てを悉く断った。何かしら探りを入れている古泉の穏やかな声も、中身の半分も理解しないで適当な生返事を寄越した。
昼飯だけでは飽き足らず購買に走って残り物の惣菜パンを食べても空腹感が消えない。これは一体どういうことだ。


「キョンくん大丈夫ですかァ?昨日も調子悪そうでしたよね」
「何よ、まただれてるの!?しっかりしなさいよね!」
「キョンくんちょっと顔色が…本当に大丈夫?」
「ちょっとキョン!アンタ風邪なら早く寝なさい!どうしても調子悪いなら今日は帰って良いわ」


代わる代わる声をかけてくれる二人に大変申し訳ないのだが、そろそろ情報が処理できなくてパンク寸前だ。古泉が目の前でハルヒと俺を交互に見ている。吉兆だと思うなよお前。唯我独尊なハルヒが他人の心配をするのは確かに良いことだが俺は今手一杯で…おい、何でため息なんか吐く。


「キョンくん、ひとまず熱がないかだけ診ましょう?」


朝比奈さんの柔らかい掌が俺の額に宛てがわれる。いつもの俺だったら至福のときだが、今は幸せを噛み締める余裕などない。屈み込んだ朝比奈さんの、服に隠れていた首が、


(血とか、甘いんだろうな…)


「きゃっ、」
「あ…す、すみません朝比奈さん!」
「だ、大丈夫みくるちゃん!何してんのよキョン!」
「あ、あの、大丈夫ですから、ちょっとびっくりしただけだから…」


今、俺は何を考えた。何をしようとした。朝比奈さんの首に手をかけて、何を。


「わり…やっぱちょっと帰るわ…」
「ええ、そうしなさい。明日には是が非でも治すのよ!」


ハルヒの言葉が終わらない内に、部室を飛び出した。ぼやけた景色が気にならないくらい全力で走る。朝比奈さんの怯えた顔が消えない。俺は何をしようとした。
下駄箱で足を止める。顎が疼く。気が付けば、下唇がずたずたになっていた。舌で歯列をなぞっていくと、やけに長い犬歯にぶつかった。
俺 は 八 重 歯 じ ゃ な い  !
勝手に変調を繰り返す自分の体に、俺は初めて恐怖した。







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(071202)