3276回目のシークエンスの中の、8月13日の深夜未明。あなたの生命維持活動が止まった。心肺停止、脳波停止。生物学上における生存機能が全て例外なく止まったことを確認した。
状況確認―死因・不明。脳疾患、心疾患、脊椎異常の情報なし。急性疾患の可能性は低度。死亡時刻午前3時06分頃。あなたの死亡にまつわる事故・事件・事象は確認できず。他に死傷者はいない。南南西35度に寝具の上で横たわった状態であった。
以上、今日のあなたが存在しないことの形容にあたる。
問題がなければ、説明を。




01




朝、目覚めたら何故かとてつもなくだるかった。体の中を無理矢理パチンコ玉がごろごろ流れていくような倦怠感がひどく付きまとっていた。
昨日はそんなに遅くまで起きてなかったはずなんだがな。やれやれ、ハルヒの無尽蔵な体力と気力に付き合うのは、夏休みを満喫して夜更かしを繰り返す予定だった当初の俺が目測したより、遥かにきつい。おかげで中学校ならちょっと褒められ兼ねない生活態度っぷりだ。ちくしょう、あいつを見くびってたぜ。


「キョンくーん、そろそろ起きなくていいの?約束あるんじゃないのー?」
「ん、ああ、まあ。それより、お兄ちゃん、だろ」
「キョンくんはキョンくんだよー」


今日も区内で毎年執り行われているラジオ体操に早朝から行ったのか、首からスタンプカードがぶら下がっている。今日の日付に赤いパンダがポン。子供は価値作りがとても上手い。俺ならこんなもののために朝っぱらから起きたくないがね。
しかし、こうも兄を名前で呼びたがらない妹の教育の責任は誰にあるのだろうか。母親か、母親なのか。俺を名前で呼ばないし。


「あれ、キョンくんどうしたの?」
「何がだ」
「お目め真っ赤ー」


充血でもしたんだろうか。除湿機能しか使わないといえど、やはりエアコンは体に悪いのだろう。肌寒さを感じ、重りでもついているかのような腕をリモートコントローラに伸ばす。日光がいつも以上の攻撃力で俺に偏頭痛を促す。
くそ、頭いてぇし目もいてぇ。本来ならハルヒに欠席を申し出たいところだが、電話口でさえ説教スタイルに入りそうな奴だ。「体調管理は健康の資本じゃないの!そんなこともわからないのバカ!」 とハルヒの金切り声が聞こえてきそうで、また頭に疼痛が走った。
とりあえず妹を部屋の外へ追い遣り、シャツを脱いで着替えることとする。時間はギリギリだったが、朝飯を抜けば間に合うだろう。どうせ今日も奢り役なんだろうが。
階段を降りて洗面所に入る。リビングからは、夏休みの間だけ再放送されるアニメが聞こえてくる。何だったか、顔の造形が主に目の割合に関しておかしい、魔女っ娘ものだったか。こういうものは結局、夏休み中に終わらないものだ。気になるところで終わってしまったアニメにやきもきしたのは、俺の、中学時代の苦い記憶だ。
冷たい水が暑さで火照った体に心地好い。右から左から痛みを訴えていた頭の具合も若干和らぐ。しかし今思えば、このとき親に顔を見られなくて心底良かったと思う。洗面所の鏡で見る、見慣れたはずの自分の顔はちょっと他では見られない顔に変わっていた。


「なんだこりゃ」


先に懸念した充血による目の赤みは全くなかった。奇しくも語彙の少ない妹が述べた通り、確かに目は赤いのだが。


「いつの間に俺のメラニン色素は変調をきたしたんだか」


見事なまでに、虹彩に滲む赤。俗に言う、アルビノ配色という奴だが、俺の髪は生まれたときから黒い。しかもアルビノは劣性遺伝や突然変異からなり、メラニンの欠乏により色素が全体的に薄くなり、視覚的虚弱体質になるものでなかったか。生憎俺は五体満足、生まれてこのかた病院通いなんてしたこともないし、先天性白皮症(ヒトのアルビノ)の特徴である体毛や皮膚の白化もない。目がいきなり赤くなるなんて病状はないのではないか。


「…ま、そんな不便なわけじゃないからいいか」


ただし、騒がれたくないので帽子を被ることにする。特に朝比奈さんは取り乱すかもしれないし、ハルヒなんかは面白がったりするだろう。
しかし頭が痛い。夏風邪でもひいたのだろうか…?







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(071129)