世界は、殺伐としていた。
荒野が広がり乾いた砂が宙を舞う。

緑はない。
ただ、延々と続く土色の大地。

あの日から、数百年。
星はその姿を、まったく変えていた。

 


クラウドは、一人でそこにいた。
吹き荒れる砂嵐から身を守るために、大きな布を頭から被り。
何もない、広がる荒野を、ただ静かに眺めていた。


唸るように、嘆くように、低く風が唸る。
それは、この星の声でもあった。


「…すまない」


一人、呟いた声は風に掻き消され。
けれど、答えるように一層強く風が唸ると。
顔を隠した布の下、クラウドは自嘲の笑みを浮かべた。

 


あの日、星の体内で決着をつけた。
ホーリーを発動する手助けに成功し、メテオの墜落を阻止した。

あの日、再び訪れた星の危機にも、仲間と共に立ち向かった。
恐るべき病も、彼女たちの力を借り、人々を治癒することができた。


星を救うことができたと、確かにそう思っていた。
そう思いながら、かつての仲間たちは、星に還って行った。

けれどそれは、ほんの少し星の命を伸ばしただけだったのかもしれない。


あの日から、もうずっと。
星は、破滅への道を歩み続けている。
命懸けでの戦いが、すべて無駄だったわけではない。


クラウドは、滅びへの道をひた走る星の姿を、じっと目に焼き付けた。
星が、こんな姿になった原因は自分である、と。
強く自責の念に襲われながら。

あの日、あの時。
ああしていれば、こうしていれば。
後悔だけが、心に降り積もる。

数百年も生き長らえ、目の前で星が死んで逝く。
これが、星から与えられた罰だと言うなら、クラウドは抵抗なく受け入れた。

それでもずっと後悔している。
ずっと、ずっと後悔し続けて来た。

過去を変え、運命を変えることができたなら。
そう思わずには、いられなかった。

 


一陣の風が、吹き抜けた。
布が煽られ、クラウドの顔があらわになった。
深い光を宿した、青の瞳が見つめる先は、ずっと向こう。

クラウドはもう一度、心の中で強く詫びた。
罪を認め、罰を受け入れることはできても。


「もう、俺には何も……できない」


星の滅びを、ただ眺めているしかできない。
今となっては、すべてが手遅れに感じる。

最期の、その時まで。
クラウドは、見続けようと、そう思っていた。
それしか、できないと。

 


ゆっくりと、クラウドは目を閉じた。
風を、大地を、星の息吹を感じる。

その中に、ふと。
穏やかで、温かい光を感じて。
再び目を開けたクラウドの視界は、眩しいばかりの白だった。


「…っ!?」


強くなる光に、目を開けていることさえ辛くなって。
手で光をさえぎりながら、それでもクラウドは前を見続けた。

白い光は、更に輝きを強め。
そして、クラウドを飲み込んだ。

 


諦めないで

 


ひどく、懐かしいと感じられる声で。
誰かに、そう言われた気がした。

 


*

 


ゆっくり目を開けて。
そして、再び目を閉じたクラウド。

心臓が、どくどくと大きく鼓動した。
肺に吸い込んだ空気さえ、違うものな気がして。

ぎこちない動きで、瞼を押し上げたクラウド。
今度はしっかりと、その目で確認する。
そこは、今までいた場所ではなかった。


「ここは…?」


クラウドは、呆然と辺りを見渡した。
荒れた大地も、乾いた風も見当たらない。
そこは、どこか建物の中だった。

廊下の真ん中に、立ちすくむクラウド。
長く伸びるその廊下を、忙しなく行き交う人々。
彼等が身に纏う、揃いの青い制服にようやく気づいて、クラウドは大きく目を見開いた。

その制服は、神羅軍一般兵のもの。
首から下げられた社員証明書の『神羅カンパニー』の文字が、クラウドの脳を激しく揺さぶる。


頭の奥、記憶の底に沈んでいた過去の景色が、溢れ出して、そこに現れたのかと思うほどに。
見覚えのある、けれどありえないその場所に、クラウドは動けずにいた。


「…どういうことだ?」


意識も感覚も、はっきりしている。
夢と言うには、確か過ぎる。

けれど、それはありえないことだった。
クラウドの記憶が確かなら、ここは神羅カンパニー本社ビル近くの、一般兵訓練施設。
本社ビルと共に、今はもうないはずの建物だった。

 


「サー…?」


愕然と固まったままいたクラウドのクラウドの意識を戻したのは、聞き慣れない人の声だった。
声に反応して、クラウドが視線をやれば。
そこには、一人の一般兵がいた。


「ソルジャーのお方、ですよね?」
「…え?」


クラウドは思わず、怪訝な顔をした。
けれどすぐに、一般兵の視線の先が、魔晄色の瞳だと気づき。
クラウドは表情に、自嘲の色を混ぜた。


「ソルジャーのお方が、ここに何かご用ですか?よろしければ、自分が案内しますが」
「…いや、」


今一度、辺りを見渡せば。
遠巻きであるが、クラウドの周りには人だかりができていた。

ソルジャーが、一般兵用の施設に来ることすら珍しい。
それに加え、歳を止めたクラウドの容姿は、若い頃のまま、美しさを保っている。
人が集まるのも、無理はなかった。

どうするべきか、と。クラウドは悩み込む。

 

 

 

 

「何の騒ぎかな、と」


その一声で、一般兵の群れは廊下の端に散った。
間を割って、ゆっくりと歩いて来るのは。
真っ赤な髪の、黒いスーツを着た男。


「…レ、ノ」


無意識に、クラウドはそう呟いた。
記憶の中、最後に会った時より随分若い姿だけれども、クラウドは確信できた。


「タークスが、何のご用ですか?」
「ちょっと、野暮用。…で、これは何の騒ぎかな?」
「…ソルジャーのお方が、こちらに来られていて…」
「ソルジャー?」


まずい、と。
クラウドは思った。
タークスのレノならば、クラウド・ストライフなどと言う名のソルジャーはいないことに、すぐ気づくかもしれない。

ここで正体がばれるのは面倒だと、クラウドが眉を顰めた時。
クラウドのすぐ前で、レノはその細い目を大きく見開いた。


「あー…、いや、悪いな。わざわざ呼びに来てくれたんだな、と」
「え…?」
「ほら、今度ソルジャーとタークスの合同任務の打ち合わせだろ?悪い悪い、忘れてたぞ、と。ほら、こんな所じゃ話せないからな、早く行こうな」


口早にそう言いながら、レノはクラウドの手を握った。
そのまま、クラウドの手を引いて歩き出したレノに。
集まっていた一般兵も、クラウドさえも、何も言えず。

クラウドとレノは、急ぎ足で建物を出た。

 

 

 

 

「ここまで来れば、大丈夫かな…と」


建物を伝って本社ビルに入り、二人が来たのは非常階段。
二人以外に、人の気配はない。

一般兵の前でばれることはなかったが、クラウドは警戒心を解けずにいた。
クラウドには、ここに連れて来たレノの意図が分からなかった。


「…何の、つもりだ?」
「何が?」
「……どうして、ここに」
「あぁ…」


にっと、レノは笑った。
階段の手摺りに腰掛け、クラウドを見つめる。


「何か、困ってるように見えたんだぞ、と」
「……」
「あんた、クラウド・ストライフ君のお兄さんだろ?」
「は…?」

「そっっっくりだぞ、と。あの子をそのまま、成長させたらあんたになりそうだ」


けらけらと、声を出して笑うレノ。
クラウドは、思わず目を見張った。

ここが、仮に。
本当に過去の世界だとして、そうすればやはり、ここにもクラウドがいる。
まだ十代の、英雄に憧れ、ただひたすらに訓練に励む幼い少年兵。
それが、この世界のクラウド・ストライフ。

だとしたら、クラウドは名乗ることもできなくなった。
たまたま同じ名前だと言うには、容姿が似過ぎている。

兄弟だと勘違いしてくれたレノに感謝しながらも、けれどそこで。
クラウドは気づいた。


「タークスのあんたが…その、一般兵を知っているのか?」
「知ってるぞ、と。俺が一方的にだけどな。…弟さんの先輩で、俺の悪友のソルジャーに誘われて、何度か一般兵の訓練見に行ったんだぞ、と」


知らなかった。
クラウドは、口の中で呟いた。


スラムの教会、あれが二人のファーストコンタクトではなかったのか。
レノは、どんな気持ちでクラウドに接していたのか。
ザックスの剣を持つクラウドに、何を感じたのか。

何故、メテオ後は、敵であったクラウドにあれほど近づいて来たのか。
何故、レノは何も話さなかったのか。

分かったことと、分からないことがあった。

目の前のレノは、相変わらず締まりのない顔で笑っているが。
クラウドは無性に、泣きたくなった。


「いや、でも知らなかったぞ、と。あの子に、こんな美人なお兄さんがいて、…しかもソルジャーだったなんて」


レノのその一言で、クラウドの心臓がどくりと跳ねた。
クラウドはぐっと、顎を引いた。


「彼には俺のこと…言わないで欲しい」
「アレ?…訳あり兄弟だったかな、と」
「そういうことだ。理由は話せないけど、…できれば誰にも言わないでくれ」
「分かったぞ、と。…でもまぁ、弟君を知ってるやつがあんたを見たら、一発でばれそうだけどな」


クラウドがソルジャーであると言うことに、レノは微塵も疑心を抱いていないようで。
こちらのクラウドと兄弟だと言うことも、信じているようだった。


「それで、お兄さんは何であそこにいたんだ?」
「…え?」
「ばれたくないんだろ?あんな所にいたら、鉢合わせる可能性だってあったのに」


どくり、と。
再びクラウドの心臓が跳ねた。
目の前の、真っ赤な髪から目が離せない。


「何で、あそこにいたんだ?」


何故、あの場所にいたのか。
何故、ここにいるのか。

それは、クラウドが一番聞きたいことだった。
信じ難いことなのだから。
過去の、この世界にいること自体。

 


クラウドは、ゆっくり目を閉じた。
頭の中を、慎重に整理する。

自分は、確かに違う場所にいた。
荒れた大地の上、滅亡間近の星にいたはずなのに。

何か、おかしなことはなかったか。
クラウドが思い出したのは、眩しいけれど温かい、白の光だった。
あの光に包まれ、目を閉じ。
再び目を開けた時には、クラウドはこの世界にいた。


クラウドは、無意識に眉根を寄せた。
何かを、忘れている気がする。

白い光に包まれて、過去に来るまでの間。
その、短い時間の中で。


「…声、だ」


声が聞こえた。
誰の声か認識できないほど微かな音量で、けれど懐かしいと感じられる音色で。

諦めないで。


「…何を、だ?」


諦めないで?

自分は、何を諦めているのか?
誰が、そう言ったのか?

何故、過去に来たのか?

 

「……そうか、ここは、」


理由も、原理も分からない。
それでもここが、本当に過去の世界だとしたら。

クラウド・ストライフは少年兵としてまだ神羅にいる。
と言うことは、セフィロスもザックスも、まだここにいるはずで。

運命の歯車は、回り始めているけれど。
まだ、止められる。


「…変えられるのか、この手で…過去を、」
「どうしたんだ、お兄さん?」


途方もない現実に気づき、唖然とするクラウド。
レノが怪訝そうに声を掛けても、クラウドは答えることができなかった。

諦めないで。
諦めなくて、いいのか?
あの、絶望に飲み込まれた未来を、変えることができるのか?

クラウドは、きつく拳を握った。

 


「ソルジャーのフロアに…セフィロスの所に、連れて行ってくれないか?」
「ん?自分で行けるだろ、と」
「あんたにここまで引っ張られた時に…カードキーを落とした」
「え…っ!?まじで!ごめんだぞ、と!……ってか、ソルジャーのカードキー落として、誰かに拾われたらどうすんだよ!?」
「セフィロスに頼めば、キーにロックが掛けられる。…だから、連れて行って欲しいんだ」


次々に、口から流れる偽りにまみれた言葉。
こうもたやすく言い訳できることに、クラウドは苦笑いを浮かべていたが。
レノは、まったく気づけずにいた。


「のんびりしてる暇ないぞ、と!エレベーターは、…こっちだ」
「ちょっと、待っ…」


再び、レノはクラウドの手を握った。
そのまま、もう一度走り出す。

クラウドは、その手を振り払わなかった。
人の体温が、ひどく懐かしく、愛しく感じられたから。

 

 

 

 

「ほら、着いたぞ、と」
「…助かった」
「ここからは自分で行けるよな?俺も、タークスのオフィスに戻るぞ、と」


チン、と言う軽い音と共に、エレベーターは止まって。
開いた扉からクラウドは降りたけれど、レノは『開』のボタンを押したまま、エレベーターの中にいた。

振り返ったクラウドに、レノはひらりと手を振る。


「じゃあ、またな?お兄さん」
「…ありがとう、レノ」
「どういたしましてだぞ、と。俺は、美人の味方だからな。困った時は呼んでくれ」
「…うん」


過去に来て、初めて表情を緩めたクラウド。
閉まり始めた、扉の隙間。
レノに、小さく頷いて見せて、クラウドは歩き出した。

記憶の底、埋もれて沈んだ欠片を拾い集めて、クラウドは進む。
まずは、彼等に会わなければ、と強く思った。

 

 

 

 

一人、残されたレノ。
動き出したエレベーターの中で、赤くなった顔を隠すように、掌で口元を覆った。


「反則だぞ…と」


別れ際に見せた、綺麗過ぎる微笑み。
不意打ちには、強烈過ぎた。

見惚れる、なんてレベルじゃない。
レノは一人、顔をニヤつかせる。


「あいつらがクラウド狙いなら…俺はお兄さん狙おうかな」


くくっ、と。
喉の奥で低く笑う。

目的の階でエレベーターは止まり、軽い足取りで降りたレノ。
ポケットに両手を突っ込んで、そしてふと、疑問を感じた。


「俺…、お兄さんに名乗ったか?」


確かに名前を呼ばれた気がしたけれど。
レノは振り返ったけれど、そこには。
ゆっくり閉まる、エレベーターの扉しかなかった。









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