いざ、セフィロスの執務室の前に来て。
クラウドは妙な緊張感を感じると共に、ノックをしようと握った拳が、小刻みに震えていることに気づいた。

今更ながら、戦慄が背筋を駆け上がる。
自分は何を、しようとしているのか。
事態の重さが、クラウドの両肩にのしかかる。

けれど、もう。
クラウドは未来を諦めるつもりはなかった。

深く、ゆっくりと深呼吸をして。
重厚な木の扉をノックする。


『開いている』


中から聞こえた声に、泣きそうになりながら。
クラウドは、震える手で扉を開けた。

 

 

 

 

「…失礼します」


無意識に、クラウドの口からその言葉が漏れた。

広い執務室の奥に目を向ける。

大きなデスクの上、書類の山とパソコン。
その向こうに、英雄と呼ばれる彼はいた。

デスクの前、応接用のソファにはザックスもいて。
ちゅど、良かった。
クラウドは小さく苦笑いを浮かべた。

 


しかし、セフィロスとザックスにとっては、見たこともない男が突然現れた訳で。
ここまで来れた理由は、瞳を見れば分かるものの。
記憶の中にはいないソルジャーに、二人は険しい表情を浮かべた。


「…誰だ?」


固い声で、セフィロスが言った。
ザックスも、鋭い目つきをしている。

クラウドは、目の奥が熱くなるのを感じた。
複雑な感情が、胸の中を渦巻く。

声が震えてしまわないように。
深く息を吸って、ゆっくり吐いて。
それから、クラウドはもう一度口を開いた。


「はじめまして……じゃないな。俺は、クラウド・ストライフ」
「はぁ…っ!?」


ソファの前のローテーブルに手をついて、勢いよくザックスが立ち上がった。
限界まで見開かれた目が、クラウドに向けられる。


「えっ、んん、…あぁ!!もしかして、クラウドのお兄さんか!?」


立ち上がったザックスは、クラウドの目の前まで近づき、その顔をまじまじと見つめながらそう言った。

クラウドは、先ほどレノに言われた台詞を思い出し、苦笑いを深める。


「…似てるか?」
「似てる!超似てる!!顔立ちとか、雰囲気とかもそっくり!…でも、クラウドに兄貴がいたなんて、知らなかったな」

「…兄弟で、同じ名前のはずがないだろう」


興奮するザックスとは対照的に、セフィロスの声は冷めたものだった。

立ち上がり、間近でクラウドを見下ろすセフィロス。
クラウドも、真っすぐセフィロスを見上げた。


「もう一度聞く。…何者だ?」
「何度聞かれても、答えは同じ。…俺の名前は、クラウド・ストライフだ」


ぐっと、セフィロスの眉間に皺が寄る。
再びセフィロスが口を開くのを遮るように、クラウドは薄く笑った。


「ただし…、未来から来た、な」


唖然とするザックスに、静かに瞠目するセフィロス。
クラウドはそんな二人の間を通り抜けると、ゆっくりとした動きでソファに腰掛けた。


「すぐに信じろ、と言うのが無理な話だけどな。…正直、俺自身もまだ、夢を見ている気分だから」


そう言って、自嘲的な笑みを浮かべるクラウド。

依然険しい表情を浮かべたセフィロスが、その向かいに腰を下ろせば。
セフィロスの隣に、ザックスも座った。


「お前の言う通り、簡単に信じれる話ではない。…が、まったく嘘だと言い切ることも…できないな」
「似過ぎだからなぁ…」


正面から、じっくりとクラウドを観察する二人。
クラウドは、特に反応を返すわけでもなく、静かにその視線を受け止めた。


「仮にお前が…俺達の知るクラウドの未来の姿だとして、…どうやって過去に来た?」
「…俺が聞きたい質問だな」
「じゃあ、ここに来た目的は何なんだ?」
「…さぁね?気がついたら、ここにいた」


答えにならないクラウドの応えに、二人は一層訝しそうな目をする。
それでも、仕方のないことだった。
答えを持つ者は、ここにはいない。


「どうやって過去に来たか、何故来たのか…それは俺にも分からない。確かなのは、俺がクラウド・ストライフだと言うこと、…俺は未来の世界から来たと言うこと。それだけだ」


冷静な口調で、そう言ったクラウド。
それが、現状を把握した結果だった。


「…それを、信じろと言うのか」
「確かめたいなら、DNA鑑定でもすればいい。…ここの俺を呼んで来てくれてもいい、俺本人しか知り得ない情報を照らし合わせることもできる…」
「それでお前が、クラウド・ストライフだと確認できたとして…、時空を越えた証拠はどうする?」
「ここのクラウド・ストライフと同じDNAを持つ、成長した姿の俺が、ここにいる。…それじゃあ、証拠にならないか?」
「……なるほど」


セフィロスは額に手を当て、大きな溜め息をついた。
その隣では、ザックスが表情を緩ませる。


「どうやら…認めざるを得ないようだな」
「そっかー、未来のクラウドか。すっかり綺麗なお兄さんになっちゃって!しかも、ソルジャーになれたんだな!!」


険しく、厳しい雰囲気は一蹴された。
目許を和ませるセフィロスとザックスに、今度はクラウドが困惑する。


「…俺の言ったことを、…信じるのか?」
「信じるしかないだろう。今、現実に…目の前にいるんだ」
「それにさぁ…うん。あんたはクラウドだよ。ちょっとぐらい姿が変わったって、俺がクラウドを間違うはずねぇし!」


金の眉をぴくりと動かせて。
それから、クラウドは固く目を閉じた。

懐かしさが、胸に痛い。
溜め込んできた感情が、身体の中でぐるぐると渦巻いて。
熱い雫になって、目から零れそうになった。

 


「それで、…何故ここに来たんだ?」
「何度も言っただろ?…原理も理由も、俺には分からない」
「過去に来た理由ではない。…俺の執務室に来た、その訳だ?」


翡翠色の、強い意志を感じさせるセフィロスの瞳が、真っすぐクラウドを射抜く。
まるでクラウドの瞳の奥を、心の底まで見つめるように。

クラウドは、苦笑いを浮かべた。
そして、セフィロスの視線から逃れるように俯く。


「二人に…協力してもらいたい、そう思ったからだ」
「…何に?」
「クラウドの頼みなら、俺は何でもするぜ」


ぐっ、と。
クラウドは顎を引いた。

魔晄に染まった瞳が、強い光を帯びる。


「未来を…変えるために」


そう言ったクラウドの声は。
ほんの微かに震えていた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「何故、今俺が…過去にいるかは分からない。元の世界への戻り方も、…戻れるかどうかすら、分からないけど…」


無意識に、クラウドは眉根を寄せていた。
思わず握った拳が、小さく震える。

セフィロスとザックスは、静かにその様子を見つめていた。


「未来を変えるために…過去の、ここでしかできないことがある。……協力して欲しい」


懇願するような、そんなクラウドの声。
セフィロスとザックスは目を合わせ、互いに何かを確認すると、同時に立ち上がった。


「……?」


セフィロスとザックスの意図が読めず、首を捻るクラウドの前で。
二人はクラウドの座るソファまで移動すると、クラウドを挟むように、その両隣に座り直した。


「可愛い可愛いクラウドの…いや、こっちは綺麗で美人なクラウドか。…とにかく!俺達が、クラウドの頼みを断るわけないだろ?」
「手に負える範囲でなら、…協力しよう」


両サイドから、クラウドの髪を撫でるセフィロスとザックス。
金色の柔らかな感触は、よく触れ慣れたもので。

クラウドにとっても、二人の掌の体温は、心に沁みる温度だった。


「それで?具体的には、何をするつもりなんだ?」
「……そうだな。とりあえず、ニブルヘイムに連れて行って欲しい」
「ニブルって…クラウドの故郷か?」
「あぁ…」


具体的に。
そう言われて、クラウドは顎に手を当てた。

未来を変えるために、具体的にどう行動すべきか。
クラウドはまず、ジェノバをどうにかしたいと考えた。


「ニブルの魔晄炉ごと焼き尽くすか…いや、ライフストリームに落ちる可能性がある。…あれは一度持ち出して、…それから燃やすべきか…」


あれの、異常なまでの生命力を、クラウドは身を持って知っていた。
徹底的に、欠片一つ残さず焼き尽くす必要がある。


「神羅屋敷も消すべきか…?…あぁ、その前にヴィンセントを叩き起こさないといけないな…」


滅びへの道程を、星はもう歩き始めているが。
まだ、止められる。

クラウドにとっての、悪夢の始まりの日。
あの日を変えることで、星の未来も変えられる。
クラウドは、そう思った。

 


「…ニブルへのヘリなら、すぐにでも手配できるはずだ」
「助かる。それから……すぐには無理だと思うが、魔晄エネルギー使用も…廃止できるように、上層部に働き掛けてくれないか?」
「それは、また……難しいことを言い出したな、」
「それは俺も…承知している。それでも、魔晄エネルギーはこの星を流れる生命エネルギーだ。使い続ければ、……間違いなく星は滅びる」


セフィロスは、すっと目を細めた。
魔晄エネルギーは、神羅カンパニーにとって切っても切り離せない存在。

その使用を、今すぐ停止することは不可能だった。


「代わりになるエネルギーの開発に…力を入れるようにして欲しい。……リーブと言う、都市開発部門の責任者がいるはずだ。まずは彼から説得してくれないか?リーブなら、理解してくれるはずだ」
「…やるだけ、やってみよう」


思案を繰り広げながらも、セフィロスはクラウドの依頼を承諾した。

未来を変える。
漠然とした目標に向かって、具体的に進むことは難しいかもしれないが。
それでも、動くしかない。

過去に来た理由は、未来を変えるため。
クラウドは、自分自身にそう強く言い聞かせた。

 


「…なぁ、クラウド」
「ザックス…?」


常ならぬ、真剣な面持ちのザックス。
濃い青色の瞳は、真っすぐクラウドを見つめていた。


「……未来は、そんなに酷いのか?」
「え…?」
「クラウドが、そんなに必死に変えたいって思うような未来なのか?」
「……」


クラウドは、ザックスの言葉に答えることができなかった。
クラウドの知る、この星の未来は、けして幸せなものとは言えない。

それはクラウドにとってだけではなく、セフィロスとザックスにとっても。
けれど、クラウドはそれを言うつもりはなかった。


「…俺がここに来たことで、未来は変わる。俺のいた未来は…あんた達の未来じゃ、なくなるんだ」
「……だから、言わないって?」
「…あぁ」
「…そっか。クラウドが変えたいって思う未来は…クラウドにそんな悲しい顔させる世界…なんだな」


疑問ではなく、そう言い切ったザックス。
クラウドは、静かに目を伏せた。


「俺の知ってるクラウドはさ、…人見知りで、気が強くて…小柄だけど、セフィロス目指して人一倍努力する子で。
…なんか健気で、いつも真っすぐで、……俺の可愛い後輩のクラウドはさ、」


ザックスは、クラウドの顔を包み込むように、その白い頬に両手を添えた。
二人の視線が絡み合う。


「こんな風に、何かを諦めたみたいな…こんな悲しい笑い方する子じゃ、ないんだ」
「…ザック、ス」
「悔しいぜ…、そっちの俺は何やってんだよ…クラウドにこんな寂しい思いさせて、未来の俺は何してんだよ…」


クラウドは、胸が張り裂ける想いがした。
堰を切ったように、一気に感情が溢れ出す。


何百年も、数百年も。
積もりに積もったそれは、もはやクラウドの意志では止められるものではなく。

溢れ出た複雑な感情は、熱い熱い涙となって、クラウドの瞳から零れた。


「…ザックスは、…何も悪くない」
「俺が嫌なんだ。…クラウドに、こんな悲しい顔して泣いて欲しくねぇよ」


クラウドの目尻に溜まった涙を、ザックスが優しく拭う。
それを見ていたセフィロスも、後ろからそっとクラウドを抱きしめた。


「…未来がどうなっているか、話せとは言わない。ただ、未来のお前が幸せになれるためなら…全力で手助けしてやる」
「…セフィロス、」
「俺を頼って、ここに来てくれたんだろ?…俺に任せろ」
「……っ」


ザックスの言葉が、セフィロスの体温が。
クラウドの心を揺さぶる。

ふるり、と金の睫毛を震わせて。
クラウドは目を閉じた。

目の奥、瞼の裏に再び感じた白い光。
諦めないで。
その言葉が、再びリフレインする。

 


クラウド。
自分が幸せになること。
諦めないで、ね。

 


「……そうか、」


再び聞こえた声に、クラウドは穏やかな微笑みを浮かべた。
これは、星と彼女がくれた最後のチャンスなのかもしれない。


未来を変えるため。
この星を救うため。
偉そうなことを言って、まるで英雄気取りで。

けれど、本当の願いは。
クラウドのたった一つの願いは。

 


クラウドは、セフィロスとザックスの手を握った。
握り返してくれる力強い温もりが、たまらなく嬉しい。


いつまで、過去の世界にいられるかは分からない。
けれど、クラウドがここで行動すれば、未来は変わる。

仲間達と共に、星を救う旅をしたことも、消えてしまう。
クラウド自身の運命も変わる。

クラウドが、ここを去る時。
それは、未来に帰るのではなく、星に還ることになるだろうけれど。

 


数え切れないほどの、命を背負って。
償い切れないほどの罪を受け止め。
一人、孤独に星を見届ける罰を受け入れ。
すべての、責任を感じてきた。


とうに、忘れていたのかもしれない。
自分が、幸せかどうかなど。

ただ、今。
自分のために、過去を変えていいのなら。
自分の幸せを、諦めなくていいのなら。

 


「…俺は、」


澄み切った青の瞳が、懐かしい二人の顔を映す。
涙で滲むその光景に、クラウドはまた涙した。

 

 

 

 

「アンタたちのいる未来が欲しい」

 

 

 

 

それは、もう随分と長い間。
ずっと想い続けてきた。

クラウドの、たった一つの願いだった。


それを言葉にした、その瞬間。
未来は変わった気がした。









「第二形態」のかん様が企画されました「一言お題」にてリクエストさせていただいた作品を、かん様の寛大なお言葉に甘えて拙宅に掲載させていただきました!ありがとうございます…!
息切れしそうなほど切ないお話で、拝読させていただいたときにうっかり涙ぐんでしまったのは内緒です^^
重ね重ねありがとうございました!
かん様のサイトは現在ウィルス対策としてパソコンからのアクセスを制限されているため、リンクを繋いでいない状態です。ウィルスこの野郎。



(091225)