神の罪は、生き物を辞めたことである。
井から脱出
俺は今、この人を殺そうと思う。例えばの話だけど。そしたらこの人は、すんなり殺されてくれるだろうか?それとも俺より上の力で逆に殺しちゃう?例えばだから、どっちでもいいけどさ。
この人はたまに、冷蔵庫と壁の隙間に耳打ちするかのようにぼそりと、俺なしじゃ生きる価値や意味がなくなると気も漫ろに言うことがある。けれど、そもそも価値がないなんて自分で決められるのかも定かではない。そして俺は、そこまでこの人の深層に根差してしまっていることを、時たま恐ろしいことだと慄く。
この人は俺がいなきゃ生きていけないと言ってくれた。戦々恐々ながらも嬉しかったけど、ごめんなさい。俺はこの人が死んでも多分後を追えない。
怖いんじゃなくて、この人の一番新しい思い出を持っているのは、きっと長く傍にいた俺だから(他の家族のためにっていうのもあるけれど、ね。そう言ったらこの人は怒るかな)。人は死んだらその思い出の中でしか生きられないと思うから(体はないけど)。
この人にとって、俺の考えなんか思慮の足らないちっぽけなものかもしれないけれど、ごめんなさい。
オレはずるいね。貴方の前では言えなかったよ。貴方の瞳がいつもの気まぐれなものではなく、真っ直ぐで真摯なものに感じたから。この言葉を言うと、貴方が俺から離れていきそうだったから。俺は中学のときと変わらず、卑怯者です。
貴方は夜毎俺を腕の中に収めて惑る。冷たいその体温は俺の肌と密接して俺の体温を奪う。じんわりと広がり、そして互いの体温が同じになったら俺はそれを確認して眠りにつく。貴方はそれを見届けてから混沌とした意識の中に沈む。それがいつもの夜毎の譲歩。
自分の意思ではないけれど、ベッドから落ちて起きた俺は自分と貴方との距離感に堪えられなくなり、再度ベッドに身を投げ相手の体に擦り寄る。
その役が大抵俺だから、貴方はどう思っているか、わからないんだけれどね。
この絶対的な夜の闇の中で、俺もこの人も銃を手にして生きてきた。仕事がないにしろ、俺が動く気配でこの人が起きるのは、こちらに来てから否応なくつかされた、習慣のせい。
いつも白い肌だけど、月光を浴びてまるで死人みたいに青白くなるこの人を見てると、自分がこの人を殺めてしまったような錯覚に捕われる。そして次の日この人が生きているのを知ると、安堵と少しの名残惜しさが俺の中を一瞬走る。だけど夜が来る度俺はまたやってしまったのかという疑念と、なんて綺麗なんだという感嘆にため息をつくのだ。
背中を丸くして俺を抱えて眠るこの人の背に手を回して、とくとくという穏やかで規則的な心音を感じると、こんなに簡単に俺を信用してはいけないと泣きながら言いたくなった。俺は貴方が思っている程至純している存在ではないと大声で突きつけてやりたくなった。
俺はいつまで経っても根本的なところで何も知らないお子様だ。
人付き合いはドが付くほどの下手で(社交性を見ればこの人もなかなかだと思うけれど)、へらへら媚び諂い、相手の顔色が悪い方向へ行かないように何事にも曖昧で突き通してきた。駄目と言われ、嗚呼その通りだなと納得もし、反論はせず、やっぱりにこにこ笑うのは疲れていたのかもしれない。
この疲れにじわりと広がる涙のような生温い感情は、相手に抱くものではないかもしれないのだと思うと背筋に冷たいものが静かに降りてきて、俺はまた人恋しくなる。
死んだ人はもう見飽きたけど(慣れることはない)、楽しんで殺そうとしている人が抱く感情なんてわからない。昔から暴力嗜好なこの人に聞きたかったけど、変な目で見られること請け合いだ。
だから、俺は不完全燃焼のこの想いを胸中に置き続け、解消されることなく夜をまどろみ過ごす。
いつか俺という存在がこの人の中から消えるまで。この人が俺に対して抱いている惑溺が死ぬまで。
嗚呼人の気持ちを汲み取らない神など、必要ないのに、それなのにこの人は俺の中の神という位置を占めている。
昔はまった別ジャンルを改訂。