作家というのは大変だ。
ある程度何らかの知識が必要だし、説得力のある、筋の通った文が書けなけりゃ話にすらならない。下世話なことだが、もちろん売れるには人を惹き付ける面白さもいる。後はジャケ買いする人もいるから、表紙や装丁、本を縁取る帯のデザインをデザイナーと決めるのも、一応作家の仕事と言えばそうなのだろう。本を書くのが大まかな仕事だから、そういった面はあまり知られていないが。
さて、今日のスケジュールは何だったかな。俺はスケジュール帳を開いた。
ちなみに俺の仕事は作家じゃない。担当だ。
朝。
データで送られた原稿を軽く推敲し、変換処理、留意点を下ろした原稿に書き留めて後日作家と要相談。書籍化の話があれば、作家にアポ入れてスケジュール調整。ドラマ化やアニメ化?知らん。部署が違う。いや、関わるには関わるんだが話を決める時だから…。輪転機止めてもまだ原稿のあがらない作家を半ばこき下ろすようにして脅しつつも原稿を催促。雑誌の長期掲載を先方に打診。常用外の漢字にルビ(振り仮名)振って、単行本の煽り文句を考え、上役に提出。作家の希望フォントを検索、またも要相談。
会社でするのは大体これくらいか。
あと細かいのは他の連中に任せて、昼前に俺は会社を出る。到底午前いっぱいで終わる簡単な仕事ではないので、今日も仕事を持ち帰らにゃならん。やれやれ。
さてさて、次は今をときめく人気作家であらせられる涼宮ハルヒの新刊デザインの検討会である。
本人の性格はぶっ飛んでるが、書く物は片っ端から面白いくらいに当たるため、編集会社がこぞって彼女の執筆を依頼しているが、彼女の仕事の8割ほどをうちが優先的に受け持たせてもらってるのは何でだろうか。俺が担当になってからのような気もするが、気のせいだろう。そろそろ人事異動願いたくて、担当を外してくれと頼むと上司が考え直せと泣き付いて言うのも、まあ、気のせいだと思いたい。
で、コンビニのおにぎりを適当に買って、昼飯もろくろく時間が取れず、家まで迎えに行って待ち合わせ場所へ。車に乗せた涼宮ハルヒは、元気なことに早速別の仕事の愚痴を独り言とは思えない声の大きさで盛大に溢し始めた。話半分に聞き流したいが、うっかり他会社の情報も落としてくれるので、意識をハンドルと耳に持ってゆく。健康的とはとても言い難い生活をしているくせに、血色が良いのは何でかね。
「執筆状況は?」
「まだ始めたばっかだから何とも。他の仕事もあるしね」
「そうか。一応来月半ばまでが予定だが、いけそうか?」
「あたしを誰だと思ってんの?やれるに決まってるじゃない」
厳然と言う涼宮ハルヒは、不敵で獣のにおいがする笑みを浮かべた。こういう仕事に誇りと自信が持てる態度の彼女はとても好ましい。
「あまり無理するなよ」
「わかってるわよ」
不機嫌そうに唇を尖らせる様子を見て、少し笑った。そしたら蹴られた。おまっ、スカート履いてるだろ!
結局デザイナーの人が推したカバーに決まり、他の担当が用意した帯は涼宮ハルヒの意向によってインパクトの強いものに決まった。マシになった方だが、彼女の無類な派手嗜好はまだ治っていないらしい。
涼宮ハルヒを送り届け、いざ会社に戻って残りの仕事を片そうかと車の中でおにぎりのパッケージをむしる午後2時。上司からの電話。曰く、ちょっと行ってくれ。予定にないが否やはなく、俺は敏腕解説評論家の家へ巻末に載せる解説の原稿を取りに行くことになった。
まだ若いにも関わらず、正確無比な指摘と時代考証で有名な長門有希。惜しむらくはあまりに少なく素気ない主観だが、補って余りある膨大な知識量にすがる編集及び作家は少なくない。どういう理由で評論家になったかは、本人の口が貝の如く閉じたままなので、現時点では不明である。
何故だか知らないが、時折メールをくれたりするのだが、実のところあまり交流があったわけではない。にも関わらず周りは長門と同窓だか何だかとりあえず関係があると思われているのがよくわからん。
自宅に行って、原稿を受け取る。会話の糸口が見つからず、苦し紛れに出された茶をちびちび飲んでいたら、緑茶の大盤振る舞いをされた。もしかしなくとも長門に緑茶好きだと認知されたようだ。これから家にくるときは緑茶グッズで歓迎されるのだろうか?加減をいまいち知らない長門に俺は一瞬戦慄した。
そして夜。上司が付き合いと称して飲み会に行っているというのに、理不尽なことにまだ仕事が残っている俺にとって最大の鬼門。鉄の階段がいい感じに錆びたアパートのとある一室の前で、俺はしかめているであろう顔で立ち尽くす。
開けたくない。物凄く開けたくない。しかしこれが本日最後の仕事であり、つまり終わらないと俺は帰れないわけで。
表札には古泉とある。もちろん家人も古泉という名前だ。先々月の末に直木賞を受けて、本格的に執筆活動を始めた、いわゆる新人作家様のお宅である。
「こんばんはー」
「はぁい」
疲れ目でそろそろ目が据わってきてるのを自覚しつつ、背広を片手に玄関で靴を脱ぐ。奥から眼鏡をかけた美男子が登場。言わずもがな、これが一時お茶の間を沸かせた新人作家の古泉一樹である。作家という職にあるまじき顔の良さ。選ぶ職業間違ったんじゃねーの?
「一応今日が一次〆切ですけど…出せます?」
「あ、もう少し待ってください。あと半紙出力しちゃいます」
「…あー、いいですよ、そのまま会社送ってください」
「嫌ですよ。せっかくあなたが来てるのに」
「?」
意味わからん。
「確認お願いします」
「…はい、確かに。手直しの方は追って沙汰します。お疲れ様でした。おやすみなさい」
「…なんか通い妻っぽくていいですね」
何がいいのかさっぱりわからん。どうしてそうなるのか、ちょうどいい、原稿用紙がここにあるからちょっと書いてみろ。簡単だろ?お前はこれで食い扶持繋げられるほどの大先生なんだからよ。ああ、こういう訳のわからなさから突飛な発想が生まれるのかね。
…とりあえずそのきらきらしい目を止めてくれ。
(081127)