このところ、深夜に放送されるアニメの基準がわからない。子供が悪影響を及ぼされるようなシーンが少しでもあれば、すぐに深夜枠行きなのだろうか。
近頃少年犯罪の割合が犯罪件数のそれを圧迫する勢いで増加している原因を、身近にある漫画やアニメやゲームと言う専門家もいるが、僕は断固としてそれに異を唱えたい。確かに昔と比べて今の子供たちは我慢が足りないし、キレやすいとか陰湿なイジメを繰り返しているとか、とかくモラルの低下を指摘されるけれど、そんなの子供の悪い面しか見ていない大人の言い分だと僕は考える。良い子は本当に良い子だ。その中でも漫画やゲームやアニメを楽しんでいる子たちはいるのに、原因をそうと決めつけるのは早計ではないかと僕は言いたい。そういうことに過敏になられて、迷惑被っている人間がいることを是非理解願いたい。
つまり今までの前振りは、リアルタイムで好きなアニメを見るために毎度夜遅くまで起きて、毎度寝不足で学校に行く羽目になっている僕の八つ当たりなのである。
もちろん録画も欠かさないし、一度リアルタイムで見てからもう一度見返したいと思うのは我が儘だとわかっているのだが、それでも好きなものを制限されるのは些か心苦しいのだ。深夜まで起きるのを親が口煩く咎めないのが幸いだけれど。


「おい」


嗚呼、それにしても昨日は気になる終わり方をしたなぁ。来週まで待てるのか僕。


「おいそこの」


ネットじゃいろんな考察が飛び交ってるけれど、それを見て来週に思いを馳せるのも楽しい。僕自身が考えたアニメの予見を誰かと話せるのは嬉しいし、どこか満たされる。同じ話題を理解して分かち合えるのは筆舌に尽しがたい喜びがある。とりあえず帰ったらもう一度見て、


「おい、聞こえないのか」


確か主人公がヒロインの異能力についてされた周りからの色々な評価を聞いて、更に周りを取り巻く人間がすべからく一般人でない確証を得てヒロインの能力に現実味を感じたのだったか。僕だったらあんな状況に置かれても、主人公と同じように落ち着いていられるか、果てしなく疑問だ。その点はやはり創作されたキャラクターという背景があるのか、もしくはデフォルトで動じない性格という設定か、どちらでも構わないが、何の特筆もない彼だからこそ共感できる故に、僕はいつも疲れたように 『やれやれ』 と溢すそのキャラクターが好きだ。


「そこの学生!定期落としたぞ!」
「はい?」


渡り終えたスクランブル交差点を振り返れば、陳腐な音楽も終わり、信号が点滅しているのに合わせて慌ただしく僕を追ってくる人がいた。大学生だろうか、平日なのに制服でもスーツでもない出立ちである。


「これ、お前のだろう」


革張りの定期入れを差し出されて、僕はようやく鞄の外ポケットに入れていたはずの定期が彼の手元にあるものだと認識した。頭を下げて受け取る。


「ありがとうございます」
「地下鉄で拾ったんだが、ずっと呼び掛けてんのにそのまま行っちまうもんだから慌てたんだぞ」
「す、すみません」


これは気付かなかった僕の完全な落ち度だ。わざわざ駅から追い掛けてきてもらって、彼には悪いことをした。見なかった振りをしたって良かったのに、彼はお人好しなのだろうか。助かったには変わりないが。


「やれやれ、年甲斐もなく朝から運動するとは思わなかったな」
「え、」


それじゃあなと僕に背を向けた彼の腕を発作的に掴む。
雑誌などには載っているだろうが、生憎僕はそういった方面に疎いので、顔を知っているわけではない。けれど今の声は、今の 『やれやれ』 は、僕の知りうる声だった。耳の後ろあたりが急に熱くなる。
もしかして、もしかして―


「あの、あなたって」


僕の言葉を聞き終えた彼は、やや照れ臭そうな渋面で頭を掻いて言った。


「そんなすぐにわかるものなのか?」


僕の中で期待の実が弾けた。
あのキャラクターの中の人(いわゆる声優と言われる職業に就く人たちをこう呼んだりする)が僕の目の前にいるなんて!


「あ、のっ!僕、古泉一樹と言います!」


彼は目を丸める。
彼が主人公の声を演じるそのアニメで、僕と同じ名前の登場人物がいるのだ。


「古い泉に数字の一と樹木の樹でコイズミイツキ、です」
「驚いたな。漢字まで一緒なのか」
「いつも、あのアニメ、楽しく観てます!あなたの演じるキャラクターって他のキャラクターみたいに特別なものは持ってないですけど、だからすごく共感が持てて、僕は好きです!」


たくさんのアニメで声の出演をしている彼にとっては、きっと僕の言葉なんて、贈られ続ける賛辞や言われ慣れている感想のひとつに過ぎないのだろう。それでも僕は、紙を媒体にしてではなく、自分の口で彼に伝えられたら、それで良かった。


「視聴者から直接感想を言われるのは初めてなんだ。そう言ってもらえるなら、俺もやりがいがある。ありがとな」
「じゃあ僕が一番ですね」
「そうなるな」


破顔した彼は優しい目で笑ってくれた。じんわり耳にしみる低い声はまさしくあのキャラクターその人の声で、僕は興奮が冷めないまま彼に笑った。


「お前学校だろ?早くしないと遅刻じゃないのか」
「え、あ…」


腕時計を見れば、確かに時間は少し危ない。
名残惜しいというのが正直なところだが、けれど彼にも仕事や都合があるかもしれない。僕はここで彼とお別れすることにした。
交差点を引き返す彼の背中が小さくなる。僕は堪らず声を張り上げた。


「あの!」
「ん?」
「来週ってどうなるんですか!?」


僕の声にキョトンとした彼はにやりと笑って、


「秘密に決まってんだろ。楽しみは最後まで取っとくもんだ」




(080811)