そう、いまいち決定打を欠いていたのだ。今まで、決め手にかけることばかりだったのだ。うんざりしながらも安堵する自分にうんざりだ!
りりかるふぁくた
世界は時として冷たい向かい風が吹くという。今の今まで自分はそういう生活ばかりで、追い風だったことなんて、片手どころか三本の指で足りるんじゃないかと揚げ足を取ることもできよう。しかしそれでは本題に入る前に話が破綻してしまうから、この、然程良くない目を瞑るとして。
僕は首を傾げた。どうして僕は今まで五体満足、なんの傷心もないままに過ごせているのだろうか。
五体満足は大袈裟だとしても、傷心はそれなりなのが常だと、思う。だって僕はオセロが脳の禿げかけの馬鹿な父が大量に遺してくれた有り難くない遺産(実直に言えばただの借金)を抱え、何故か今日まで壮健である。借金取りに追われる回数の方が寧ろ、所謂『追い風』よりも多いことが哀しい。なのにこの晴れてある程度人間が呼吸できる鮮度を保っている空気の中で、よくもまあ、人間不信に陥らなかったのは、凡庸な僕の所有するみみっちい七不思議に入るのではないだろうか。
何が言いたいかというと、僕の神経は中々に図太く、確りした強度を有しているということだ。
その僕が、今、挫けそうになっている。
「ちくしょう!」
何が哀しくて警官の手足になって、背中の痒いところまで掻いてやらねばいけないんだ。僕は負け犬宜しく、もう一度、ちくしょうと言った。前のちくしょうで街の人らが僕の存在を物珍しげに見ていたから、小さな声で。
溯り、話はあの天パのぷう太郎が、小金に釣られたり口先三寸で丸め込まれたりしたお陰で、真選組の下らない仕事を押しつけられて帰ってきたのが初め。救護室の処置品や食堂の食糧などの、つまり買い出し。
近藤さんや山崎さんは申し訳無さそうにしてくれていたけれど(それだけで報われるものがあるってものだ)、顔を合わせた瞬間に銀さんと土方さんは睨み合い、神楽ちゃんと沖田さんは殴り合いをおっぱじめてしまったのだ。隊に補充する諸々を集める役目は、僕に全て向いた。貰える御金が銀さんや神楽ちゃんも含めて配当されるなんて理不尽を知っていたなら、目付け役にと、彼等二人についてこなかったのに。
何故僕がこれほどまでに荒れているかなんてのは、銀さんの私生活のだらしなさや神楽ちゃんの私生活のだらしなさやと条件が重なっただけなので、気にしないで欲しい。つまり虫の居所の悪いときに、更に機嫌を悪化させることが舞い込んだだけで、本当は真選組の人達だって何も悪くないのだけれど(悪いのはあの馬鹿二人だ)。
それにしても、流石人数主義な警察の紋所。必要とされる物資が半端なく多い。救急類だけを買い込んでも僕の手首が痛むほど重い。何回かに小分けして買い足さなければいけないなと思い、僕は凝った首を軽く回した。
「・・・ひぁ!」
「おう随分感度が宜しいことで」
「誰だって首に冷たいもの急にあてられたら吃驚するわぁ!てかなんでアンタいんの!?来るべきはあの二人だろ!あいつら何やってんの!?」
「旦那とチャイナなら食堂で近藤さんと酒盛り始めてやしたぜィ」
「あいつら何の為にきたんだ!」
目も当てられない体たらくがあの二人の本質だと割りきり詮無きことにしたって、この不遇の扱いは物申さねばならない。不等だ。あきらかに職務怠慢だ。あの二人もこの人も。
夕食抜きの刑だと決めて、僕は手持ち無沙汰に道すがら買って来たのであろう、アイスを片手に後ろにいる沖田さんを睨んだ。
「・・・で、何か用ですか。買うものでも増えたんですか?」
「いや、大変だろうからついてってくれって旦那が・・・」
「大変さをわかってんなら自分からくる優しさが欲しかったですね僕は」
「そんなもんは酒貪ってる旦那と食い物貪ってるチャイナに言って下せェ」
荷物持ちを手伝ってくれる気配もなく、てらうようにアイスを舐め始めた沖田さんは、ぽくぽく先を歩いていった。
「次、どこ行くんですかィ?」
「ぇあ?次は・・・すみませーん、僕の袖から走書き出してくれません?」
「ふむ。次はあそこの駄菓子屋に」
「行くか!ただでさえ大変なんですから、怒鳴らせないで下さい!」
「アンタが勝手に怒鳴ってるだけじゃねぇか」
よりによって何故この人を寄越してくるか、僕は不満だった。どうせなら融通の利く山崎さんとかが良かったのに。大体、人の指図をまともに聞くような性格ではないだろうに、こうも素直に(人の邪魔をしに)出てこなくても良いじゃないか。
「眼鏡眼鏡、口開けな」
「・・・結局行ってきたんですね」
「良いだろィ。自分の金だぜィ?ほれ口開けろって」
「んむ、」
体に悪そうな人工着色料が目立つ飴が、放り込まれる。ごろごろと口の中で転がる飴は、やはり体に悪そうな砂糖の味がした。
飴で小言も諌言も言えなくなった僕に満足したのか、沖田さんは変わらずアイスを頬張る。蜜柑のアイスである。僕もそちらの方が良かった。心なしか彼は薄く笑みを乗せていて、でもその手は差し伸べてくれるような甘さは一切ない。くそぅ、甘ったるいだけのこんな飴より、口を冷やすアイスの方が僕にとって重宝されるものだ。
嗚呼。
嫌わせてくれる決定打を、いつもこの人は僕に与えちゃくれない。