昔子供だった人達は




『また明日』




最近のボンゴレは内部紛争が多発している。そろそろ引退を迎える、最後の足掻きにと言う老年の爺共とそれに乗せられ宥め剥かされた若輩者共が蜂起したのだ。矛先は最近漸くトップに君臨したボンゴレボス十代目だが、就任した矢先のこの様に不運なと囁いた者も居たようだ。誰がこの、ボスの座に就いてもこうなるのは目に見えているというのに。
骸は頭の悪い古株に頭を振った。しして惨状を把握し始める。
弾痕、引き裂かれた布類、彼方此方に残る生々しい血糊。刺客の処理された跡。懐かしい凄惨な光景に思わず骸は顔を歪めた。いつの間にか、あの忌まわしき日々に戻されたような気がして、吐き気と眩暈に視界をぐらつかせた骸は、入った当初から全く動かないボンゴレボス十代目を見た。
ボンゴレボス十代目―沢田綱吉は嘗て豊かだった表情筋をぴくりとも動かさないまま部屋を険しく見ていた。

「……………」

返事は無い。骸も期待はしなかった。ただ独り言のように言葉の羅列を並べるのを義として、淡々と彼の背中に投げつけるだけに留めた。

「あまりここに居たら空気の悪さに肺を悪くしますよ」
「……………………」

相変わらず反応を寄越さない背中に骸は溜め息と苦笑を吐き出し、ぽつりと呟いた。

「空に昇った水蒸気は空に凍らされて雲になり、また地上へ雨として落とされる。凍てつく空はまるであなたのようですよ、ツナヨシクン」

漸く沢田は骸を見た。その目は彼の家庭教師に教えられた通り、一切の感情をも孕んでいなかった。瞳の中に映る骸はやたら悲しそうに沢田の目を見ていた。

「あなたの正義は何処にあるんですか?」

始めて沢田は骸に向かって意思表示をした。蔑むような、今にも声を上げて笑い出すかのような笑みを口に乗せて、沢田は骸の手を握った。

「受け売りだけどなってリボーンが言ったんだけどね?」

徐々に骸の手を沢田は握り締める。ぐぐっとどちらかの手が撓った。

「正義って言葉を口に出す奴程、正義は無いんだって」

未だ骸を見上げて笑っている沢田の眼は微かに、けれどはっきりお前みたいな奴だよと語った。

「俺の夢はね、骸」

彼の声が重なる。勿論骸の想像でしか無いが。ニヒルに笑う彼は沢田を見下ろしてぞんざいに言い放った。沢田はそれを、何も考えてないような顔で聞き入っている。

「ボンゴレの地位を不動のものにすることだけなんだよ」

それがお前の責務だ。

(…嗚呼)

骸は眼を閉じた。神に何もかもを投げ出して懺悔したい気分になった。

「だから俺頑張るんだ。皆にもリボーンにも認められるように」

薄く開いた骸の口は、何かを言う前に閉じた。
それは何代にも渡って願われた悲願に違い無いが、しかし夢で無いことは骸ですらわかる。

『俺の夢はね、骸』

そんなものは夢では無い。夢であってはならない。
ひとつに制限されたそれは、最早規則に変わりない。自分が望んだのではなく、他人が望んだのだ。
俺に正義は要らないのという昔ひ弱だった子供は、今では夢を履き違えた可哀想な大人になっていた。