銃弾を装填、撃つ、打つ、討つ、射つ、伐つ。
相手が何か言っているが聞こえない。相手が何かしているが見えない。
何も感じられない。
銃転回
銃転回
銃転回
かちっ、かちっ、
空虚な音に、既に弾が無いことに気づく。ぱっと視界が広がり色付き聴覚を取り戻し感覚が舞い戻り匂いが・・・火薬と血肉の臭いが・・・
すうっと息を吸う。肺にどっと流れ込んで来た空気は血生臭かった。
気分は絶望する程でもない。キレた餓鬼が親を殺した後のような虚しさがただあった。達成感には程遠い。
周りを見る。生きている人間は己一人だけだった。
壁に寄りかかっているように項垂れた死体の口からはだらしなく舌が垂れ下がっている。頭を撃ち抜かれ筋弛緩したのだろう。
我乍ら無意識下だとても確り止めを刺している。
沢田は弾の予備が無いことに気づき舌打ちした。また五月蝿い家庭教師にどやされるだろう。
肉が削がれ、原型を保てなかった血潮に沈む死体のものを拝借したいところだが、死体から吹き出た血で布けって御釈迦になっている。
使い物にならないと、沢田は小豆色をした臓物を露出している死体の銃を放り投げた。ぱしゃりと遠くで血が跳ねる。
溜め息を吐く。
人を殺すことが生活に浸透しているのにうんざりげんなりした。一般ピープルの生活には
物心ついたときから憧憬を抱いていたが、何も極端なこんな人生を歩まなくてもと沢田は肩を落とした。
諦めは自分の取得だったのになーと最近剃ってない髭を撫でつける。剃っても剃っても濃くならず柔らかく産毛のような薄い髭だった。遠目から見たらわかりゃしない。
武良いよなぁ。彼奴生粋の日本人って感じしてるもんなぁ。
彼奴の髭分けて貰おうかなと床にどっかりと座り、煙草に火を点ける。
獄寺が吸っていたものと同じ(というより沢田が興味を持って一箱貰い受けたもの)で、著名会社の銘柄がゴシックで書いてある。
喉に煙が入り咳き込み乍ら煙草の箱を見る。
未成年は吸ってはいけません。未成年ではないですけど間違えられます。
沢田は溜め息を吐いた。白髪になりそうだと頭を垂れがしがしと掻く。
もう一口、煙草を吸う。脳味噌に冷たい何かが沁み込んでいくようだ。肺が真っ黒になる代わりのこの感覚は、捨てたものでもないなと試供品染みた感想を思い浮かべこれもまた血飛沫を未だあげている死体に投げる。
「あーあ、俺の平穏は何処だぁー」
遣る気の無い声に反応するものはいない。
ただ、重なるように車の音が聞こえ、ばたばたと数人が沢田の居るこの屋敷へ押し入る音が響いた。
平穏を壊す足音だと剥れ顔になり、真っ先にここへ来るだろう黒衣の家庭教師が潜る扉を睨んだ。ばたばたと騒がしい足音に紛れ、こちらは転じて落ち着き払っている足音が優雅にとことことこ。
程無くして扉は開いた。
「何やってんだダメツナ」
「来たよ来たよ、俺をこんな目に合わせた奴」
「はぁ?雲雀を病院送りにした組織は何処だとか言って勝手に出たのは何処のどいつだ」
「そういう意味じゃないですぅー。教えてやんないもんね」
「勝手にしろ」
はんと馬鹿にしくさった溜め息を吐き、リボーンは漸く部屋の惨状を見た。
「また派手にやったもんだ」
「雲雀さんの顔を腫らせた代償にしては軽い方だよ」
「黙れ面食い」
「うっわ今のキツイ!酷い!」
「否定もしない奴に言われたかねぇぞ」
「…違うもん、面食いじゃなくて周りに綺麗所が集まってただけだもん」
リボーンの馬鹿と足をばたばた絨毯に打ち付ける。それでも埃が舞わないのは、一重にここを掃除した人間の賜物だろう。今では絨毯で吸い切れない程の血がひたひたと覆っているが。
「怪我はねぇか」
「無いね。指も付いてる、足も切れてない、打ち身も骨折も無い」
「後はその脳味噌か」
「お前そういう奴だったよな!」
悔しそうに立ち上がり首を振り振り、沢田は背筋を伸ばした。
「あああ、疲れた」
「お前病院に雲雀の顔見に行ったら雲雀に殴られるぞ」
「え?何で」
「獲物を取られた気分になるんだろうな」
「何その理不尽!」
行きたくないけど顔の経過は見たいと頭を抱える沢田を横目に、リボーンはもう一度面食いめがと呟いた。
ぐちゃぐちゃに踏まれて潰れた臓腑が滴る部屋を、後にする。
「皆元気ー?」
「勝手に一週間失踪した奴に教える義理はねぇ」
「…お前根に持ってるだろ」
「どうせ帰るんだろうが。教える手間はかけねぇ」
「冷たいなぁ」
帰れば泣きつく者も居るだろう。殴る者も居るだろう。笑って御帰りを言ってくれる者も居るだろう。仕事の肩代わりに貸し一つという者も居るだろう。
安心して帰れる場所があることが、唯一沢田の手に入れた平凡だろう。
「俺ね、リボーン」
「何だ」
「やっぱり平凡が良いなぁ」
「…ダメツナが」
帽子の鍔で目元を隠した彼はニヒルに笑った。
血の海に沈んだ空の拳銃は鈍く光る。