「聞くがダメツナ。跡目がいないときにボスが優先すべきことは何だ?」









病院。潔癖を象徴するような白に埋め尽された建物の外装内装。
とある病室に某お抱えヒットマンが胸を反らせて尊大に言った。ダメツナと呼ばれた男は締まりの無いバツの悪そうな顔で呟いた。


「先ず第一に自分の生命の確保」
「優秀な駄目生徒で助かったぜ」


優秀な駄目生徒って矛盾してるぞおいとは言えなかった。反論すべきではない。自分の不始末が原因なのだから。
ダメツナこと沢田綱吉は、そのあだ名のように何をやらせても駄目な子供だった。それが今ではイタリアや世界の裏社会が知らぬところの無い巨大組織のボスなのだから、人生は本当にわからない。沢田は人事に思った。
大体跡取り問題は沢田が何歳になっても付き纏う厄介な問題だ。そして今の功績を沢田が上げる頃には既にもう取り返しのつかないところ迄大きくなっていた。
目の前の元家庭教師現お抱えヒットマンがこんなに俺の予定が狂ったことは無いと嫌味ったらしく首を振ったのは、そう昔のことではない。しかしちゃっかりと沢田を予定通りの地位に就かせたのだから文句の言い処を間違えていると強ち言えなくもないのだが(但し口に出すと命が危ない)。


「良いか、お前は今やただのダメツナに収まらねぇ男だ。ダメツナ=沢田綱吉以上に、イタリアマフィアのドン・ボンゴレなんだ」


含んで聞かせるような物言いは沢田に居心地を悪くさせた。
擦り潰される程の圧迫感は決して気持ちの良いものではない。息が詰まる。


「お前はどうも物事を両立出来ないな。一つのことに集中すると周りを振り返らん」
「…そりゃどうもすいませんでした」
「誠意が感じられない」
「わー!銃を出すな!此処病室!俺絶対安静!」


ちきと額に当てられた黒光りする拳銃に慌てふためく沢田。
このヒットマンは赤ん坊の頃から重火器を扱う恐ろしい奴だ。拳銃の重み等わかっちゃいない。


「大体さ、血筋じゃなくて血縁なんだから俺が死んだ後で残った奴が決めれば良いじゃないか!」


ほら、ザンザスとかさ!彼奴未だにボス志願だろ?丁度良いじゃん!


轟音が病室に響いた。ヒットマンが持っている拳銃からは硝煙が昇っていた。


「ダメツナが」
「うわー!本当に撃ちやがったよコイツ!!」


壁にめり込んだ見慣れた筈の銃弾を見て、沢田は改めて人殺しの道具の恐ろしさを知った。
今度の抗争からはなるべく肉弾戦を努めよう。


「今更何甘いことを言ってやがる。彼奴はお前に負けた時点でボスになる資格剥奪だ」
「でもでも!俺が死んだらそれって取り消されるんじゃ…っ」
「もう一辺くらい死ぬか」


再び銃を構えるヒットマンに沢田は包帯だらけの腕を上に上げホールドアップを示した。ヒットマンは無慈悲に笑う。


「おいダメツナ。マフィアは命乞いへ容赦は向けるか?」
「向ける向ける向ける!だってまだ俺用無しじゃないだろ!?ボンゴレに必要だってお前、今回の抗争の前に言ってたじゃんかよ!!」
「…ッチ、腰抜が」


革のホルダーに銃をしまうとヒットマンは沢田を侮蔑しきった目で見た。


「慈悲じゃねぇぞ。完治してこんな所出たらその腐った脳髄叩き上げてやる」


そう言ってヒットマンは懐から一丁の拳銃と一振りのサバイバルナイフを沢田に投げて寄越した。沢田がそれを受け取るや否や、ヒットマンは病室から姿を消していた。

「お前は一体何歳なんだ…?」

俺はもう三十路半ばで確か彼奴は成人だった筈だ。


「見舞いくらいで銃弾一発と銃刀持ってくる奴がいるかよ…」


沢田は眉をハの字に下げ乍ら腹の上にそれらを乗せたままごろりと横になった。
開いた腹の傷に、人殺しの道具はずしりと重い。


(嗚呼、嗚呼、だってこれは下半身不随に陥らせた代わりに得たもの。 俺は動かない動かない。ニ度と動きたくないというのに、あな た  は   )