遺跡からイオンを奪還してようようと出て行く彼らを見て、シンクはつい先程までの戦闘による疲労とは別のため息を吐いた。
何で導師を救出するのに、急を要する親善大使一行が来るのか。どうせ封鎖された港と、シンクらが見張りをつけた町の出入り口からは出られないと踏んだ導師守護役が彼らに泣きついてついてきたのだろう。廃工場のあたりでいよいよ六神将を悪役にして、乗りかかった船とばかりに導師を救いにきたのか。マルクトの戦艦でキムラスカとマルクト間を走行している自分たちに言えた義理ではないが、ダアトの内政干渉に足を突っ込んでいることを、彼らの誰か一人でも気づいた人間がいれば良かったが、あの様子じゃそれも望めない。
少なくとも帝王学を学んだ人間が二人と、軍事に携わる人間が二人いるというのに、もしかしたらキムラスカもマルクトも駄目じゃないのか。それを言うと自覚が半端に欠けている導師はと聞かれて詰まる教団も落ちるところはとことん落ちているが。全く、叩いても埃しか出てこない。


「ったく…」


シンクは横にいる青年を睨んだ。
廃工場で切り結んだ相手に情報を漏らし、うっかりとは到底いえない落ち度をしてくれた張本人にも関わらず、青年は堪えた様子もない。六神将としての意識がないのではなく、六神将である心積もりがないのだと知っているのは、実はシンクとディストだけである。


「それにしても、アンタが勝手に行動するの、よくディストが許したね。闘えない自分の代わりに寄越したくせにさ」
「やることやってりゃ、文句は言わないからな」


言わせない、の間違いではないのだろうか。シンクは考えた。
彼らにとってやることとは、言わずもがな、レプリカの研究である。青年が誰のレプリカか、シンクは露ほどにも興味などないが、ディストにとっては目的を達成するために必要不可欠な情報を十分に持っているらしい。何せ、滅多なことではできない完全同位体のレプリカだ。シンクはレプリカという生まれを取引に使うような青年のないに等しい神経を疑うが、本人がまるでレプリカであることに対する負い目を感じていないようだから、彼らのすることにシンクは口出しはできない。ただ、妙な実験は嫌だと突っぱねるだけの危機感はある彼の少ない自己管理能力に一寸、シンクは安心を見出した。


「ところでアンタ、導師に何したのさ」
「さあ。タルタロスで外套貸して着替え用意したぐらいだけど」
「ずいぶん懐いてたみたいじゃないか」


親善大使一行へ戻るのを、若干渋るほどの懐きようだ。恐らく彼らに対して態度を軟化させようと口利きでもして、恨みの矛先をお門違いな青年へ集めるのに一役買っていることだろう。特に守護役の視線はさっきまでの時点ですら凄まじいものがあった。


「計画に支障さえ出なきゃ、僕は何も言わないけど」
「…………」


青年は少し嫌そうな空気を醸す。最近になって、無表情の中に乗る青年の感情を目聡く見つけられるようになった。
どうもこの青年は、神託の盾騎士団主席総長が苦手のようだ。かと言って嫌いというわけでもないらしく、話題を倦厭するどころか本人のいないところでは尊敬を示す言葉も口にする。やろうとしていることを、止めてほしいと思っている節は隠しもしないけれど。


「止めはしねーよ。アクゼリュスの崩壊は、必要だから」
「その後のことは」
「……明言を避ける」
「………………あ、そ」


青年が何年も、それこそシンクが生まれて神託の盾騎士団の師団長になる前から、己の半生をかけて何かをしようとしていることは何となくわかった。でなければわざわざ身の危険を顧みずにこんなところまで潜り込まない。それが功を奏して、その末にヴァンの計画が頓挫しようが、最早シンクの興味外だ。彼が何か画策していたのを黙っていたシンクも、その尻馬に乗る形で面白おかしく当事者でありながら傍観者たろうとしている共犯者である。そう、楽観できるくらいには己の中の、自分を無為に生み出した世界に対する強い憎悪が鎮静していることをシンクは理解できた。楽しいことを無理に看過してやるほどの自制はない。
シンクはただ見ている。一人で、じっと見ている。
その過程で命を落としたとしても、劇場が始まる前に席を立つのは失礼だろうとメタファを皮肉げな口元に乗せて。









(081217)
(100408)掲載