魔弾のリグレット、烈風のシンクが部下を引き連れて去った後も、ディスト(ジェイドは珍しく顔を嫌そうに歪めて 「ただの石ころみたいなものですよ。そこら辺に転がってる石」 と言った)と黒い外套を羽織った青年だけが残った。


「では、予定通りそこまではノータッチですか?」
「ああ。データを取るのは勝手だけど、調子乗って情報抜いたりフォンスロット開くなよ」


多分、あの人はあっちをそう思わせて孤立させたいんだろ。暗示はその方が効き易い。
静かに響く抑揚のない声に、ディストは顔をしかめた。


「…本当にやるつもりですか? 下手したらあなたは」
「そのためにグランコクマへ許可を取りにいく必要がある。これからのことを考えると、恩を売っておくに越したことはない」
「あなた一人で大丈夫ですか? そういった駆け引きは苦手でしょう」
「今となってはこの顔は便利だよ。お前は自分の心配をしろ。ただでさえお前は蝙蝠なんだ。それは多分あの人もわかってる。支柱の作戦に関わらせないはず…」
「それを言うならあなたは尚更でしょうに……ってあなた!今私のことをお前呼ばわりしましたね!初めて会ったときは『博士』だったのに…!グレたんですか!?」
「うる…い。じゃ…よろしくな」
「え…、リグレ…トには言……きます。い…とな…たら私の……を出しな……」
「俺には…がある。前に………ったことがあ……、あの人なら……」
「では………しくあなた依頼……す。頼みま…よ、アッシュ」


恐らく彼の名前であろう響きに、ルークの心臓が嫌な音を立てて動いた。慣れない荷馬車に揺られていたからだろうか、と首を傾げる。


「なるほど。彼は六神将の一人、鮮血のアッシュのようですね」


また、心臓が嫌な音を立てる。


「鮮血のアッシュ?」
「ええ。地位はディストの副官らしいのですが、武勲の誉れ高いと六神将の名を頂いているようです」
「らしいとか、ようだとか、ずいぶんはっきりしねーな、旦那」
「私も見るのは初めてなので。あんな子供とは思いませんでしたねぇ」
「身長はルークと同じくらいじゃないかしら」


確かに、長身のディストは座っていたとはいえ、ごつく仰々しい椅子と対比しても成人した大人のような印象はなかった。


「何にしても、気になる会話でしたね。我が皇帝の膝元まで、一体何をしにいく気なのやら…」


ディストは去り、その後姿を見送り同じく去った青年の残像を追うように目を眇め、ジェイドは顎に手を添えた。首都まで、自分の師団を壊滅に追い込んだ連中が行くと言っているのだ、懸念もひとしおだろう。


「しかしまあ、あの洟垂れがあそこまで親しい人間を作るとは」


見ての通りやかましくて、ちょっと付き合いを考えたくなりますから、と朗らかに笑ったジェイドに、何やら腹に一物持った人間の空恐ろしさが身に染みて、ルークは荘厳にセントビナーを見下ろすソイルの木を、逃げるように見遣った。









(081214)
(100408)掲載