利久鼠が化粧いた眼球こすって痙攣

 


親善大使をルークに、補佐を青年に据え置き、キムラスカから親善一行が出発した。街を出るための口をシンクに塞き止められていたが、青年は物凄く楽しそうにシンクをいじり、拐われたイオンの救出を手伝って欲しいというアニスを放り出し、街道の使用許可をすっかり忘れていたジェイドをちくちく突付いた。
ティアは本来未だ謹慎拘束の身であるが、例の預言云々を言質に、さっさと連れてきた。モースがいたついでに辞表を叩き付けたティアは、今はシンプルな一般兵に支給される防具に着替えている。もちろんまだ正規の軍人というわけではないが、気分はもうキムラスカ軍属のようだ。
青年はまたも怖い歌を口ずさみながらマルクトへ向かっている。アクゼリュスが崩壊したからだ。
揺れが頻繁に起こっている報告を受け、早々に渋る住民をも退避させた手腕は、政治的理解がないと言いつつも会談に出られるほど巧みでルークも舌を巻いた。舌先三寸とも言う。
ティアの故郷であるというユリアシティで知らされた秘預言を含め、手早く報告書の備考欄にしたためた後にキムラスカに飛ばしてから、同じ軍人のはずなのに行動を起こしもしないジェイドに呆れの眼差しを向け、またちくちく嫌味攻撃。それから報告の意もあってマルクト訪問の最中、なのだが……。


「ではルーク様、軍部では主に元帥、将官、左官、尉官、軍曹と分かれています。左官下位・尉官軍曹上位は各一兵卒を取り纏める隊長格を勤め、左官上位・将官は作戦の立案や斥候からの情報を諜報部から受け、情勢判断をして各隊の指揮をしたり貴族会議で協議します。私も出たことはありますが、ルーク様は昇格せずとも次期国王ないし公爵家当主となられますから、あまり関係はないでしょう。ここまではよろしいでしょうか?」
「………その口調はやめんか」
「無理です」
「………チッ、…………俺は、下積み期間を持たないのか」
「あなたは軍人ではなく貴族です。跡継ぎがいなくなれば国王も公爵も泣きますよ」
「お前がいる」
「いやだから、俺は政治に明るくないから無理だっつーの…」


ぶっちゃけ額を寄せあって頭こねくりまわすより、前線に出て体を動かした方が好きだし、と小さな呟きにルークはぷっつんした。


「それは俺も同じだと、何故気付かん! いいか、この間だけでも俺に頭を下げるのを止めろ! 口調もだ! ついでに稽古に付き合え!」
「それは命令ですか?」
「そう取っても構わん」
「なら、カーティス大佐から一本取ってからにしなさい」
「…何故私が」


いきなり特務師団長に抜擢されたことのあるルークへの、初歩の初歩、兵法ですらない軍組織の構造の馬鹿丁寧な講義を懐かしがりながら聞いていたジェイドは、突然名指しされて眉をひそめた。


「ルーク様の得物は刀です。大佐は槍で、リーチに差がある分頭を使って攻撃しなければなりません。魔物と違い、人間の頭は打算や地の利も使うので、違った経験が積めるでしょう。私はどちらかというと諜報部隊寄りの技術が得意で分野が違いますし、ルーク様に傷をつけたら罰則なので、どうぞお二人で」
「それで和平が流れたらどうするんですか!」
「知ったことじゃありません」


それ以降ルークから命を狙われる勢いで猛攻を続けられ、今更彼らをマルクトに連れていって良いものか、悩むジェイドであった。

 

 

 

「お前たちか、俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」


自国の皇帝の言葉に、ジェイドは壁の薄くなって痛む胃と頭を抱えた。
やはりダアトとは組織の成り立ちが違うのか、何故何を繰り返すようになったルークは、今や辞書となりさがった青年を仰ぐ。
ちなみにジェイドからはまだ一本も取れずじまいで、ルークがにやにやくさすように笑うガイや敬語を崩さない青年へと八つ当たり始めたのもジェイドの胃痛と前後していた。
皇帝から許しを得て立ち上がった面々を尻目に、同じく立ち上がって面白そうにジェイドを見た青年はルークににこりと笑った。若干頬を染めたルークを見て、もしかして無自覚にガイやティアのようなフリークを作り出したのかと思うと、むなしいようなしょっぱいような空寒い思いに駆られた。


「軍人は主君のために体も命も捧げる気構えが当然ですが、兵を私物化し、その人権を蔑ろにする主君を仰ぐのは身の破滅に繋がります。しかしカーティス大佐は、優秀すぎて周りを顧みない脳味噌の他には価値がないから、槍の代わりにディックでもしごいているんじゃないでしょうか」


とんだ侮辱だった。死霊使いと名高く、周囲に恐怖を振り撒く対象に対して、死すら生温い暴挙が覚悟される言葉だった。
突発的なスラングに、遅れて理解したティアやルークの顔が赤く染まる。ガイは爽やかに笑って 「はははルーシス、そんな下品な言葉はせめて部下に使えよ。免疫ない人間が聞くと怖いんだって、顔とのギャップが」 と余裕面。相当数罵られたに違いない。
ジェイドはげっそりした。
そんなジェイドを置き去りに、謁見の間を凍らせた張本人は、貴族もかくやという優雅な一礼を皇帝へご覧じた。


「お初にお目にかかります。キムラスカ軍第一師団少将、第五小隊隊長ルーシス・ジル・ベルガです」
「ああ、大使殿のレプリカと報告にあった…」
「…カーティス大佐は、そういうくだらないことは報告書に書けるんですね」
「………………」


手痛い一言。ジェイドは思いきり他人によって墓穴を掘られた。


「ところで、貴殿は本当に軍人か? ずいぶん立ち振る舞いが洗練されていたが」
「ルーク様のレプリカである以上は影武者もしたことがあると斟酌していただきたい。全く、余談ばかりか名乗り返さないとは、街と似て開放的でいらっしゃる」


青年は顔を歪めた。
皇帝は大口を開けて笑う。


「悪かった悪かった。俺は現マルクト帝国皇帝のピオニー・ウパラ・マルクト9世だ。此度は我が国の人民を救う助力に感謝する」
「の、わりには、使者殿が戦争したいのかと聞きたくなるほど色々やらかしてくれましたがね」
「ははは、嫌われてるな、ジェイド!」
「別にカーティス大佐だけに限らず、使えないゴミは嫌いですけど」


うちに使えないゴミは全て捨てるので、いませんから。
壮絶な笑顔でのたまう青年の、ジェイドへの当て擦りに、ジェイドは胃の壁を擦り減らしながら、身も世もなく青年に平身低頭したい気分であった。


「さて、ルーク様。至らないカーティス大佐がした、穴だらけ欠陥だらけの報告を補って差し上げましょうか」
「………俺も捨てるのか?」
「はあ?」


いまいち噛み合っていない。
恨みがましい目で見てくるルークに青年は眉をひそめて首を傾げた。似たような表情で顔を見合わせる彼らの、その仕草の似ていること。


「ルーク様が国王になられるならば、私の命と体を捧げる御方になりますね。公爵を継いだとしても、元帥の地位になれば上司となりますが…」
「国王になる人間なら誰でも、ということか?」
「はあ…まあ一応私も一介のしがない将校ですので」


何故かルークは、よし、と呟いて拳を握り込んだ。初めはどういうことかわからなかったジェイドだが、その後ルークがガイやティアをギリギリと睨みつけていた様子を見て、なんとなく理解してしまった。
あああ、なんか堅物なキムラスカのイメージが、次代を担う若者によって崩されている気が…。寧ろ彼が魔性なのだろうか。妖艶な印象を想起させる言葉だが、ほくそ笑みながら腹を叩く狸のような青年には、なんて似合わない。
ルークはまるで挑むように皇帝を見た。


「我が身はキムラスカの旗印を仰ぐ身のため、膝をつかぬことをお許しいただきたい」
「ああ、そこは構わない」
「…私が言うのは差出がましいでしょうが、カーティス大佐を和平の使者に指名するのは、何か意図があるのでしょうか…」
「というと?」
「聞けばカーティス大佐は和平の橋渡に導師イオンを連れていくために誘拐まがいの手段を取られたとか、親書を、」


ルークはちらりとイオンの後ろにいるアニスに目を向ける。


「──導師の守護役に預けたとか。改竄されたら、どう責任を取るつもりか、お聞かせ願いたい」
「──その契機となったのは、襲撃した六神将と聞いたが?」


ルークの体が一瞬跳ねた。
青年はルークの背中に視線を刺す。ぶっ刺す。殺す勢いで刺す。
余計なことを言ったら王族と言えどはっ倒すぞ、という如実な圧力は悶々と周囲にも薄く影響を与えるが、そこは腐ってもキムラスカ次期国王のルーク、背中に冷や汗を垂らしつつも果敢に目の前の皇帝を見つめている。


「だからといって部下でもない人間に親書を渡すなど、キムラスカに誠意ある対応のようには思えません。皇帝陛下の胸の内をお聞かせくだされば、こちらも杞憂を抱えて徒にそちらを疑わなくて済みます」


皇帝は考え込むように椅子に肘を預け、ふむと呟いた。
タルタロスでの会話をぶち明ければ、ジェイドは降格どころの話ではないが、幸いかな、それをルークは知らない。ジェイドに貸しを作るために青年が教えなかったことくらいは、さすがにジェイドも察していた。
ギリギリ胃痛が加速する。


「…と、大使殿の意見だが、ジェイド。申し開きはあるか」
「……判断ミスと報告義務の怠りがあったことを認めます」


ここで今のルークが襲撃に加担し、現在行方不明とされる鮮血のアッシュだと暴露して取り押さえることもできなくはないが、にっこにっこ笑っている青年が大人しく拘束されてくれるとは思えない。逆にこちらに都合が悪いことを喜んで話すに決まっている。そういう愉快犯の目をしている。あらゆる意味で、ジェイドに味方はいない。


「ジェイドを使者に選んだ理由は、主にその戦闘能力と指揮管理能力によるものだった。昨今国境での小規模戦闘が多発していた所以、部下を多く連れた使者などキムラスカの敵愾心を煽るだけだと判断したんだが…結果的に裏目に出たな。こちらの落ち度だ。慎んで詫びを入れさせてくれ」


青年の顔が物凄く輝きだした。そんな顔で見てこられ、胃と頭はおろか心臓まで痛み始め、ジェイドは胸を掻き合わせて顔を必死にそらし続けた。


( あーあ、駄目じゃんジェイド。もうちょっと粘ってくれないと玩具甲斐ないだろ )


なくて結構だ。
青年の聞こえぬ心の声が顕著に伝わり、関わりたくないのにしっかりその縁を握られていることが恐ろしく、調子に乗っていた過去の自分を槍で突き回したい気分から向こう当分抜けられそうにないジェイドだった。








***

  今回の軍人ルークが凄く面白かったのでぜひ続編をお願いします!
  ピオニー陛下と是非赤毛Sを絡めて欲しいです。
  ジェイドに厳しめだとなお嬉しいです。



ということで『ぶちゃりーぶちゃりー』の続編です。
ジェイドがもとより素で苦労人なので、厳しめかはいまいちわかりません。
リクエストありがとうございました。

(090219)