てーのひらをー たいようにー
すかしてみーれーばー
まーっかーにーながーれるー
ぼくのちーしーおー

 


どこの歌かは知らないが、ずいぶん物騒な歌だ。いや、メロディはのどかなので、もしかしたら本当は子供が歌ってもおかしくない歌なのかもしれない。
しかし歌う人間が全て台無しにしている。
ジェイドは、機嫌よく歌う赤毛の青年に引きずられている、同じく赤毛の兄弟かと見紛うほどよく似ている人間に、心底同情した。

 

 

 

エンゲーブでの保護(という名の連行)に、大人しく甘んじていた彼にジェイドは言った。


「我々の和平のために、あなたが…いえ、あなたの地位が必要です」


見たところ赤毛と碧眼というキムラスカの王族たらしめる特徴を持つ彼は、王族というのに軟禁状態で政務に携わらない、些か変わった経歴を有しているファブレ公爵子息のように見受けられる。下町の情勢を把握するどころか、他人と満足に交流したことのない人間にジェイドが口で負けるはずがない。キムラスカに悪印象を持たれているマルクトからの和平にできるだけ障害がないよう、手回しをするに越したことはない。先ずは相手を怒らせ、冷静でなくなったところを落としにかかろう。
そんな打算を胸に秘め、胡散臭いと定評ある笑みを浮かべたジェイドに、何故か顔色を悪くする連れのダアト所属らしき少女。
反して青年はジェイドと同じくにこりと微笑んで。


「却下」


投げつけられた即答に、ジェイドの顔が引き付けを起こす。後ろでアニスが 「うわー、はっきり言っちゃったよ」 とどこか面白げに呟いた。イオンは困った顔をして戸惑っている。


「おやおや。ずいぶん冷たい返事ですねぇ。あなたはキムラスカとマルクトの間で戦争が起こっても良いと?」
「いいや? しかし、このように他人をハナから侮る和平の使者など、信用に足らんと思っただけさ」


にこり、からにやり、と笑みの種類を一変させた青年に、ジェイドは隠さず眉をしかめる。


「侮ってなど…」
「地位が必要だと今はっきり言ったじゃないか。使者殿は嘘でも相手を立てるくらいの外交センスもないらしいな。マルクトは和平を頼む方、使者を見てそれを判断するのはこちらだというのに」


もしかしてお前の方が戦争起こしたいんじゃないのか? 死霊使いって名高いらしいし。
思いきり嘲られ、ジェイドは屈辱に頭が一瞬真っ白になった。
世間知らずの貴族に、戦争も命のやりとりも知らないただのガキに、自分の半分程度しか生きていない子供に、馬鹿にされた。


「膝をつけというのならつきましょう。所詮安っぽいプライドしかないものですから」


膝をついて頭を垂れたジェイドに青年の微笑みが更に深まったのを見たのは、イオンとアニスとティアだけだった。


「断る」
「では仕方ありませんね。あなたを不法入国の疑いで捕縛させていただきます」
「た、大佐ぁ!」
「いいぞ。和平がなくなるだけだしな」
「…なんですって?」


ジェイドが青年を睨んでも、青年はにんまり笑っているだけである。畏れた様子はない。


「自国の王族を捕虜として捕え、和平を持ちかけてきた敵国の使者に対して、平和的な話し合いに持ち込めると思えるほど、キムラスカは呑気じゃない。しかも使者はキムラスカにとって散々煮え湯を飲まされた死霊使いで、和平の象徴であるはずのダアトの最高指導者がそれを享受してるんだ。おまけに、その前には、オラクルの服着た女がファブレ邸に襲撃して客人を襲い、俺を連れ出している。ブラックジョークにもほどがあるだろう。俺だったら、マルクトとダアトが結託して人質を取り、キムラスカに不利な交渉を強要してきたと思うぞ」
「そんな…っ!」


イオンの青褪めた顔すら良心を痛めないのか、青年は一瞥しただけでジェイドの顔を窺う。
ティアはうつ向いていたが、そういえば彼女が名乗るときには所属部署を言わなかった。既に自分の首を諦めているのだろう。もちろんそれは自主的ではあるまい。
ジェイドの思考を読んだが如く、青年はニコニコ笑いながら言った。


「彼女は公爵家強襲の罪を償うそうだ。しかし、これまでの俺への態度はお前と比ぶべくもないほど良好であるから、オラクルを除隊処分ののち、俺の部下にしようかと陛下に奏上申し上げるつもりなんだよ」


それでいいのか。有り体に言えば飼い殺しではないか。
そう思いティアの方を見れば、青年の横顔を一心に見つめ続ける彼女の頬は、僅かに赤らんでいる。自分がどうなるかなど、考えもしていないに違いない。最悪、自分がどうなるか知った上かもしれない。
調教したのかたらしこんで惚れさせたのか、どうやら青年はここに至るまでで色々暗躍しているようだった。


「それと、今更なんだが、俺はファブレ公爵子息じゃない」
「…しかし、あなたの外見はキムラスカの王族では、」
「残念ながらそうなんだが、ほら、そこは貴族にありがちな他に言えないお家事情ということで」
「では、あなたの名前は…」
「ルーシス・ジル・ベルガ。キムラスカ軍第一師団小将にして第五小隊隊長だ。貴殿の噂はかねがね、死霊使い殿」


ジェイドは眉をひそめた。
通常、軍幹部に昇任する際の理由は、大きな戦で多大な功績を認められることが主だが、15年前のホド戦争を最後にマルクトとキムラスカは小競り合いが国境付近で勃発している程度であった。そこにすら、彼の名前が挙がった覚えはない。
おまけに着ている服は軍服ではなく、貴族が着る参詣のためのもの。


「……キムラスカの第一師団小隊には、第五はなかったと思いますが…」


ひっそり囁くイオンの言の通り、昨今キムラスカでは軍備が拡張された知らせは受けていない。
ジェイドはルーシスと名乗った青年を冷たく睨んだ。


「だ、そうですが?」
「知らないも当然だ。我が第五小隊は主に隠密機関で戦争には出て行かない。内々の荒事専門なんだよ」
「では、ファブレ公爵子息ではないと…?」
「世話になっていた公爵様とその奥方様に、顔を見せるよう申し上げられ、邸へ赴いていただけだ。仕事でもないのに軍服で元帥を訪れるわけにもいかないから、こんな詰め襟を着させられたが…」


ガイの奴め、余分に着飾らせやがって… とごちる青年。その豪奢な服に士爵の貴族階級証が輝いている。軍人貴族らしい。


「それで? まさか本当にそんなズサンな方法でキムラスカに入るつもりではないだろうな。ならばこちらも全力で仇敵になりうる者は排除せねばならない。目下お前のことだ」
「……単数のあなたがこちらに敵うとでも」
「事象の確認のつもりなんだが、なんだ、そちらは違うのか。よほどキムラスカと事を構えたがっているように見えるが、それはマルクトの総意か? 個人の意志なら大したことだ。キムラスカとマルクトの二国に槍を向けることになるだろうけどよ」


反論を挟む余地もない。嘲弄さながらな笑みに反して、揚げ足でどんどんジェイドの首を絞める青年のその翠の目は、敵になる危険がある者を警戒視するようにどこまでも鋭い。
本物の軍人の目にイオンもアニスもすくみあがってしまっているし、何かおかしな目をしているティアなど論外である。砦になりそうなものはない。
そのとき、警報が響いた。さすがにこんなときまでおちょくる気はないのか、青年もジェイド同様厳しい目になる(一応軍人たるアニスはイオンの側に慌てて寄るが、規格外なので省く)。


「……和平に異がある人間が、お前以外にいるんだな」


しっかり皮肉を落としたが。

 

 

 

その後、上から降ってきた彼と同じ赤毛の男を笑顔で叩きのめして、今に至る。


「こーん こーん 釘をさすー
だんだん胸がー痛くなるー」


ジェイドが回想している間に、どうやら歌が変わったらしい。またも恐ろしげな歌であるが、今度は明らかに作為的だった。
にも関わらず、ティアは上記の通り常識の一線を違う意味で越えてしまったし、新しく一行に加わったガイ・セシルとやらも、右に同じな人種のようで(本人曰く、ファブレ家に奉公しているらしいが、ルーシスに傾倒しているのが一目でわかる。いつかファブレ家を脱走してルーシスに仕えるんだと清々しい笑みで言っていたが、それでいいのかキムラスカ)、誰も彼の抑止力になりそうもない。
引きずられている人間―鮮血のアッシュは最早何かを言うこともせず、遠い目をしてカイツールの空を見ている。タルタロスで頭に一発、セントビナーで腹に一発入れられ、武力で制圧されて以降、ことあるごとに反発していたが、 「死なない程度にアバラを折るよりマシだろう」 と笑顔で言われてからは、とても大人しいというか、現実逃避に努めて忙しいというか。
彼らの人となりは全く違うが、その顔や特徴の類似性を見て、ジェイドはかつて自分が研究をし、そして禁じた技術を思い出す。だが、青年はあらゆる意味で個性的だった。


「…ルーク。その、引きずっているのは何だ」


例によって、旅券を携え待っていたヴァンはこの異常な光景に顔をひきつらせていた。


「…謡将、何度言ったらわかるのですか。その名はファブレ公爵子息様の御名でしょう。脳味噌は見た目と同じく若年寄なんですか?」


呆れたように返す青年に、アッシュは目を見開く。


「お前はレプリカじゃないのか…?」
「レプリカ?」
「どういうことだヴァン!」


怒声を投げつけられたヴァンが、忌々しげに顔を歪めた。


「…何を言うルーク、誘拐されて記憶をなくしても、お前はファブレ公爵の息子だろう?」
「確かにルーク様が誘拐された頃と同じ時にファブレへ連れてこられた私は、七年前以前の記憶がありませんが、しかしそれは私がファブレ公爵子息様ということにはなりません。今の話から判断するに、レプリカというのは人間の複製というところですか…ならば私はレプリカかもしれませんね」
「ルーク、聞きわけなさい」
「聞きわけるも何も。誘拐される前のルーク様は、王になるべく教養を身につけられた立派な御方と心得ております。公爵様は私を影武者になさるおつもりだったようですが、私はその才もなく武道一辺の男です。だからベルガ家に入り、軍人として、下から今の地位に昇ったというのに、あなたはそれすらも否定なさる気か。ルーク様の剣を指南された方とはいえ、如何な無礼も許されるわけではない。鮮血のアッシュ同様に聞かねばならない事が増えたようだな……お覚悟を」


青年は素早くアッシュにくくりつけられた手綱もジェイドに押し付け、ヴァンの側頭部に踵を振り下ろした。軍から支給された靴は踵が高く、行進の際に音が綺麗に鳴るように堅い素材でできている。避ければ良いものを、そんな凶器を正直に頭で受けたヴァンは、声も出せずに揉んどりうって気絶した。
アッシュもジェイドも驚倒に身動きが取れない間にも青年はさっさと衛兵に縄をかけさせている。


「…荷物が増えたな」
「ヴァンは俺が持とうか?」
「闘う術があれど、お前はベルガ家にも軍にも関係のない使用人だ。ティア、やれるな」
「もちろんよルーシス様。兄の不敬は私が償わせるわ」


ガイが不満そうな顔をしている。ぶつぶつ呟くのには、 「やっぱり俺も軍に志願するか」 。その横では、ティアが勝ち誇ったような顔で、自分よりも重い成人男性を引きずっている。
「ミュウもお役に立つですのー!」 と下僕合戦に参戦しようとしたミュウをイオンに渡し、さっさと旅券を提示して関所を通り過ぎてゆく青年は、自分がレプリカかもしれないということにかかずらっている様子はない。そんな青年に、アッシュが腹立たしげに問うた。


「お前、今のことを何とも思ってないのか」
「別に。俺はルーク様として育ったわけじゃないし、今は陛下から武官の名をいただいている。それだけで十分だ」

 


ねーくら ひーきこもりのぼくー
むーくちだーけがとりえですー

 


そうして、また飽きずにアッシュを引きずりながら怖い歌を歌い出す青年に、ジェイドはかける言葉がなかった。











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