ダアトからもキムラスカからもマルクトからも干渉を受けない中立自治区。それがケセドニアである。他国からの軍事的・政的干渉を許さない代わりに、取り締まるのが頬に傷があったりするようなヤのつく人種なので、一般で言われる制裁とやらがとんでもなく血生臭くなることがあったりなかったり。一般市民さんに影響は然程ないが、つまり、目に見えない場所ではそれなりに治安が悪いわけで。
今日も今日とてヴァンの野望を阻止するべく奮闘する一行と、やる気はないがヴァンをいびり倒すというただそれだけの目的で一緒にいる者約一名(プラス一匹?)はそんな場所にいた。そして、目下そんな世界の一端を、垣間見ている。
シャブがどうのこうの、女がどうのこうの、酒が、縄張りが、頭が、法度が、と話題は尽きないようだ。組織の規模が大きければそれだけ問題も多かろう。しかし、そこにいる人間──主に一応王女に復帰したナタリアや閉鎖的な空間で育ったティアは間違いなく場違いだった。
明らかに酒と少しの大麻の怠惰な雰囲気に浮いている彼女たちが何故いるのかというと、ケセドニアの入り口でルークが『視察』をしたいと言い出したことが発端に因る。
もちろん周りは反対した。ヤーさんの巣窟に行くなんて恐ろしいだの、私たちはヴァンを倒さなければならないのよーだの、危ないぞルーク! だの、屑が! だの、それはもう大仰なクレームをつけたのだが、そんな彼らの心中を推し測る努力すらせず、ルークは便利能力(明確な名称がないため、アニスが命名した)を憚ることなく発揮し、彼らを黙殺することに成功した。弊害として、アッシュは未だにどこかの魔物の腹で消化されるか否かの瀬戸際を満喫していることだろう。
で、そのルークはというと、酒の強い臭いや煙草の煙たさを物ともせず、ひたすら歓談(かどうかは不明である)に耽る有象無象を観察している。一体何が楽しいのやら、愉快犯の節があるルークのいつにない真剣な顔に、彼らも文句のひとつすらを諦めた。


「…用は済んだ。次行く」
「まだあるんですの!?」
「やれやれ、我々も暇ではないのですがね」
「別についてこいなんて言ってないぞ? 寧ろどこぞの過保護者を思い出すからいちいち後ろについてこないで、是非置いていって欲しい」


こんな危険物放置できるわけないだろう。
例外を除いて、同行者の視線と思考が交わった。性格破綻なルークになってから、彼らの同調が凄まじく飛躍したのばかりはルークの功績かもしれない。
例外ことどこぞの過保護者ならぬガイは、自分のことを言われていることに気づいているのか何なのか、眉をハの字に下げてまだルークに食い下がっている。しばらくしない内にルークが 「『私はホモです。ケツ穴にねじこんで下さい』って服に書いてやろうか」 と低い声で言ったので、すぐに黙ったが。
向かった先は酒場だった。ニスの剥がれた木造の酒場で、看板はなく、酒瓶の描かれたトタンがぶらさがっているだけ。風に吹かれて錆びたそれがキイキイ鳴るたびに何とも言えない閑散とした空気が漂い、いかにも終日閑古鳥が鳴いているような有り様だった。周りに人気はなく、今までの喧騒が嘘のように辺りは静かで、こんなところに何の用向きかと窺えば、強気で不遜な顔をしたルークが、木材に優しくない蹴りを放って扉をこじ開けていた。


「貴様何様、俺様兄貴様の登場だぜ野郎ども!」


ランプブラックが薄く立ち込める煤けた中には、カウンターに必要最低限の小さな椅子、広く間取られた床にはコニャックボトルとトランプカードと灰皿、それを囲む強面で戦士さながら屈強な男たちと、その脇を固める数人の男がいた。一様に乱入してきたルークを一瞬だけ睨みあげ、そして目を見開いた。


「あ、兄貴…!?」
「おうよ、オメーたちの兄貴よ。久しぶりだな。長い間不在で悪かった」
「滅相もない!」


一同恭しく頭を下げる筋骨隆々の男は、まかり間違っても実年齢が二十歳過ぎだとされるらしいルークより年下には見えない。こんなおかしい状況なのに、いきなり奇襲をかけてきたルークに対応しようとしていた他の男たちも、さっさと頭を下げてしまう。その様子にもルークは慣れたもので、男たちと同じく輪を囲んでどかりと座る。


「抜き打ちになっちまうけど、別に構わねぇよな? 後ろ暗いところがあるわけでもなし」
「へぇ! もちろんでさ兄貴」
「る、ルーク?」


戸口でだまになっている、明らかにかたぎなガイたち(そのうち軍服を着ているのまでいる)に、男たちは困惑げで僅かな警戒心を滲ませた目をルークに向ける。ルークは鷹揚に笑って言った。


「こいつらは気にしなくていい。ピヨピヨのうんこか何かだと思ってくれ」


それが、今まで数ヵ月と共に過ごしてきた人間に対して言う相応しい言葉かどうか、もちろんティアたちは否と首を振るだろう。
ていうか、ピヨピヨのうんこって。
ガイは泣いてしまった。


「あ、兄貴…」
「気にするな。ホモが泣いてるだけだ」
「ルゥゥウウクウウゥゥ!」
「うるせぇゲイラルディア。酒瓶ケツに突っ込むぞ。それともライガのケツにお前の顔を突っ込んでやろうか」


どちらもえげつない。
とりあえず飛び火防止にジェイドがきゅっとガイの首を掴んだことで、一応騒音は収まった。ガイの心拍まで消えそうなことは、敢えて皆思考に置かない。


「んじゃま、まずは俺がいなかった間にあったことを言え」
「へい」


パネルとコンソールが光と共に浮かびあがる。照合する気だ。能力の無駄遣いだとアニスは呟いた。誰もが思ったが、それは言わぬが花というものだ。
だいたい何でルークがヤーさんと知り合い(どころか明らかな上下関係を築いているようにも見える)なのか、情操教育に悪いとぼやくガイがいっそ白髪になる勢いの親密度。然程多くケセドニアにきたというわけではないのに、一体どうして。


「おい西地区。報告と誤差があんぞ。監督不行届きだな」
「い、いや、兄貴!」
「ガタガタうるせぇ。目ん玉刳り貫いてそん中に爆竹詰め込むぞ。さっさと報告義務を怠った奴連れてこい」
「ルーク様! それだけぁ勘弁してくだせぇ!」


…なんか、仕切ってるっぽい。
ルークは土下座する禿げあがった頭に思いきり足を乗せて踏み、額を床に打ち付ける。その顔はどこまでも慈悲深い笑みで溢れているが、上っ面でその腹の内が読めれば今までの苦労はなかった。


「…ここのルールは何だっけか、東の?」
「は。兄貴のルールに従うこと、兄貴の名前を呼ばないことのふたつです」
「だよなぁ。たったのふたつ、なのになぁ。お前は一気にふたつもやぶっちまった。西の、何で俺の名前を言っちゃなんねぇんだっけ?」
「へぇ、中立自治区のこの街に、キムラスカの貴族であらせられる兄貴が介入してると思われるのはケセドニアにもキムラスカにもデメリットがあるからでさ!」
「だったら何で名前を呼ぶんだ、この禿げ!」


乗せていた足を退かし、床にあった頭をボールのように逆の足で蹴る。吹っ飛ぶ禿げ頭。
ここを仕切る理由も契機も知らないが、どうやら一応融通はきかせているようである。常識(?)があって何よりだが、それをもっと他のものにも適用させて欲しい。ティアやナタリアはアングラな世界に早くも目を回しているのだから。


「ふたつ破ったから二ヶ月だな。その間お前と怠慢こきやがった奴の瞼を昼間だけ閉じさせねぇ。ドライアイになりやがれ」


仕切る人間が報復を受けたとあれば、拮抗していた威厳は崩れて馬鹿なことを考えかねない輩が出てこないとも限らない。地味に嫌な罰則である。


「じゃ、設定かーんりょっ」


やっぱり無駄遣いだが。


「いいかテメーら! 人間仕切るなら飴と鞭の使い分けくれぇやってのけろ!」


ルークは壮絶に笑って言う。民を先導するに相応しい、威風を放って、しかし畏敬を抱かせる凶悪な顔で。


「制御できねぇカリスマはいらねぇんだよ」


それ、まんまアンタじゃ。
一体こいつはどういった思春期過程を送ったのだろうか。
そう思わずにはいられない同行者一同であった。アッシュが救出される雰囲気は、まだ、ない。







***

  現代人ドSルーク設定で、いつのまにか裏町をシメていて『アニキ』とか『ボス』とか呼ばれて尊敬され恐れられているルークと、それに恐怖するPT。


ということで『読点シリーズ』の続編です。
ルークは頭が良いわけじゃないんです。
ただそれなり道理を弁え、かつ常識を逸脱するだけの根性があるというか…あと自分の魅せ方とか知ってるだけです。一応社長なんで。使えてない設定だけど。
リクエストありがとうございました。

(090219)