そろそろ胃がもたない。
苛立ってばかりだし、腹立ててばかりだし、もう嫌だ。
あいつらマジで地獄の三丁目まで案内してやろうか。
…いやいや俺はいたいけな一般人だ。殺人はさすがにまずい。ああ、でも、アリバイがあれば完全犯罪可能なんじゃね? っつうか、このままあいつら放っておけば、勝手に自滅してくれたりしないだろうか。
ああうるせぇな。わかってんよ、やりゃあいいんだろ、やりゃあ。いちいち頭ん中で喚くな有害毒電波が。
ルークは荷物に紛れてあった日記に目を通し、届くかわからない相手に切々と訴えた。
今ならお前の頬に親愛のキスができるぜお兄ちゃん。
ルークの額には、びっしびっし青筋が浮いていた。赤毛と対比すると、更に青く見える。ともすれば健気に青褪めて見えるだろうが、吊り上がった眦とオリジナル顔負けの眉間の皺は、それを見事に裏切っていた。それが普通の反応なのだが。
「……今、なんて言いやがった……………」
声がらしくなく震えているのは、あまりの利己的加減に怒りが最大値を振り切ったからである。
向けられた人間は折しも、皆ルークと顔見知りであった。押し並べて神妙で、深刻な顔をしている。しかしルークは、周りのそんな雰囲気に流されてやるつもりなど毛頭ない。より低い声で、じりじり圧力を強める。
「悪いが今は耳のメンテナンス中でな。今度は聞き間違わないように聞いてやるから、もっとわかりやすく言ってくれ」
各国代表は、大なり小なりルークに苦手意識を刷り込まれている。直接の被害もとばっちりも勘弁な国の指導者は、わたわたと慌てて、その後比較的被害も少なく、ルークからの印象も悪くないマルクト帝国皇帝が絞り出すようにして言った。
曰く、その命を以って瘴気を中和して欲しい、と。
やはり聞き違いではなかったようで、ルークは顎が痛くなるほど歯を食い縛り、うつむいて目を瞑った。視界を遮っていてもわかる、こめかみの下を脈々と伝う血流の感触。力強いそれは、いつか大きな音を立てて千切れそうだと、それが現実逃避とわかっていても、ルークは思わずにはいられなかった。
瘴気の中和に超振動が関わってくると教えられて知っているルークであったが、その心は 「だから何?」 である。聞けばアッシュは各国と勝手に取引をして、今回の中和に協力し、結果消えてしまうレプリカ以外の保護を一方的に打診して、また一人で暴走しているようだ。
そもそも瘴気というものは創世暦時代だか何だかの人間が、困りに困った挙げ句に臭いものには蓋をという根本的に何の解決にもなってやしない方法で目をそらし続けた、言わば過去の人間の怠慢ではないか。それを何故、世に出回り始めたレプリカがなさねばならないのだろうか。
あのジェイドも天才と言われる時代があったらしいが、単に効率化を図っただけじゃないのか。
アッシュよりもルークに、オリジナルよりもレプリカに。誰も彼もがその言葉を咎めるが、代案を出す気などさらさらないように見える。
ざっけんじゃねぇ。
ルークは小さく吐き捨て、目の前ですがる色をしている各国代表を見て笑った。
「死ね。国もろとも」
沈黙。
何を言われたか、徐々に理解していった面々が、鼻白みながらも騒ぐ。ただ、あああやっぱり、とマルクト帝国皇帝だけが頭を抱えてうつむいていた。
「る、ルークっ? 一体何を言い出すのじゃ!」
「もういっぺん言ってやる。死ね。死ね。死ね。寧ろ俺が消す」
ルークはからから笑う。
ジェイドはそれにきつい視線をくれながら言った。
「あなたも死ぬんですよ?」
「瘴気消して死ぬのも、大地が病んで死ぬのも、結果は同じだろう。そういう頭の悪い駆け引きは止めてくんねぇか、天才サマ」
「……………」
「でっ、でもでもぉっ、アニスちゃんまだ死にたくないよぅ!」
「ついでに言うなら、俺は見ず知らずの人間を救うために命を投げ出すような博愛主義はねぇ。もっと言うなら、見ず知らずじゃなくても他人のために自分が死ぬなんざ、真っ平ごめんだね」
とりつく島もない様子のルークに、国の代表者たちは押し黙る。しかしその分同行者たちが色めき立ち始めた。
「ルーク! そのようなことを仰有っては、王家の蒼き血が廃りますわよ!」
「廃れちまえ、そんなモン。つうか俺レプリカだから正式には王家の人間じゃないし。それにお前の言い分だと、今あのチキンは立派にお役目を果たしてるみたいだけど?」
「ですがアッシュは……っ」
「結局さ、ルークをあいつの身代わりにしたいだけだろ、テメェら。仮にルークが死ねば、アクゼリュスを崩壊させた鮮血のアッシュは罪の償いで瘴気を中和して死んだとか、後で捏造し放題だもんな? そうなったらナタリアは寧ろ望むところだろうし、ジェイドも邪魔なレプリカが減って都合良いし、テメェら止める理由もないもんな? 違うか」
「………………」
「ははっ、正直でいいねぇ」
痛いところを突かれて蒼白な者を睥睨して、ルークは机の端に足を乗せ、獰猛に歯を剥き出して言う。
「どうしてもってんなら、まず暴走してるあの馬鹿を呼び戻せ。あいつが勝手に取りつけた約束が無効になってることを知らせねぇと、勘違いしたまま死ぬぞ」
「……兵を。第七音素士の素質がない兵を」
ルークは薄暗く笑う。
かくして、時を置いてレムの塔近辺にいたアッシュは捕えられ、再びこの場に戻された。
「それでは会議を始めまーす」
間の延びた声で、何故かルークが取り仕切っていた。
円卓には王や皇帝やその重鎮の他に、同行者と椅子に縛られたアッシュがいる。
一度アッシュはルークに噛みつき、思いきり額を強打されて昏倒したが、それは割愛する。
「えー、俺が中和するにあたり、確約して欲しいことがいくつか。ちなみにこれらの条件を呑まない限り、俺は協力しませんので悪しからず」
殺すとは口にしても死ねとは滅多に言わなかったルークに、以前に呆気なく死ねと言われたショックが抜けない人間は、戦々恐々とルークを見る。
「一つ目は、秘預言やそれに基づいたキムラスカの行為やオラクルの対応、中和にレプリカが功労を果たしたことやヴァン・グランツの計画など、諸々の情報を全て人民に開示すること。もちろん、俺がレプリカであることもカイツールを襲撃した鮮血のアッシュがキムラスカ公爵子息であることも含めてだ」
「それではアッシュが、」
「嫌ならいい。俺もやらないだけだからな」
歯牙にもかけず、ルークはナタリアやキムラスカ国王の抗議を黙らせた。
「二つ目は、国や自治体や村々の代表者や関係者の世襲制と王政の廃止。該当者は民意による選出をすること。今回のことを踏襲しかねない馬鹿がまた出てきたら困るからな。なあ、キムラスカ国王殿?」
ぎくり、と名指された国王が体を揺らす。にやにや悪戯っぽく笑うルークを窺うように見て、身を震わせるインゴベルト6世に刷り込まれたトラウマたるや、想像だに易くない。
「三つ目はルーク・フォン・ファブレとナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディア、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスとアニス・タトリンとジェイド・カーティスとティア・グランツの王位・爵位・軍籍剥奪、一市民への降格以後昇進なし。今回とヴァンのことが片付けばお前らの地位は利用されやすいことを考えた結果だ。ジェイド・カーティスにおいては、サフィール・ワイヨン・ネイス共にレプリカ研究の第一人者であるからして、残ったレプリカのケアに努めること。ガルディオスについては、後継による存続を認める」
膨大な、後処理だった。これまでの三つは、全て瘴気の中和と、ヴァンの討伐を終えた後のことばかりだ。
中和を持ちかけられたその時分から、こんなことばかりを考えていたのだろうかと、苦々しくアッシュは思う。
「で、最後なんだけど」
「まだあるのか!」
「当たり前だろ。寧ろこっちが本命だっつうの」
提示された内容が内容なだけに、希望や将来を絶たれた者たちは一様に白く燃え尽きている。疲弊した顔付きで、マルクト帝国皇帝は非常にイイ顔をしているルークを見た。
「中和に必要な第七音素は、オリジナル、レプリカ、生物関係なく収集する。以上が最低条件だ」
「それでは体内を構築する音素バランスが崩れ、精神異常が発症するではありませんか!」
「俺が知るかよ。器用にレプリカだけの音素を集めらるわけぬぇーっつうの。とっとと書類に署名と血判と押印押せや。この書類はどこにも属さない奴に預けるから、燃やして証拠隠滅謀んなよ?」
にこやかに笑うルークは、まるで野に吹く穏やかな風のようだった。しかし彼は、その口調からもわかる通り、この世界の、少なくともこの場にいる人間の誰をも信じていない。
「さあできることから始めろ。まずは情報開示の準備と元老院へ王座撤去の打診と駐在外交官の選出だな! 早く動かないと瘴気で人間が滅んじまうぜ!」
こ の 悪 魔 っ !
際限なきルークの華麗なる足技によって蛹から美しい蝶に生まれ変わるように、優雅に下僕と化した某チーグルの仔はその日、故郷を取り締まるチーグルに 「これを誰かに渡したり、傷のひとつでもつけやがったら、全身の骨を粉砕した後で火にくべてやりますの! 焼き加減はレア、ミディアム、ウェルダン、消し炭の四種類から選べますのー!」 と主人顔負けの脅迫文句と共に、額に入った一枚の上質紙を渡したという。
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