キムラスカ王国第三王位継承者次期国王であるところのルーク・フォン・ファブレのレプリカは、 「はぁーい!」 と元気良く右手を掲げてのたまった。
現在はバチカル王城最上階の謁見の間で、ナタリア王女が国王と血縁どころか遺伝もかすりさえしない偽者と投獄されたことを問いただしているという、彼女にとってこれまでの自分を賭けた真剣な場面であるのに、雰囲気を全く考えない呑気な発言をした件の人間に、不謹慎だと眉をひそめる者が数人。しかしその硬い空気を知ってか知らずか、続けて、 「聞きたいことあるんで、ちょっと聞いてもいいですかー?」 とシリアスな場面を根本からぶち壊す。
「この国って預言に書かれたことを遵守することで成り立ってるんですよね、えと、も、申す? さん」
「何故国王のわしを差し置いてモースに尋ねるのじゃ!」
「え、だって明らかに王様よりそこにいる人の方が偉そうだし」
王より偉いと思っている人間に対してすらその態度。何とかならないのだろうか。ならないのだろうな。今までの挙措を思い出し、同行してきた者たちはため息を吐いた。
くさされた先の二人は顔も赤らかにぷるぷる震えている。見ているこっちが何だか可哀想だ。生温い視線に晒されて、二人は更にぷるぷるする。しかし国王はこれ以上威厳を損なわせてたまるかと、気丈に咳払いして仕切り直した。
「その通り、我が国はユリアの―…」
「えーっと、そこの乳母の…誰さん? 何でナタリア殿下を入れ換えたの? 預言にでも書いてあったわけ?」
話の途中なんですが。あー、王様また震えちゃってるよ。可哀想に。
ガイやティアは青褪めて、アニスとジェイドはやや苦味走った顔をひきつらせながら笑っていた。
乳母は戸惑いながら頷く。
「数日早く生まれた孫を、入れ換えることならば…」
「んー、少し確認させてください」
途端にパネルが空中に現れる。同じく現れたコンソールで画面をスクロール。目の前で何事かやらかし始めたルークに、周囲は目を剥く。ただ、見慣れた同行者は、つくづく便利な能力だなあと若干現実逃避気味。
「それってナタリア殿下が生まれた年にあなたの誕生日に読まれた預言ですね?」
「はあ…」
何が言いたいのだろう。またややこしい事態を招くつもりじゃあるまいな。
仲間相手に全く信用のないと言いたいところだが、今まで散々前科がある彼――見掛け上ルーク・フォン・ファブレ(のレプリカ)である彼と知り合ってから、実のところそれほど時間が経っているわけではない。それまで親善で連れ立った一行を辟易させた子供のような彼が、ザオ遺跡で一変したのである。
アッシュを兄呼ばわりし、今の今まで一緒にいた者たちに 「あんたらどちらさん?」 と無礼に問い、あれほど傾倒していたヴァンに 「俺はあんたみたいな老け顔と知り合いになった覚えはないんだけど」 と言い放って卒倒させた彼は、その上、自分はキムラスカという国も知らないし、親善大使に任命された覚えもないし、ていうかここ何処? と本当にわからないといった様子で首を傾げていた。おかげで公爵の妾腹の子と一時勘違いされたアッシュはその広い額に余すところなく青筋を浮かべ、しばらく 「王女様(ナタリア)、お子様いち(イオン)、お子様に(アニス)、眼鏡の人(ジェイド)、そこの女の子(ティア)、え、お前が親友? 俺だって選ぶ権利が…あーうそうそ。じゃあ親友(仮)で」 と呼ばれた一行(特にガイ)の精神に多大な損害を負わせ、ヴァンが卒倒するしないに関わらずアクゼリュスは崩壊した。
ユリアシティでアッシュよりもたらされた、レプリカという己の特殊な出自を知っても、 「わー、爪も髪も切ったら消えるとか…手品? うわ、おもしれー」 の軽い一言と、鬱陶しいからと長かった髪をばっさり切るだけでその弊害を乗り越えた。言うか言わざるか色々悩んだジェイドや、負い目に思わせて罪悪感で押し潰そうとちゃちな仕返しを目論でいたアッシュの立つ瀬が、あまりにもなさすぎる。
更にもっと言うならば、グランコクマで発覚したガイの過去にも、彼はどこか一歩ずれた反応を示した。
「親友(仮)の名前って長いよな。もうGがいっぱい付く人でいいじゃん。あ、それと、お前のことが露見した今からバチカル行くのってまずくね? 王様とか公爵とかが知ったらお前、多分首切られると思うんだけど…あーもう、色々面倒くせぇな。大人しく家でも橋でもせこせこ復興しとけよ」
ガイは泣いた。それはもう、恥も外聞もなく、布団に突っ伏しておいおいと。それを見て心底うんざりした顔で目をそらしたルークに、更に泣いた。
主だった被害が特にそれというだけで、アクゼリュスに着くまでもそれ以降から今にかけても、大なり小なり多種多様なトラウマを周囲の人間に植え付けて下さり、相互理解に普通よりも長い長い時間をかけさせられた彼には、とにかく色々鬼門が多すぎる。おまけにちょっと反則気味な能力が追加されたし。
「インゴベルト6世にお尋ね申し上げます。マルクトへ宣戦布告をしたのは、アクゼリュスで上位の王位継承者が死亡したと思われたからでよろしいでしょうか」
「相違ない。従ってそなたらの死を以って」
「それともうひとつ。ナタリア殿下とルーク・フォン・ファブレの他に、直系もしくは傍系の血を引く王位継承者は不在だったのですか?」
だから喋らせてあげようよ。王様もう涙目じゃん。
アニスが目を据わらせて小さく言ったが、例により黙殺。彼が人の話をあまり聞かないのはいつものことなので、今更胸を痛めることもない。最早諦めの境地だ。
「どうなんです」
「う…い、いないということになっておる!」
「そうですか。では、我らが何故捕えられたのか、今一度ご説明願いたい」
「何を言っておる!そこの者は乳母が摩り替えた他の子であろう!貴様もアクゼリュス崩壊の主犯ではないか!」
「では最後にそこでふんぞりかえって偉そうにこっちを見てる樽に聞きます。あなたはどこまで預言を把握していた?」
…なんかもう。なんかもう、一人で勝手に怒って騒ぎ立てる国王が、あまりに哀れで滑稽である。ここまで国の最高指導者を蔑ろにした者はかつてなかったのだろう。本来ならば不敬で捕えて然るべき兵も、国の重鎮たちも、唖然として棒立ちになっている。
「何を馬鹿なことを、」
「ユリアシティの代表者に、アクゼリュス崩壊が預言されていたことを確認しました。同じく、マルクトへ戦争をしかけ、勝利することでキムラスカに繁栄をもたらすとも。ルーク・フォン・ファブレがアクゼリュスで死ぬことによる繁栄を得ようとせんとする施政者としての判断は、まあ、倫理面を考慮しなければ立派でしょう」
せめて相手の言葉を待ってあげてから喋ればいいのに、と思う傍ら、少し雲行が怪しい雰囲気に、おやと思う。
いつもしまりのない表情は、今は硬い。相変わらずコンソールキーをいじってパネルに目を向けるだけで、コミュニケーションのいろはもへったくれもない有り体だが、どうやら彼は、機嫌が悪いようだった。
「その繁栄がいつまで続くか知りませんが、仮にインゴベルト6世の時代以上に続くとして、ならば繁栄の恩恵を如何に下々まで行き渡らせるか、配慮するのは次の王ではないのですか? 急場凌ぎの政策がたびたび通用すると、本当にお思いですか?」
彼の目が、どんどん据わっていく。眉が寄せられ、本格的にアッシュと顔が似通っていく。
ルークの穏やかな顔は、今や僅かな面影を残すばかりだ。
「聞けばナタリア殿下とルーク・フォン・ファブレに次ぐ王位継承者はいないという。ふざけてるのか。キムラスカはインゴベルト6世で王政を終える気か。それはけっこう。しかし乳母の預言でナタリア殿下が入れ換わることで王女の座が空席になるのを免れている。誕生日に預言を読まれる慣習に則し、今までナタリア殿下は王女としての預言を授かり、それに則り執政を執ってきたんじゃないのか!」
「ぶ、無礼を申すな!」
「無礼だと? 笑わせるなっつーの。アクゼリュスで聖なる焔の光が死ぬことがあって初めて得られる繁栄も、ルーク・フォン・ファブレが生きていることで潰えた。今から俺たち次世代の人間を殺しても繁栄が来ると、そう預言に書いてあんのかよ。ほら、言ってみろよ、キムラスカは未来を担う若者を積極的に殺す国ですぅって。預言にすがるのはお手のモンだろ?」
はははん、と鼻で顔を土気色にしている面々を笑い、彼は清々しい笑みを浮かべて言った。
あながち間違ったことは言っていないが、もう少し摩擦のない言い方はできないものだろうか。心臓に悪すぎる。
今も人の悪い顔をして、どこのサディストだと問いたくなるようなことをぽろぽろ憚りもなく口にしている。後ろでガイが、 「今までだって口は悪かったけど、そんな下品な言葉を吐く子に育てた覚えはないぞ、ルークぅぅ!」 と未練がましく顔を覆って泣いているが、いい加減鬱陶しいから止めて欲しい。ティアはどこか恐ろしげな目で、アニスは何か可哀想なものを見る目でガイのわりと日常化してきた奇行を眺めた。
「今なら額の生え際が3センチ後退するまで床に頭擦り付けて土下座するだけで許してやるよ」
現実味のある数字が具体的すぎて逆に嫌だ。
彼は年長を尊敬する神経をどこかに置いていってしまったようだ。年長と言わず、大概自分以外に容赦はないけれど。
当然、王とモースは反抗した。これ以上不敬を重ねられるのは耐えられないらしい。すると笑みを消し去ったルークは 「あっそ」 と低く一言漏らし、中指でぱちんとキーを叩いた。途端に、件の二人は影すら残さず失せてしまった。
「屑が」
そういう、似なくていいところばかり似ている。
呆れながらジェイドは騒ぐ重鎮を尻目にルークへ歩み寄った。
「今度は何をしたんですか?」
「現時点での二人の固定座標をキノコロードの最奥に置換した。何ヵ月で戻るか、賭けないか」
「ちゃんと戻してくださいよ」
「覚えてたらな」
パネルやコンソールが青い光を帯て消え、慌てふためく公爵含む重鎮を見て、ルークは満足げに笑った。
世界を見る目、今まで起こった事象の客観的な見解、物理を無視した所業が叶う制御盤を操る、自称太陽系惑星地球出身のルーク・フォン・ファブレ。以前彼はこう言った。
『自分と同姓同名の奴が主役の仮想空間って微妙だな。あーあ、兄貴がいたら反応見て楽しむのにさ』
彼は根っからのサドらしかった。彼の兄が強いられる苦労が偲ばれる。
「てめぇら、こんなところで何してや、が…」
命令する上司が消えてしまい、固まっている六神将の二人を差し置き、謁見の間の扉を開いたアッシュは、中の惨状とルークの満面の笑みを見て、状況を理解したようだ。言葉尻がかすれて途絶え、気まずげに口を開閉した後、そっと目線を落とした。
彼がルークに反発して、ザレッホ火山の突端に引っ掛けられたり、ロニール雪山の天辺に防寒装備なしで放り込まれた記憶は新しい。
(081224)
(090203)