ふと、目を開ける。
暗い。体も、何故かだるい。
体の下に乾いた感触、剥き出しの腕には、下敷きとなった草がちくちくとこそばゆい。清らかな屋敷にいた頃の、無臭に近い空気とは違う。それは青臭くて、胸が詰まるような濃密な草木の匂いだったが、埋もれるほどの植物に囲まれたことのないルークにとっては、単なる異臭でしかない。くせぇ、と呻いて、ルークは体を起こす。
いつも絶えず火が灯っていた己の部屋とは違い、そこは暗かった。頭からがぶりと飲み込まれるかのような圧迫感。覆う木々と暗い空の境が曖昧に見えるほど深い夜闇である。時に吹く風が揺らす草木の音以外に、何やら穏やかならざる気配が蠢く森で、ルークはようやく、この場に自分を守るものがないと知った。

「な、なんだよ…」

奮い立たせるために口から出した声すら頼りなげにすぼみ、近くに落ちていた木刀を構えてみるも、この暗い森から出られる見通しは立たない。
せっかく立ち上がったのも束の間。ルークは木刀を脇に投げ出し、母や日頃親友と宣う使用人の名前を呼びながら、背中を丸めてぐしぐしとすすり泣きを始めた。それでも誰ぞが手を差し伸べてくれるわけでもなく、背後から活き餌を見つけたとばかりに忍び寄る獣たちに気づくこともないまま。

ルークが人里に出てこられたのは、日数にして、それから三週間ほどが経過してからであった。
ルークを見つけた町人の驚き様と言ったら、ライガが身内の死体を口にぶら下げて出てきたのを見てしまったかのようだった。何せルークは、幸いにも大きな怪我がなかったにせよ、見るも痛ましいほど痩せ衰え、美しかった赤い髪もすっかり褪せてしまい、片手に折れて久しい赤茶けた木刀を握った格好でぼんやりと佇んでいたのだから。
精魂尽きた様子で倒れたルークを介抱した町人に、目覚めたルークは取り縋って幼子のように要領を得ないことを口走りながら、泣き喚いた。更にはルークの取り乱し様に戸惑いつつ町人が差し出した五分粥をすすった後、諸々の傷が化膿したり疲れが現れたりで高熱を出して寝込んだのである。
町人が聞いた話では、この二十幾許かの日の間、冷水や青い実を口にして腹を下したり、魔物の獲物を横取りして生肉や毒に中ったりと散々だったらしい。散々どころで済むような事態ではないのだが、ルークの口調があまりに幼かったため、少しばかりの誇張も含んでいると思われた。
どうしてそんな生活を強いられたのかと町人が問えば、ルークは、そんなもん自分が知りたいくらいだと癇癪を起こした。家に乗り込んできた変な女が、自分の剣の師に襲いかかってルークとぶつかってから記憶があやふやだと何とか聞き出した町人は、おやと思った。
剣を習うために外部の人間を雇えるのは、よほど裕福な暮らしをしている者に限る。特に、軍人貴族は代々軍務に従事するため、幼い頃から剣を握らされる。ルークは、言動や仕草はひどく幼いが、体つきはもう軍人として働いても良いほどに成長していると見える。そして、ルークのひどく派手派手しい外見に、何やら町人は背中に冷たい汗をかきはじめた。そういえば…。
隣の国の上級貴族の家に賊が押し入った上、その騒ぎに紛れて嫡男が行方不明だとか。
その賊が、実は神託の盾騎士団の主席総長の妹で、件の貴族がいなくなったのは、ローレライ教団が画策した誘拐事件ではないかとか。
そのローレライ教団では今、トップたる導師が突如姿を消したおかげで神託の盾騎士団は捜索に懸命になっているだとか。
ちなみに、隣国との和平交渉の役目を負った一団が乗船しているマルクトのタルタロスがエンゲーブで物資の補給のために立ち寄った際、なぜか導師が目撃されていたのだが。
とりとめもない噂話だと近所の話題としてたびたび取り上げられていたそれらを思い出した町人は悟った。
今、目の前にいるこの少年は、自国や、長年仇敵として戦ってきた隣国だけに飽きたらず、中立を掲げている宗教団体にとって、髪の色がごとく、まさしく火種である。別に戦争の引き金というわけでもないし、保護したことを罪に問われるなんて旨のお触れも出回っていないが、いつまでも置いておくわけにはいかない。

「どうしたんだ？」

自分の暮らしだけでいっぱいいっぱいな町人は、誤魔化すように笑った。下手な薄ら笑いにも騙される純朴な少年が、今後悪いようにされないと良いと無責任に望みながら。
その後町人は、ルークの家を襲った賊の少女が上司や唯一の家族である兄と共に極刑に処せられたという話を聞いた。あれからけっこう経っているのに、随分と悠長な裁決だ。何より身分制度を重んじていると専ら有名な隣国らしからぬほど腰が重い。あまり大切にされるのは拙い身分だったのだろうかという邪推はさて置き、三人も罪人を出してしまったダアトは、今後肩身の狭い思いをするのだろうなあと町人は他人事に思った。
和平交渉が成功したという朗報も、未だ来ない。 。







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超振動で飛ばされたのがルーク一人だったら？　というネタ

色々と細かいネタを提供していただいたのですが、力及ばずに結局PMが空気さんになってしまいました。すみません；；
リクエストありがとうございました！