「はあはうえー!」
「はいはいルーク、あまり急ぐと転びますよ」
きゃっきゃうふふと美しい母子の家族愛劇場が繰り広げられている。子供は西日色の髪を振り乱し拳を固く閉じて、手を緩く広げて待ち受ける母のもとへ駆けてゆく。歓声を上げて母の腰に飛びつき、閉じていた拳を掲げて、元気な声で言う。 「見て見てー!」 まるで大切な何かをひっそりと見せるようにゆっくり指を開く子供に微笑みかけ、母も腰をかがめた。小さな掌には、幸せを運ぶとされるクローバーが握られていた。子供は母を見上げてにこりと楽しげに笑う。
「四つ葉のクローバー!」
「まあルーク、よくやったわね」
「ん! 母上にあげるよ!」
何とも和やかな風景であるが、観客はいない。
中庭で麗しい親子物語が上演されている一方で、その中庭を横切る通路では、もうひとつの親子物語が今、始まろうとしているのみである。
「…長らくの不在、誠に申し訳ありません…」
「うむ。……お前には辛く当たり、父親らしいことを何一つしてやれなかったな…不甲斐ない父を、許してくれ…」
「ち、父上…」
あちらが非常に微笑ましい光景ならば、こちらは感動を誘うお涙頂戴物語だ。すれ違い、長い間わだかまっていた親子の絆が、再び…!!
「ルークをアクゼリュスに派遣しない上に鮮血のアッシュと個人的な話だと?! どういうことだクリムゾン!」
出たよお邪魔虫。
あまりの慌ただしさに王冠がずれた国王を、クリムゾンことキムラスカ筆頭貴族たるファブレ公爵と鮮血のアッシュこと……やっぱり鮮血のアッシュは胡乱げに振り返る。前髪を上げ、眉間に深い皺を刻んだ二人のその表情は、他人の空似とは思えぬほどよく似ている。不機嫌気味なその顔に気後れした国王は、しかし持ち直して改めてファブレ公爵に言及
「ルークが帰還したというのは本当ですの、叔父様!?」
しようとして、出鼻を挫かれた。
空気の読めなさにおいては、親子以上の繋がりがあるのではないだろうか、この二人。ファブレ公爵とアッシュがそんなことを思っているとは露知らず、実は赤の他人であることが後々発覚する国王は、自分も同類だとも気づかず迷惑げに娘のナタリアを見た。
「ナタリア…今クリムゾンと大事な話をしておる」
「そんなことを言っている場合ではございませんわ、お父様!」
言外に示唆されたお前は邪魔だすっこんでろという父の言葉をまるっと無視するナタリア。彼女は恋に夢見てあらぬ方向へ驀進する乙女だった。
目を爛々とさせてぐりんと首を巡らしたナタリアと目があい、内心アッシュは戦々恐々とした。見かけだけならば、アッシュとルークには兄弟双子ほども差がない。今は髪型と服装だけの違いである。
「あら…? こちらの方は…?」
ぱちぱちと瞬きする様は大変愛らしいのだが、ちろりとアッシュの服装を眺め、興味もそこそこ、すぐにファブレ公爵へ視線を移す素っ気なさたるや、既に思慕の念は失せたアッシュすらも呆気にとられた。仮にも他国の軍服を身に纏った輩がいるのに、挨拶もなく、更には次期国王の椅子が約束されている公爵家の嫡男が誘拐されたという醜聞をところ構わずまくし立てるその姿は、正直将来国王を支えるべく教育された淑女とは言い難い。一瞬で取り繕ったとはいえ、眉間に皺が寄るのは致し方ないことである。
思い出が美しく見えるのも道理だ。アッシュはファブレ公爵の助けを求める視線を無視して一歩控える。これくらい意趣返ししたってバチは当たるまい。
ファブレ公爵はそんなアッシュに見切りをつけ、ふと中庭に目を向ける。こちらの騒ぎに気づいたのか、母子は作りかけの花冠を手に、こちらを見ていた。目ざといナタリアは、公爵夫人のそばにいる赤毛の子供を見て首を傾げる。
「あの子供は何ですの?」
ファブレ公爵は顔を歪めた。本当のことを言ったところで、逆上するだけだろう。しかし、今まで娘の勢いに屈しつつ諌めようとしていた国王すら興味を持ってしまっては、話をごまかすこともできない。
どうすべきかとアッシュを見ると、アッシュは別段慌てた様子もなく言った。 「ルークです」
「…いま、なんと?」
「彼がルーク・フォン・ファブレです」
「う、嘘ですわ!」
「でしたらご確認下さい」
早速ことの真偽を確かめに足元も荒く中庭に出向くナタリアを見送り、ファブレ公爵は不安げにアッシュを見た。
アッシュの言う通り、あの頼りない風貌の子供が正真正銘のルーク・フォン・ファブレであることは、もはやファブレ夫妻にとって疑う余地もないことだ。しかし、同じようにナタリアも受け入れられるかは…
取り澄ました顔のアッシュと、その向こうで一気呵成だった勢いもなくおろおろしている国王に、ファブレ公爵は深いため息を吐いた。
綺麗に舗装された煉瓦道を通り、肩で風を切る勢いのナタリアがこちらに歩んでくるのへ、母は構えるようにルークの手を強く握った。ルークはそれから感じ取った母の知らない力強さに少しばかり息を呑む。
ナタリアは母に簡易な挨拶をした後、きっ、とルークをきつく睨んだ。まるで仇を見るような目だ。ルークは思う。
「正直に仰い。あなた、どこぞの没落した家名の下賤な者でしょう。その赤い髪と緑の目で、傷心の叔母様の優しさにつけ込み、ルークをかたって居座る腹積もりなんでしょう?」
ルークは思わず失笑した。思い込みが過ぎる言いがかりへも、害意を持てば慈悲深い王女から傲慢な権力者に変わる早さへも、ナタリアの貧相なのかそうでないのかわからない想像力へも。
まあ、仕方ないよな。仕方ないけど、うん、これはなあ。
さてさてどうしようかとルークが母と手を繋いだまま思案していると、母のシュザンヌは、大胆にもルークとナタリアの間をずいと割って入った。ルークは母を見上げ、ナタリアはルークから彼女に目を移す。
「何かの勘違いございましょう。ルークは私の息子です。下賤などという物言いはお止め下さい」
「ですが叔母様、ルークは今年で十七になりますわ。こんな子供の姿では断じてありません! …あなたも! 叔母様の後ろに隠れていないで、早々に白状なさいな!」
「うわ、わ」
せっかく穏便にすまそうとしているのに、旗色が悪いと見て勝手に一人で盛り上がっているナタリアは、ルークに掴みかかってがなり立てる。別に後ろで隠れていたわけではないのだが、急に引きずり出されるなんて暴挙を敢行されると思わなかったルークは、大した抵抗もできずによろめいて、母の後ろからたたらを踏む。母まで足元が覚束ない様子に慌てたアッシュが叫んだ。
「シンク、アリエッタ!」
「え?」
それは、六神将の二人の名前ではないか。
しかし気がつくとナタリアの前には件の二人がいて、ルークの服を掴んでいたナタリアの手を払いのけ、こちらと対峙している。
シュザンヌは耐え難いと言わんばかりに首を振り、消沈した声音で言った。
「…本日はお引き取り願います」
「叔母様?」
「兄上、あなたは将来施政を行うであろう娘を、自分の家臣に平気で手をあげる粗野な姫君に育て上げたいのですか?」
国王の狼狽した声にやり過ぎたと思い知ったナタリアだが、既にシュザンヌはナタリアを見下げ果てた目で見ている。しおらしく身なりを整えてはいるが、未だにルークを睨めつける辺りは懲りていないようだ。
帰ってゆくナタリアを見送りながら露骨だと呆れるルークに、アリエッタが人形を抱きながら問うた。
「お二人とも、大丈夫です、か?」
「ん。さんきゅ。さっきのはちょーっとびびったけどな」
「まさかいきなり手を出してくるとは思わなかったからさ、間に合わなくて、ごめん」
ルークがこの姿になったのは、何も昨日今日のことではなく、タタル渓谷に飛ばされた直後のことだ。子供の姿で一人森を当て所なく彷徨っていたルークをアリエッタのライガが見つけて、アッシュとシンクと共に急ぎバチカルまで保護して以来、子供の姿のルークに絆されたアッシュ同様にこの二人はここに留まっている。
体が再構築されるとき、精神に見合った体で構築されたのだろうと、アッシュは推察づけていた。レプリカ云々の話はルークにはまだ理解できないでいたが、アッシュは、これからゆっくり教えてやると言っている。ひとまずルークは、それを信じることにした。
「あ、おかえりアッシュ」
「まぁたお姫様に何か言われたの?」
からかうシンクの言葉は当たらずしも遠からずだったようで、見送りに出向いていたアッシュは、父とお揃いでげんなりした様子でうなだれていた。彼が言うのには、ナタリアは馬車に乗るまで始終 「あなたがルークでしたら良かったのに」 と呟いていたそうだ。さすがに気の毒になったシンクは軽く肩を叩いてやる。
「なあなあ、そういえばガイは?」
今更尋ねるルークは、その使用人が勝手に屋敷を飛び出した挙げ句、現在何故か和平を謳う集団と一緒にカイツールで足止めされていることを知らない。
***
※現代人ルーク・軍人ルークはリクエスト内容が重複していましたので、まことに勝手ながら子ルクを優先させていただきました。ご了承くださいませ。
色々詰め込んだらPMがログアウトしました。リクエストされた中で時間軸が定まっていなかったようなので、諸々を煮詰めたらシンクとアリエッタも半ば空気です。ごめんなさい。
ルークもあまり黒くないです。黒くなる前にアッシュが苦労人兼黒くなりました。過保護アッシュの誕生です。
あーリクエストに準じれませんでしたすみません…!
リクエストありがとうございました!
(091219)