アッシュ――否、ルーク・フォン・ファブレ――否、やっぱりアッシュ――は、胃薬が手放せない生活になっていた。
なんなんだ。なんなんだこれは!
死んだと思っていた。というか、死んだ。剣を前からも後ろからも刺されて生きていられるなら、それは生き物ではない。生き物であると自負するアッシュは、そういうわけで、けっこう痛い思いをして死んだ。死ぬ瞬間にいわゆる走馬灯みたいなものを見て、ナタリア二割、レプリカ八割という事実と今更気づいたレプリカへの想いに絶望しながら死んだ。馬鹿は死ななきゃ治らない。言い得て妙だ。
にも関わらず、消失した意識が再び浮上したとき、何故かそこはタルタロスの上で、ついでにアッシュは今まさに懐かしの言葉を喚きながら剣を振りかざして、ぽかんとこちらを見ている見覚えある(というか自分と同じ)顔の人間に飛びかかっていた。


「人を殺すのがぁえええええええ!?」


――ぶつん!
そんな感じでアッシュの記憶は途切れ、次に目覚めたら、アッシュは「ルーク」になっていた。知らない内にアバラが折れていたが、それ以外は無傷で、服まで変わっていて。
ひょっとして、大爆発現象が起きてしまったのかとアッシュはわたわた慌てた。前回は大爆発が起こる前にお互い死んでしまったので、レプリカの体に被験者の音素と記憶が上書きされることが一体どういうことか、アッシュは知らない。というか、そもそも大爆発を思いきり勘違いして暴走したアッシュのこと、もしかして俺は屑の体を乗っ取ってしまったんじゃないかと愕然とする。
腑抜けたアッシュを周囲は気味悪がりながら、あれよあれよという間にキムラスカへ運ぶ。
途中、ヴァンがアッシュのことをルークと言って呼び出したが、当然無視し、ジェイドがいずこからの手紙を読んで真っ青になったり、ガイやティアやアニスがとてつもなく鬱陶しかったが、アッシュには全てがどうでもいいことだ。
――ああ、これが、他人に居場所を奪うということか。
自覚した途端の罪悪感とか、そんなつもりはなかったのにという悲嘆がアッシュの胸を抉り続ける。この気持ちをルークは、死ぬまで抱えていたのか。彼の気持も知ろうともせず延々と彼の傷に塩を塗り込み続けた己の、なんと幼稚なことか(結局ルークはすぐ後を追うように死んだが、それを知らないアッシュである)。
鬱々とした気分はナタリアの暖かな笑顔で少し上向いたが、


(何でこんなところにいるんだナタリア…)


廃工場で待ち伏せしていた行動力のありすぎる王女を見つけて、アッシュは両膝を地面につけて項垂れそうになった。前史で何故王女たる彼女が親善にくっついてきたのか不思議でならなかったが、あ、そう。こういうこと。


「困っている方を放っておいては王族の名が廃りますわ!」


そのための俺(ルーク)だろうがァァアア!
前回好き勝手ルークを罵倒しておいて今更思慕に気づき、果ては気持ちを伝える前に結果的に相手を消してしまったアッシュは、シンクもびっくりな厭世思考兼無気力症になっていた。もういい。世界なんて滅びろ。
少しずつ前とは違うが、オアシスでお届けされたイオンが旅の同行を申し出たりと(アッシュはいい加減めまいを感じた)、大筋は知っている限り同じだ。この調子じゃジェイドは祖国に連絡なんかつけちゃいないし、アクゼリュスは崩落するだろう。
別にいいさ。世界を壊して俺も死ぬ。
アッシュの頭も大概イイ感じに煮えていた。


「あら…?」


なんだかとても疲れた様子のリグレットをデオ峠で退け、アクゼリュスが目に見えるほど近くまで来ていろいろな感慨でようやくかと思い一息吐いたとき、ティアがアクゼリュスを見て首を傾げた。
あれは、セントビナーに着く前に捨てざるを得なかった、マルクト軍第三師団のタルタロスである。


「何故あんなものがここに…」


そんなこと、盗んだオラクルの連中に訊ねてくれ。アッシュはアクゼリュスが早々に瓦解することを切に願っているのだから。
ところが、街には人っ子一人いない。その上駐屯しているマルクト軍人は、てっきり死んでいたものと思い込んでいたジェイドの部下だった。
仕事を終えて物資の確認をしていたらしいマルコを捕まえて話を聞くと、皇帝からの勅使だという。


「我々親善大使一行に何の連絡もないというのは…」
「知りませんよ、そんなこと」


この間に大佐に昇格したらしいマルコは、微かな蔑視を含んでジェイドを見ている。さもありなん。アッシュはつくづくジェイドの部下だった者を同情的な目で見遣る。


「我々はフリングス将軍の許、アクゼリュス住民を救難するために派遣されました」
「では、フリングス将軍はどこへ?」
「ヴァン・グランツ容疑者を連行するために、内通者と共に坑道の奥へ」
「どうして!」


上がったティアの声に、マルコは怪訝な顔をする。そういえばこの女は稽古中だったヴァンとルークの間に割り込み、ヴァンを討伐するはずが誤ってルークと疑似超振動を起こしてしまったらしい。ガイからそれとなく聞き出した情報に、(かつての自分も含めて)ダアトの非常識ばかりが目につくような気がして、胃が重くなったのを覚えている。なのに、まるでマルコを難じるような言い方はおかしいだろう。
人格者としてこいつは好きになれんなとティアに一瞥くれ、ふむとアッシュは考えた。
タルタロスが崩落に圧壊せずに残ったのは、前史でユリアシティに着岸しているところを見て、知っている。今回は状況が違うとか言い出すときりがないので、それも省いて考えるに、どうも、
みすみす住民を死なせた前回よりはマシな気がする。タルタロスの乗員が人でとして括れることが大きい。だが撫で斬りにされるはずだったマルクト軍人の命を救ったのは、誰だろう。
考え込むアッシュをマルコがじっと見ているのに気づき、アッシュは眉を寄せた。


「なんだ?」
「あ、いえ、以前お会いしたときとずいぶん印象が変わられていたので…」
「王族としての自覚が出てきたんですわ」


不審の目をするマルコの言葉を汲んだナタリアにアッシュは渋面を作った。
根本的な違いに気づきつつあるマルコのように、オリジナルとレプリカの差異を違和として察することができる人間がいるというのに、身近にいたナタリアやガイは、そんな兆しもない。皮肉なものだ。


「では、フリングス将軍に会いに行きますので、どこの坑道に向かったのかを……!」


マルコを世界ごと殺すのは忍びないなと勝手なことを考えつつ、何だか剣呑な雰囲気のジェイドの声を聞いていると、足元が大きく揺れた。
まさか、俺がなかなか世界ごと死ぬ気にならなかったからか!
ずれた妄想を馳せ始めたアッシュをガイが引きずり、ティアがフォースフィールドを展開しているのを眺めている間にも、どんどん亀裂が広がっていく。
アクゼリュスは結局崩壊するのだった。

 

 

 

 

いた場所がどうであれ、助かるのは変わらないらしく、アッシュはうっそり延々と続く体に悪そうな色した泥の海を見た。住民に死者はなく、命に関わる怪我をした者もいないが、どのみちアクゼリュスの土地は損なわれた。
ああもう死にたい。ものすごく死にたい。
愛しの屑の体を乗っ取って、おめおめと死に損なったアッシュの心境たるや、暴風雨よりも激しく荒れていた。「今いくぞくずうううううう!」 と押さえつけるガイをのけて泥の中に飛び込もうとしていたくらいである。諸々に諌められてひとまずは落ち着いたが、実はまだ諦めていない。何も泥に沈むばかりではない。今後このまま行けば瘴気が蔓延する。アブソーブゲートでヴァンを下す徒労を考えればひどく長丁場で億劫だが、放っておけば大地が崩落するのを待つまでもなくオサラバだ。
妖しくほくそ笑むアッシュを誰もが遠巻きに見る中、靄の中にユリアシティがその姿を見せた。いっそこの陰気臭い街に居座り続けたなら、瘴気障害で死ねるだろうか。接岸した瞬間に投身してやろうか。
アッシュだけが楽しい妄想は、しかしタルタロスがユリアシティの端の岸へ停まった時点で終わりを告げた。


「よう」


傷だらけのヴァンを人間椅子にした鮮血のアッシュ――否、それは俺だ――じゃあ、あれは何だ。身を乗り出して固まるアッシュに『鮮血』は気安く手をあげて笑う。傍らにいる銀髪のマルクト軍将校は晴れやかな笑顔でヴァンの頭に足を置いている。隣のジェイドが 「フリングス将軍…」 とどこか遠い声で呟く。


「何だよ、お望み通り公爵家に戻ったのに、あんま嬉しそうじゃねえなあ。なあアッシュ」
「! お前…!」


転がるようにしてタルタロスを下りる。後ろでナタリアが呼び止める声も聞こえない。きょとんとしているその顔に手を伸ばし、首に絡めてがっちり固める。ついでにヴァンの脇腹を踏み抜いておいた。
生きていた。ああ生きていた!
消してしまったと思っていた存在は。確かにアッシュの腕の中で絶叫している。


「ちょ、おま、は? な、放せよおい!」
「…………………ぐずっ」
「えええええ!? 何泣いてんの、何泣いてんの気持ち悪い!」
「よかっ……よかった…生きてて…………」
「…お前、俺を殺したがってたんじゃねぇの?」
「冗談じゃねえ! お前は俺の唯一無二の半身じゃないか!」


ナタリアの声は、アッシュの言葉で止まる。
即答したアッシュが再び男泣きしながらしっかと縋るのをそのままにするつもりのようで、ルークは疲れた顔でジェイドを見て、悪戯げににんまりした。


「どうよジェイド。皇帝からのお叱りは、あんま堪えてないみたいだけど。フリングスさん、辞令頼みます」
「はい。ジェイド・カーティス、マルクトに帰還次第、軍法会議にて召喚されると思うので、慎んで待機しているように」


蒼白になるジェイドを尻目に引き継ぐルーク。


「ティア・グランツに関しては、至急ダアトに戻るよう、詠師トリトハイムからの命令だ」


ルークが懐から出した封書には、詠師の印が押してある。あのお人好しのイオンを脇に置いて処断を敢行するとは思えないし、仮令無断にしても早すぎる。
説明を求めるアッシュの目に、ルークが声を落とす。


「わり、お前の稼ぎがほとんど消えちまった」
「何だと!? お前何に使ったんだ!」
「シンクを買収したんだよ、諜報としちゃ役立つからさ。ダアトのみならずマルクトの菓子まで買いあさられて、めっちゃくちゃ、大変だったんだぞ。おかげでマルクト皇帝に繋ぎがとれたんだけどな」


世界なんて消えればいいと、ことあるごとに吐いていた呪詛の声を思い出す。あれはなかなかに鬼気迫るもので、シンクのレゾンデートルにすらなり得ると勝手に思っていたのだが、そうか、菓子で買収される程度だったのか、それなりにあった貯蓄が吹っ飛ぶほどの菓子って。
アッシュは遠い目で戸惑っているイオンを見た。同じ顔だというのに中身はずいぶん異なっている。それは、被験者とレプリカだろうが、同じ被験者を持つレプリカ同士だろうが、一個人としての関係と変わらないのと同じこと。前史ではルークへの怨みで見えなかったことだ。
馬鹿なかつての己を思い知るように殊更しがみついてくるアッシュを引きずり、いろんな意味で目を白黒させているイオンとティアに封書を渡すルーク。
姿を見てつい反射で必要以上に傷めつけてしまったアッシュのこの反応にはさすがに引くくらい驚いたが、アクゼリュスではできるだけのことをした。あとは、自分とアッシュの両方が生きられる道を確立するだけだ。
困惑する前史の仲間を一人一人見渡し、体を膨らますように息を吸い、吐き出す。
ざまァみろ、俺は生き延びてみせる。

 

 

 

***

   CPはアシュルク(精神的にはルクアシュ…というか、尻に敷かれ気味なアッシュみたいな)でお願いします。
 仲間(特に女性陣)厳しめ要素を、中度程度で入れていただきたいです。

 ティアによる襲撃で、ルークがタタル渓谷まで飛ばされた時期にそれぞれ逆行してきた赤毛ズ。
 タルタロス襲撃でアッシュと無理やり服を交換(アッシュぶん殴って気絶させた間にとか)したルークが、元PMや各国の偉いさん(ピオ含)、六神将に、地味に威力の高い精神攻撃及び時折物理攻撃をしながら鮮血のアッシュとして好き勝手暴れまくり、自分もアッシュも生き残れる方向でロレ様解放を目指す。そんなアシュルクをお願いしたいです。
 ルークは前回でいろいろ振り切ってはっちゃけた性格になってるといいです。




すみませんシンクを救済してしまいました。というかフリングス将軍同様にシンクを感化させてしまいました。そんでアッシュが気持ち悪いwww
ルークさんはタルタロスでアッシュを見た瞬間、つい烈破掌喰らわせたっぽいです。いろいろ鬱憤がたまってたんでしょうね。あとは好き勝手したんじゃないでしょうか。
リクエストありがとうございました。

(091017)