真っ白いシックなワンピースと同じ色の鍔が広い帽子。裾から覗く肌は白く肉付きが悪くて細いが、しかしやけに筋肉質だ。しとやかな造花のついた帽子から垂れるベールが長いワンピースと共になびけば、祈りを捧げるいたいけで敬虔な巡礼中の少女に見える。シンクとて、ベールが捲れた拍子に赤い髪の毛が見えなければ、そのまま通りすがってしまうかもしれない。
「なに、やってんの…」
「あ、シンクー!」
手を振り振り、返ってきたのは元気な声。最初のたおやかな印象を裏切っている。
近付いてきたそれに、シンクはため息を吐かずにいられない。
「守衛の人が、もうすぐお前が帰ってくるって言ってたから、待ってたんだ!」
「あ、そう……」
「オラクルの寄宿舎って関係者以外立ち入り禁止だなんて初めて知ったよ。今まで良かったのになー」
「それは今まで僕たちがいたからじゃないの。…ところで、その気持ち悪い格好、なに」
「これー?」
ワンピースを摘んでたくしあげる。見えたふくらはぎは、当然ながらも女性のそれよりもがっしりしている。
シンクは早々に裾を下げさせ、細かい意匠を凝らしたレースのベールを被った少年を苦々しげに見た。
スカート姿や風に遊ばれるままの長い髪で一目は少女と間違えるが、こんなナリでも彼は一応シンクより年上の少年である。
「んー、母上がさァ、だんだん脱け出すのに手間取るようになったって言ったら、 『大丈夫です、ルークならまだ現役でやれますよ』 ってこれくれたんだ」
現役ってなんのだ。女装のか。
「母上のお下がりなんだけど、動き難いし、こっち来るときちょっと引っ掛けて裾がほつれちまったから、もう着ない」
是非そうして欲しい。まだ通用する子供じゃあるまいし、そろそろ使用期限切れだ。しかし外面だけならば充分騙せることが、シンクには殊更恐ろしかった。
もう一人、実質的にはルークと同じ顔の人間を知っているのだが、あれがルークと似た格好をしたところで、男が女の着物を着ているの一言に尽きるだろう。やはり育った環境というものは人間に大きく影響するのだと、まざまざと思い知らされる。
「で? わざわざ女装までして屋敷脱け出して、今日は一体何の用向きだい?」
この少年と同じ顔の人間であり、シンクの同僚たるアッシュが、日頃の万倍するだろう渋面で彼の手を引いてダアトに顔を出したのは、今からほんの数ヵ月前なのだが、もう何年も前のことのように思える。
当時ルークがヴァンの計画の要だとか何とか話だけには聞かされていたシンクにとって、自分の居場所を奪われたと憎々しげにルークを恨んでいたアッシュが彼の手なんぞを繋いで、ヴァンには秘密裏でルークの保護を申し出たのは本当に驚くべきことだった。
聞けば、屋敷のあるバチカルから離れ、イニスタ湿原の真っ只中に泣きもせず一人で座り込んでいたそうだ。更に掘り進めて事情を本人から問えば、
『ガイも他のメイドもみんなあそんでくれないし、外にも出させてくれないから、父上のすねを踏み倒してとびだしてきた』
らしい。
やや舌っ足らずで言葉を無器用に選び説明しようとするルークに、アッシュの父性だか母性だかが刺激され、放るに放れず連れてきたのだという。その言い分には誰しも頭を痛めたが、間もなくしてアッシュと同じ穴の狢になったのは推して知るべし。
それから味を占めたルークが公爵夫人を味方につけ、どういうタイミングの良さを狙ってか、ヴァンの不在の内に何か家でくすねてきたものを手土産に、親戚の家へ訪ねる気安さでここに赴くようになったのである。
一番喜んでいるのはお菓子のご相伴に預かるアリエッタと、先入観を取っ払い親交を深めることに努めるアッシュだった。もちろん珍味を肴に酒に舌堤を打つ大人組や、アリエッタと共にお菓子を美味しくいただくシンクも例外ではない。
「今日はリグレットに、エンゲーブ産の林檎を使った蒸留酒が手に入ったから、渡しにきたんだ」
ルークは手元のバスケットから、蜂蜜色をしたカルヴァトスの瓶を取り出す。どっしりした瓶口のコニャックボトルに、コルクについた短い足のリボンが可愛らしいが、そのバスケットの下に沈んでいるものがシンクの目を引いた。
「コロネとフィナンシェじゃないか。いつもはクッキーかビスケットなのに、珍しいね」
「ま、最近日持ちするもんばっか持ってきてたからさ、アリエッタもお前も飽きるんじゃないかと思って。あんまり長持ちはしないから量は少ないけど、たまには悪くないだろう」
飽きるなんてとんでもない。訪れるといってもそう頻繁ではないし、茶葉や茶菓子の種類も豊富であるためになかなか飽きが来ない。しかし、ルークの気遣いにシンクは微笑ましく思った。
「残念だけど、アリエッタもアッシュも任務で明日まで帰って来ないんだ。一応あいつらの分は明日に渡せるけど日持ちしないんだろ? どうする?」
「あちゃ、アッシュはヴァン師匠のお気に入りだからわかるとしても、アリエッタもいないのか」
「今回の掃討作戦に、魔物を使った方が効率が良いからね」
「そっかぁ…残念。怪我しないといいけどな。宜しくいっといてくれよ」
「わかったわかった」
「渡せないのは仕方ないからさ、今日は二人で食っちまおうぜ」
ボトルを入れ直したバスケットを、ルークに代わってシンクが持ってやる。酒一杯のボトルがあるせいか、ずっしりしていて、バスケットの取っ手が少し手に食い込んだ。こんなものをバチカルから今まで抱えてきたのか。
「荷物持ちなんてシンクにしちゃ優しいじゃん。この格好だったら俺たち、周りの人に恋人だって思われっかもな」
悪戯げに笑うルークに、シンクも笑って返した。
「冗談、僕にも選ぶ権利くらいはあるね。恋人に見られたいなら、せめてその口閉じなよ」
「睦言で閉じさせてくんねーの?」
「寝言は寝て言え」
「つぅまんねぇ」
今日は快晴で過ごしやすく、日も暖かい。日陰がうつろう道をけらけら笑いながら、ゆっくりした歩調で歩いてゆく。守衛がぎょっとした目でルークを見た。
「今日の葉は?」
「ダージリン」
「ゴールデンドロップは譲ってあげるよ、お嬢様」
「ありがたくいただくわジェントルマン」
明日になればニアミスで帰ってくる二人や、相伴に預かれなかった面々に自慢してやろう。ルークの見てくれだけは淑女然としたワンピース姿のこと。茶請けがいつもと違ったこと。あらぬ噂が先立って、妙な勘違いが起こりかねないかもしれないけれど。
こんな日が穏やかに続けばいいのにと空を見上げる。
それは計画始動の二年前、とある小春日和の午後のこと。
***
ジャンルはアビスで、シンク+ルークでお願いできますか・・・?
詳細は、六人将と仲がいいルークみたいな感じでお願いします
シンルクではありません。これでもシン+ルクのつもりなんです。
ナチュラルにルークは女装してますが、シンクは心底気持ち悪がってますし、ルークはそんなシンクをからかってるだけです。
この六神将はとても平和です。穏やかすぎます。きっと預言の年には猛反対するくらいルークと親しくなっているでしょう。
リクエストありがとうございました。
(090219)