※2525であがってた「キョンですが部室の空気が最悪です」のマッドが元ネタで す







最近、やたらと空気が悪い。空気、というよりも、俺以外のSOS団員間における感じが大変悪いのだ。ハルヒの不興を買うことを危惧しているはずの古泉や朝比奈さんや長門までも、である。なんていうか、漫画だとしたら確実に場は暗いだろうな。
しかしながらこの世界は生憎誰かが作った夢物語というわけでもないので(あながち自信を持って首肯できるかわからんが)、俺には空気の色が変わって見えるという事態にはなっていない。至って普通の日常だ。ただ俺以外の人間の表情が固くなければ、の話だけれど。
ハルヒは、俺が春先に経験させられた夢のような(寧ろ夢のままでいさせてほしい)あの日以前と変わらないくらい不機嫌な顔をしているし、古泉はお前、最低ハルヒの前ではニコニコ爽やか謎の転校生を演じるんじゃないのかよと突っ込みたくなるほど無表情だし、朝比奈さんはびくびくしながらも健気に周りを窺っているし、長門はいつもと同じ精密な人形のように表情筋ひとつ動かさないが、その目はやや厳しい。皆して俺以外を監視するみたいに見ているものだから、新しいイジメかと思い違いをして眉をひそめかけたが、何やら事情が違うらしい。
何なんだ一体。
膠着して嫌な方向に濁り始めた雰囲気を払拭することを諦めて放棄した俺は、いつものように古泉が持ちかけるアナクロニズムなゲームで暇を潰すこともできない様相を呈しているので、仕方なくパソコンの前に座る。更新することなど何ひとつ起こっていないしこの先も起きて欲しくないのだが、荒らしや誹謗中傷といったネットの悲しい運命にサイトが晒されるのも何だか良い気はしない。
日記でも適当に更新しておくかとパソコンのスイッチを入れるが、画面は黒いまま。どこか壊れたのかと一瞬どきりとしたが、相変わらず黒い画面にぽつぽつと文字が浮かんだ。


YUKI.N〉みえてる?_


何じゃこりゃ。
既視感の感じる文字列に俺はさっきから置物のように微動だにしない長門へ顔を向ける。イエスとかノーとか言わせないあの無機質な目にぶち当たった。如実に何かを求めているような目だが、しかし長門が何を言いたいのか全くわからん。目の前に本人がいるのにわざわざパソコンに書き込む理由がもっとわからん。
長門の要望がはっきりわからず弱りきって困った俺だったが、もっと困ったことに朝比奈さんが後ろからパソコンを覗き込んだ。
あ、あの、背中にけしからなくも嬉しい感触が…いや、何でもありません。


「どうかしたんですかぁ?」
「あ、いえ、サイトを更新しようかなって…」


背中の感触に気を向け過ぎたからか、いつの間にか画面が元に戻っていることに遅れて気づいた俺は再び長門を見たが、長門は何事もなかったかの如く読書にいそしんでいる。
…意味がわからん。明日もこんな調子で変な空気なら、個人的に尋ねてみるのも一策か。特に長門も朝比奈さんも古泉も、それぞれ思惑あって腹に一物抱えている身であるし。





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さて、翌日の放課後である。
部室に向かう途中、階段の踊り場のところで古泉と合流した。行き先はどうせ同じだし今更連れだって歩くことを(嫌がることはあっても)恥ずかしがるような間柄でもないので、並んで部室に足を向けるのだが、何故か古泉が合流してからハルヒが不満気に眉をつり上げた。
何でだお前。教室ではそんなに機嫌悪くなかっただろう。
この分だとそれぞれにハルヒの不機嫌に心当たりがないかを問わねばなるまい。また余計な気苦労を背負う羽目になるのかとため息を吐きつつ扉を開けると、そこは女子更衣室でした。ではなく、朝比奈さんが着替えている真っ只中だった。ノックという礼儀を欠いたことも一時忘れ、嗚呼、今日はちょっといい日かもと扉を開けた格好で固まった俺だったが、ひやっとしたものが背中を駆け上がり、すぐに我に帰った。部室の空気が白々しいほど冷え切っている。あああああああ、もしかして俺の尊厳が疑われているのだろうか。それは遺憾だ。対象が朝比奈さんならば悲劇だ。ハルヒの怒髪天を食らわない内にさっさと避難してしまおう。
俺は朝比奈さんの悲鳴を扉の向こうで覚悟したが、代わりに聞こえたのはハルヒの大音声だった。うわ怖え。
ちょっとしたハプニングがあったが概ねいつも通り俺と古泉は追い立てられるようにして部室の外で待ち惚けである。廊下は少し冷えていたが、この後朝比奈さんが暖かいお茶を煎れてくれると思えば気にならない。とんだ眼福も拾い、少し機嫌が上向いた俺に古泉が言う。


「やはり胸がある方が良いですか」
「はあ?」
「三大欲求と言われるのが食欲、睡眠欲、それに次いで性欲ですが、男性の性的欲求を刺激されるのは、極論ではありますが、やはりまろみのある女性体なのでしょうか」
「いきなり何の話だ」
「あなたの話です」


何故に欲求の話が俺と繋がるんだ。というかお前は先ず人の話を聞け!


「胸はある方が良いのでしょうね」
「はっきり言ってお前が胸にシリコン入れて膨らませてきた日には絶交だからな。男の胸筋なんて気持ち悪いだけだ」


古泉の顔は、それはそれは綺麗と言われるタイプかもしれんが、飽くまで男にしておくのが勿体ないという女々しさは一切持っていない。一目で性別が男とわかる美形がたわわな胸をしているのなんて見れたもんじゃない。気持ち悪いを通り越していっそ清々しいほどおぞましい。
扉の向こうで入っても良いとお許しが下った。


「女性の胸は筋肉ではなく脂肪ですよ。しかし今のところ一番有利なのは朝比奈さんですか。フラグも一番立てていますし、なかなか手強いですね」
「だから何の話をしてるんだ。用件が終わったなら先に行ってるぞ」


古泉の続ける今まで以上にわけのわからない話を切り上げて部室に入ると、女性陣のどう見ても好意的でない視線がぶっ刺さった。やはりさっきのハプニングで神経をささくれ立たせてしまったのだろうか。





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結局まともに話を聞けるような気安い雰囲気ではなくなってしまったため、諦めてすごすごと帰った俺に、妹はにこにこと笑って今日学校であったことを話して聞かせた。ああ、平々凡々な日常を話に聞くと、今ある状況が如何におかしいかを思い知らされる。
幸い明日は祝日であり、有難いことに学校も休校となっている。家でごろごろ過ごそうかと思ったが、久しぶりにお兄ちゃんとして妹を連れてどこか遊びに行ってみようか。あいつらも一日間を空ければ少しは喧嘩腰が治まるかもしれん。


「わぁい、キョンくん大好きっ!」


実年齢より若干成長が遅れているのではないかと心配になるほどあどけない我が妹ではあるが、こうも真っ直ぐ好意を示されるならば兄冥利に尽きるな。
というわけで嬉しい嬉しい祝日だが、悲しいことに土曜の恒例市街探索で毎度お馴染のように搾取されている財布の都合により、遠出は些か自殺行為と判断した俺は今妹と手を繋いで駅前ロータリーにいる。不甲斐ない甲斐性ない兄ですまないな妹よ。しかし妹は出かけること自体が嬉しいのか、朝から上機嫌で我が家の愛くるしいマスコットキャラクターである愛猫とじゃれていた。安上がりで良く出来た妹である。


「で、俺はこれから家族サービスに努めようとしているのだが、何故にお前たちがいるのか不思議でならない」


市街探索でよく待ち合わせ場所に使うロータリー。そこに今日はそれではないにも関わらず、いつもと同じ顔触れが並んでいた。
なんつータイミングの良さだ!偶然にしては有り得ないくらい良すぎだ!お前ら昨日はあんなにぎくしゃくしていた癖に、実は仲が良いだけなんじゃないのか!
ハルヒはしかめっ面で言った。


「うるさいわね!アンタに自由なんてないわよ!」


俺の人権はどうした。
成し崩しに行動を共にすることになってしまったが、やはり友好的な雰囲気は薄い。こぞって俺に構いたがる癖に別の誰かと被ったらすぐに険悪な顔をする。まあ、妹は楽しんでくれていたようだから、それが唯一の救いか。これだけ喧々囂々とした空気に晒されれば、この場に朝比奈さんだけがいれば良かったなと思った俺に非はなかったと主張したい。
今度遊ぶときは国木田(に谷口がもれなくついてくるだろう)と遠出をしようと空を仰いだのは、ハルヒと長門が口論を始めたときだった。




(080807)