何時だって、人間なんて学習能力の無い動物なんだ。
無知の内に自分の首を少しずつ、輪間を閉めるように少しずつ絞めていることに気がつかないのだから。
河川敷の前でこんにちは
晩暑と侮る無かれ。
中々の都会であるここ、京都は、未だ猛暑の嵐である。
少し用事で友のところへ行っていた僕は、ふらふらと彼方此方蛇行しながらもあの共同住宅(といっていいのか)に帰って来た。
か細い悲鳴のようなものを上げ、木造の扉が開く。鍵の掛かってないことはもう気にしない。どうせ盗られる心配があるのは衣類のみだ(どう考えてもセットで千円以下の服に盗む程の価値は見出せない)。
中に入る。
居間(?)にはぽつんと卓袱台が在り、更にぽつんとその上に、並々と水の張っているコップが鎮座していた。
はて、僕は何時の間にこんな無駄なことをしたのだろう。記憶力が壊滅的な僕は思い出すことを放棄してそのコップに手を添えた。
冷たい。
ということは僕がいない間に誰かが親切心(かどうかは知ったことではないが)にこれを汲んで置いてくれたのか。
僕はご都合主義に任せてぐいとそれを飲んだ。
「…もしそれが毒入りだったら何の耐性もついてないお前は死んじまうぜ、いーたん」
「ってことはアレか?このコップはお前が置いたのか」
特に気にもしていなかったが、部屋の隅には零崎が膝を抱えて座っていた。何がしたいんだ。座敷わらしごっこか?妙な圧迫感があるがお
前はそんな高貴なものではないだろう。
「大体こんな回りくどいことをしなくてもナイフで刺せば僕は死ぬよ」
かつてお前がそうしようとしたようにね、と揶揄して言うと彼は舌打ちして、嫌な事覚えてやがんなぁと言ってからからと笑った。いつも彼は楽
しそうだ。恐らくストレスなど微塵にも感じていないに違いない。
「で、これは忠告か?宣戦布告か?」
「まさか。俺はお前を一度ならず数回助けたんだぜ?」
そんな今までの苦労を無駄にするようなことはしないと、彼は言った。
自他ともに認める気紛れの癖に、まるで信憑性が無いのを、この馬鹿は気づいているだろうか。
じりっとこめかみを伝う汗を手の甲で拭う。嗚呼、酷く暑い。
「、にしてもお前の家本当に何も無いなー。どうせお前のことだから手間のことしか考えてないだろ」
「だったら帰れよ。そして涼しい北極へ行けば良い。二度と帰って来るな」
僕がこんな冷たい言葉を吐けるのは、恐らく零崎と僕が表裏一体の存在で、生死の確認を連絡の手段で採らなくても出来るからだろう。
「僕は、お前なんて待ってはやらないぜ」
零崎は笑った。何時も通り、否、何時も以上に。切れ切れに、こりゃ傑作だと笑い飛ばしていた。ひーひー言いながら、それでも僕に吐く。
「冗談だろ?俺がお前を待ってやってんの」
「戯言だろ?僕は誰も待たせた覚えは無い」
零崎は笑いながら腹を抱えて仰向けになった。ばたばたと両の足が床を叩く。
この部屋(というか建物全体)は壁が物凄く薄く、きっとこいつが帰った後にでもみい子さんか七々見が文句を言いに来るだろう。七々見だったら門前払いを食わせてやる。
「かははっ、無自覚って良いねぇ!」
奴は笑う。僕は笑わない。
今日はとても暑い。