願わくば、いつまでも彼にとって優しい世界であることを







 アレルヤが、眼前に広がる宇宙を一人ぽつねんと眺める刹那を見かけたのはただの偶然に過ぎない。
 どちらかと言えば社交的でなく、寧ろ協調性のあまりない刹那が一人でいるのは、実は束の間の休息にあるトレミー内では珍しい。兄貴分気取りで何かと気にかけているロックオンが、互いの暇を見計らって彼に世話を焼くからだろうか。当人は至って迷惑極まりないという顔を隠そうともしないが、一般的に多感な思春期の年頃にも関わらず、誰に対しても一歩身を引いたようにどこか冷めた目線で接する刹那を心配する大人は、ロックオンをはじめ、決して少なくはない。もちろん、その枠内にはアレルヤも例外なくいるが、しかして見た目以上に寡黙で気難しい刹那との適切な距離を、未だに測りあぐねている。
 当然の如くアレルヤは明後日の方を見ている刹那のその背に声をかけるのを躊躇った。


(なんて声をかけよう。『何か見える?』とか?)


 目の前にあるもの以外何も見えない、と、彼は一言でアレルヤの必死の問いかけを一蹴するだろう。想像に容易いから、余計にアレルヤは刹那の奔放に跳ねた黒髪を無為に見つめるしかできなかった。


「…何か用か」
「え、」
「話しかけもしないで後ろに立つな。何か用があるんじゃないのか」


 アレルヤは目を丸めた。
 刹那が自分から話を持ちかけた!
 それはとても事務的で無味ではあるが、自分を害す気がないのならば用はないと言わんばかりに、清々しいほどの無関心を徹底するあの刹那が、アレルヤに声をかけたのだ。明日にでもティエリアの満面な笑顔が見られるんじゃないかと失礼な方へ意識を飛ばしかけたアレルヤは、辛抱強くアレルヤの言葉を待っている刹那に苦笑いを向けた。


「エクシアのところにいないなんて珍しいな、って。隣、僕がいても構わないかな」
「…好きにしろ」


 辟易した様子でアレルヤから視線を外し、彼はまた、外の景観を見る。心持ち、野生動物を怯えさせまいとする足取りでそろりそろり、刹那の隣に立ち、アレルヤは年のわりに頼りないその痩躯を見た。
 詳しいことは笑えるくらいに何も知らないが、人を殺すことに寛容でいられるようになるのなんて、ろくな生き方はしていないだろう。 (そして自分も人を諭える身分でないのだ。)
 人間としては当たり前なのだろうが、自分は浅ましいとアレルヤは自負していた。
 何気ない節々で、とある一件を経た自分以外のマイスターたちが少し打ち解けたように見え、ほんの僅か、みぞおちの奥がよじれるような痛みを感じなかったと言えば嘘になる程度には、寂廖感を抱えた。
 後にも先にも、その寂しさを知る人間を片割れ一人より多くするつもりはないが、今アレルヤが見ている刹那の目にも、何故だか似たようなものが浮かんでいるように思えた。


「…地球が恋しいかい?」
「……別に」


 目の前の強化ガラスからあの水をたたえる青い星は見えない。


「地球って景色が綺麗だよね。僕、朝焼けとか、夕焼けとかってけっこう好きなんだ」


 刹那は首を傾いだ。朝焼けの白む空や、夕焼けの闇に染まる太陽を捉える一瞬を知らぬという、無垢な目だ。アレルヤはそれがむしょうに悲しかった。


「ねぇ刹那」
「……」
「今度機会があったらさ、もっといろんなものを見てみなよ」
「…何故、」
「いっぱい、たくさんいろんなものを見たら、きっと、」


 その閉鎖的な世界が胎動して、少しは広がるかもしれない。その悲しい無垢さが少しはすれるかもしれない。ただ、刹那のある種畏怖を覚えるような無知を、恐ろしいと思うアレルヤのエゴだけれども。
 言葉を区切ったアレルヤを、まるで理解できないと愛想をほとほと尽かした顔で見た刹那は、静かに瞬きを繰り返す。ゆっくり、ゆっくり。見つめる先の仕草のそれが、年相応の幼さを呼び、アレルヤは嬉しさでしくしく暖かくなる胸に手をあて、緩やかに目を閉じた。
 人はそれを愛しさという。







(例えば果てぬ夢があったとして、)





それを望むのは傲慢でしょうか。







(080506)send→生き急げ僕ら! 様