だってあちこち痛い




別に、それを本当のことだと思ったことなど、一度たりとてなかった。
雰囲気や、委嘱する本質が限りなく似ているからといって、まさかに細胞の合致があるわけでもないであろうと踏んでいて(事実生物学上それは不可能なことで)、それを踏まえて御互いをからかいの含意も揶揄もありながら、『鏡』だなんておぞましい呼び方を暗黙下で呼び合っていた。はずなのに。


「お前どっちなんだよ?」


どっちとか、そんな区別は要らない。きみとの間に、そんなものなくて良い。
触れも離れもしないで、永劫、きみの横顔でも眺めていれば、厭きないかな、なんて思ったさ。変わらずきみは人を殺すだろうし、ぼくだって変わらず、玖渚の言う通り何にも変われず人を壊すんだろう。


「…奇しくもきみとぼくは根本的な、零崎一賊とはまた別の根本的なところで、お互いが気色悪いほど似通ってると見抜いたわけだけど」
「それが何だ。だからお前は生きている。俺のナイフで殺されなかった。それが何だ」
「…奇しくもきみとぼくはお互いをメロスとセリヌンティウスに置き換えて、当て嵌まってしまった」
「お前はメロスだけど走らないし、俺はお前のために処刑台にのぼる気は更々ねぇがな」
「冷たい盟友だ」
「冷たい妹想いな野郎だ」
「ぼくの妹は死んじゃったけどね。ああ、まだ崩子ちゃんがいた」
「ありゃ単に兄貴が死んでお前が後釜に具わっただけだろ。青い奴も妹っちゃあ妹か?」
「ぼくの妹は姫ちゃんだけだ。他のみんなは妹キャラなだけさ」
「嘘吐け。危険信号はジグザグの弟子で、お前の弟子で、保護者は死色だろ?」
「うん。姫ちゃんは確かにぼくの弟子だね」
「で?何が言いたいんだよ」
「考えてもみてよ零崎。メロスとセリヌンティウスの関係を、よくも考えてみろよ」
「無茶言うな。俺は中学校までしか卒業してねぇんだぞ?小難しい国語なんてお前ら学生の所業だろ」
「考えることを止めるな零崎。人間、考えるのを止めたら死ぬのと同じだぞ」
「面白くもない揚げ足をとるんだな?胎内で口から生成された戯言遣いも形無しじゃねえか」
「うるせぇ」


にべもなく言い放つぼくにあいつはにやにや笑いを僅かに崩して考えた。
そう、メロスとセリヌンティウスは盟友だ。その関係はどこまでぼくたちの関係を型造るものに当てはまるだろう。少なくともぼくにはそれが見出せない。


「メロスとセリヌンティウスは、人間じゃないか」


彼らは決して、鏡などではない。況して人間失格な殺人鬼でも欠陥製品な戯言遣いでもない。
そしてぼくときみは鏡なんて易しくない。


「ぼくの気持ちを汲めるもんなら汲んでくれ。でなければぼくを殺すかきみが死ね」


きみが鏡などであるものか。
ぼくの痛みを掻痒とも感じないきみが、ぼくの鏡であるものか。表裏もない薄っぺらなんだ。



血の海で
うまれそこなった、

































言いわけも忘れてる




---にんげんのおはなし---

さても、うんたらと妙に勿体ぶった定義が必要のない場だと見た。


---人殺しの忌み子とか---

彼がとてつもなく優しい人間だとは、見抜くに易い。人の顔も名前も忘れて初対面を何度繰り返し、その都度何度相手を傷付けようが、それも彼の優しさの断片とも言える。
余談であり、そして備考だが、彼の名前を知ると、誰も彼もが死んでしまうんだそうな。


*


彼は俺のことを、嘘吐きだと吐き捨てる。表情筋なぞ存在していないような鉄面皮のこいつは滅多に笑わない。笑わない上に泣かないわ怒らないわ、とにかく感情表現のそれをかなぐり捨てた男である。そんな彼の内に潜める諸々を唯一(語弊を招き兼ねないが、俺の語彙は中学生そこらで停まっている)読み取ることができる、ペットの翻訳機兼探知機みたいな俺に、彼は吐き捨てる。嘘吐きだと。よく言うぜ。
隠すのも馬鹿らしいと寧ろ尊大な態度で以って俺に渋面(これまた鉄面皮が僅かに歪むだけの変化だけれども、)を向ける。そんな彼も俺の、さして秘めたりはしていない由無しの考え事を見抜いているのであろう。何せ彼も、俺専用のペット翻訳機兼探知機。相手の言いたいことは、肌で、空気で、目で、仕草で、読み取る。両者の合意の是非もなく。俺達以心伝心と冗談めかして言ったら、糸電話くらいにはね、と冷ややかに仰った彼。おいそりゃあないんでねぇの?
かつて殺人鬼である俺はこいつと恋愛しようとした(奴に言わせれば、「きみの言うところの恋愛ってやつは、ただの一方的な解体ショーだろ?」言い得て妙である)。そのときに判明したペット翻訳機能兼探知機で反撃ないし、厄介な抵抗を見せて下さった彼とは、何の因果か、今は結構良好ではないかと思える関係が惰性を持ちつつ延伸している(出遭った人間と悉く恋愛している俺にしてみれば、かなり珍しい)。本能か危機感かはたまたやはり特殊機能に刻まれたのか、二度目に会った彼は俺を忘れていなかった。もしかして例外にして特殊ケースではないだろうか。彼が大切にし過ぎているあの青い女を含めて。


「人間という字は人と間という字で成り立っている」
「…いくら中卒でも、俺だってそれくらいわからぁ」
「じゃあ、何と人の間って意味なんだろうね」
「………」
「ねぇ人間失格」
「なんだ欠陥製品」
「人間じゃなく、殺人鬼にとして聞くけど」
「おお、俺を人間しちまったら俺が殺した奴から祟られちまうぜ」
「きみから見て、幸せ装う一般人は、違う意味でぼくと同じ欠陥か?」
「答えようもねぇな。霊長類ヒト科ヒト目を人間と決めるなら、俺は人に会ったことなんかねぇ」
「随分建設的な持論を言うじゃないか。中卒のくせに」
「人類最強に追いかけられる野性味溢れる生活を経験をするとな、色々達観しちまうところも無きにしもあらず、ってやつだ」
「流石、法律に捕われない奴の言うことは違う」
「俺より性質悪ぃ奴が何言ってんだ。知ってるぞ?お前を殺そうとしたあの黒子、女な上に警察がきたとき自殺しようとしたんだって?」
「案外寡聞じゃないんだな」
「驚くところ、そこ?」


空気がふと忍び笑いを零した。彼の顔を見たが、彼は相変わらず死んだ魚のように濁った目で真っ直ぐ前を見ている。何も見ていない癖に。


「知ってるさ。知ってるとも。彼女以外の、ぼくが大学内で知り合えた子達三人が、初めての友達にならない内にみんな死んじゃったから」
「それはお前のせいじゃない。二人殺した奴が自殺したんだろ?」
「ぼくがさせたようなものさ」
「気に病むな」
「遺族が聞いたらそれこそ傷害沙汰は免れないな。やけに絡むじゃないか。興味も無さげだったくせに」
「今もねぇよ」


その言葉に偽りはない。
ただ、目の前で殺されそうになったこいつは、獣のように吼えていた。生きようとは思わずにしても、決して死ぬつもりなどないように見えた。目を攻撃的にぎらつかせたのを見たのはただ一時の間ではあったけれども。
それにしたってこいつが周りを死に落としせしめる所業は、何ともぞっとしない話だ。俺が砂橋の上を歩くのは常套であっても、見ろ、死んでいない。そう言おうがこいつは慰めにも受け取らないに違いない。


「ねえ零崎。もしかしたらぼくは人かもしれない」


奴の目は相変わらず濁ったままだった。



人間

































気紛れにやわらかい




嗚呼ぼくは、


*


少し状況が変わったと感じた。否応もなしに本質ごと変わってしまったのではないか。そうに違いない。でなければ、さもなくば、こんな感情知らない。
…いや、知っていたのだと思う。ただ感じ入なかっただけで、それの存在が存外近くにあったことは頭の片隅で、理解していたのだと、思う。どこか他人事のように看ていたせいで、だからこんな感情を知らないのだと誤認していたのだ。
思い知るには、遅過ぎて、引き返すには、難かった。引けもせず、けれど進む勇気のないぼくは、動けないでいる。
目の奥が痛んだ。



早く人間になりたい
ひと

































らしくなく俯いてる




そう思って、礼を欠くと知りながら覗き込んだ先の、瞠目するには充分な破壊力を持った、かれの なみだ。
綺麗だなんて思ってなどいない。涙など、ヘモグロビンの抜けた無色の血液なのだ。ならばそれを流すのなら、彼はどこかで痛みでも感じているのだろうか。その、鉄面皮の下で。



世に一切の
衆生がなくなるまでひとは憎しみの海を泳いでいくのだろう
(「神曲」より抜粋)

































要らないのに欲しい




「もしきみが、優しい人間だというのなら、きみに僅か、欠片ばかりの優しさがあるのなら、」


ぼくを抱き締めてキスしてくれないか。















一言 : 再熱に易い戯言は、もしかしたら飽くことなく好きでいられる一生のものかもしれない。