*露日(なんかパラレルっぽい)*




「寒いね」
「はあ…」


何とも煮えきらない返事をしてしまったものだ。日本は早々に後悔した。しかし隣にいる大柄は全く気にしていないようだ。途中日本から強奪まがいに奪った買い物袋を担ぎひたすら歩く。
なんでこんなことになったのだろう。日本はむむ、と唸った。隣にいる大柄が日本を振り返った。


「何」
「あ、いやなんでも」
「ふうん」


のそのそ、巨体が前を歩く。
正直言ってやりにくい。誰だ。彼をこんな付き合いにくい人間に育てたの。いやそんなことは良いんだ。


「チビくん」
「あの。自分が小さいのはわかってるんですけど、そうダイレクトにあだ名にされてもなって思うのは私だけですか」


彼は顎に手を沿えて暫し考え込んでいたが、チビともう一度言った。
誰かこの人に言葉を教えてやってくれ!
日本は密かに頭を抱えた。


「ねぇ日本くん」
「…なんですかロシアさん」


チビチビ繰り返すロシアを悉く無視した結果、根負けしたようにロシアはため息を吐いた。何であなたにため息を吐かれなければならないんですかと日本は彼に問いたい。


「寒いね」
「……はあ」
「寒いから、手繋ごう」
「………は?」


構わず、前からぬっと手を差し出される。すみません何故男の方と手を繋がなければいけないのですか。何か罰ゲームですか。そんな心中を知られないまま、日本は掌をぎゅと掴まれるのを感じた。


「…日本くん暖かい」
「はあ…良かったですね」
「君は?」
「はい?」
「暖かい?」
「はあ…まあ」


そこそこですと言うと、彼の細目が弓形に曲がり、うん、と頷いた。風邪ひいたら駄目だよと言われて、思わず手を握り返した自分に舌打ち。うっかりした。









*希日*




「ネコゴローさん」


何事かと振り返った日本を一顧だにせず、ギリシャは縁側で寝そべっていた猫をぶらんと持ち上げている。起こされた猫は何やら迷惑気にギリシャを見つめたが、そのままギリシャに脇を持たれたまま、また目を瞑った。陽射しの心地好さに完敗の様子。


「幸陽ですねぇ…」
「?」
「暖かいでしょう」
「うん」


にゃあと猫が鳴く。
もうすぐ冬がやってくる。弟子が師よりも速く駆ける月がやってくる。今年でこの月がもう幾度繰り返されたかなど、そんな無粋な数取りはしない。願わくば、少しでも長く。


「今度、トルコさんも交えて、少し遅まきの紅葉狩りでもしますか」
「紅葉…狩り?獲物?」
「確かにそういう表現もしますが、綺麗な落ち葉を拾って栞にしたりするんです」
「ふうん…トルコも?」


胡乱気に眉根を寄せたギリシャを見て、日本は袖で口元を隠してころころ笑った。


「トルコさんも嫌われたものですね」
「だってあいつ、」


ギリシャは口を噤む。理屈で物を言う態ならば、日本と並ぶ国の方が少ない。それをギリシャは知っているのだ。言いたいことが言えず、むっと口を引き結んだギリシャの様子に、日本はまたもおかしそうに身を屈めて笑う。


「いいじゃないですか、仲良きことは美しき哉、ですよ」
「なかよくなんかない」


頑に首を振るギリシャに意趣返しも含めて日本は言った。


「それと、その猫の名前はネコゴローではありません」
「えっ、」


にゃあ、猫は鳴く。









*中日*




「何かしらの変化もなくこうも緩慢とした日々が続くと、自分が石か何かの無機物になったかのように感じます」


ぽつりと呟かれた言葉に中国はぎょっとした。そんな中国に構わず、日本はしずしずと窓の外を見ていた。声の大きさは寧ろさほどなく、まるで箪笥か抽出の中にいる小さな虫に囁くような静けさだったにも関わらず、中国には池にどぼんと落とされた岩のように腹に響いて聞こえた。


「今が退屈アルか、日本は」
「今に始まったことではないでしょう」
「そうある。今に始まったことじゃない」


日本は湯呑をすすった。ずず、引き攣った音が鳴る。


「退屈は猫をも殺すと、国民の皆さんが言うんですよ」
「それはまた、物騒な慣用句アルな」
「それとは別に、好奇心は猫をも殺すという言葉もあります」
「…日本の国民は、猫に何か恨みでも持ってるアルか…」


日本はふふ、と笑った。中国は渋面を作った。
池に投げ入れられた岩が立てた漣はまだ波紋を呼んでいる。ゆらゆら、揺ら揺ら。
急に焦燥に駈られ、中国は言った。


「日本」
「はい」
「何か困ったことがあったときは、すぐに我に言うヨロシ」
「………」
「日本をいじめる奴は我が懲らしめてやるアル。いつでも、我は日本の味方アル」


一回。二回。日本の瞳は横に揺れ、弓形に曲がった。口元も弧を描く。


「頼もしい限りですが、心配には及びませんよ」
「本当か?無理すんじゃねーアルよ」


はい。と日本は言ってまた笑った。
遠い昔のただの夢。午睡に耽る傍らで一片の涙。









*韓日*




「日本ー」
「おや韓国さん」


日本はさりげなく胸の前に手をやった。つるぺたで何の楽しみもないであろうに(おっと下世話な)、揉みしだかれまくったのはそう昔のことではない。
警戒心も露に韓国を見つめると、韓国はぷっぷと頬を膨らませている。


「その反応はひどいんだぜ日本!俺だっていつも日本の胸を触るほど暇じゃないんだぜ!」
「暇でも触らないで下さい」
「日本が冷たいんだぜー!」


哀号と騒がしい兄弟分に、日本はため息を吐いた。兄のような続柄である中国にも、そういった似たところがある騒がしさなだけに、いなし方はもう嫌というほど知っている。構ってくれないと騒ぎ立てる子供のよう。


「それで、韓国さん。本日は如何様な用で参られたんですか?」
「日本を構うほど俺暇じゃないんだぜ!」


よっぽど箒で叩き出してやろうかと思った。


「日本に言っておくんだぜ!日本の胸の起源は韓国に」
「ありません」


ぴしゃりと言い放つ。他国の胸に起源を主張するなと失意に震える韓国を一瞥し、軒先の箒を手に取る。
春から秋にかけて芽吹き、枯れた葉を掻き集める。冬は冬で雪掻きをせねばならない。大変な作業ではあるが、四季折々に触れられて情緒豊かな風土に日本はやや清々しい気持ちに耽っていた。


「じゃあ、日本の胸は誰のなんだぜ!」
「誰のものでもありません!強いて所有権を主張するのであればそれは私のです!」
「日本の胸の起源は韓国にあるんだぜー!」


無いと言っているだろうに。
胸揉ませるんだぜ!と走り寄る韓国に払い腰をお見舞いし、日本はふんと鼻を鳴らす。


「今日の日本はなんだか機嫌が悪いんだぜ…」
「心当たりなどそこら辺に転がっているでしょう!」


それこそ自分の胸に聞いてみるがいい!









*英日*




「日本の茶は、趣があっていいな」


日本がイギリスに茶を立てている最中のことである。茶せんに添えていた手を休め、日本はイギリスへ目を向けた。イギリスは座布団の上で相好を崩した格好のまま、ほんのり口元に笑みを乗せて開け放たれた障子を透かして庭を見ている。


「ワビサビ…だっけか?マナーとか、堅苦しくないし」
「そうですか?茶道も場合によってはそれなりに厳しいと思いますけど」
「まあそうなんだが客人に対して強要するとか、そんなのはないだろ?今だって、正座じゃなくていいって」
「おもてなしする方に肩身の狭い思いをさせるのは失礼にあたりますから」


そう告げるとイギリスは殊更嬉しそうに笑った。
島国同士の馴れ合いのような同盟も今はない。ただ、古くからの友人のように共有する緩やかな時間をいとおしむように、日本はまた手を動かした。


「粗茶ですが」
「粗茶?そんなことはない」
「一種の挨拶のようなものです。謙遜と言いますか、」
「スイスが怒りそうだな」


機関銃を片手に怒鳴られたのは、記憶に古くない。曖昧模糊が嫌いなのだという、きつめな顔立ちに浮かぶ憤りが懐かしい。


「自分のことのように仰有って下さって、何だか気恥ずかしかったです」
「そうか」
「こんなに気にかけて頂けるなんて、私は果報者ですね」
「………」
「イギリスさんもありがとうございます」
「べ、別にお前のためだけじゃねーよ!」


行儀悪くそっぽを向くイギリスの満更でもなさそうな顔が、何より日本にとって嬉しかった。