庭で剪定をしていると、ふと生垣の前にいる人影を見つけた。用があるように見えるのに、いつまで経っても入ろうとしない、かつての弟分(今はきっと、そんなことを口にすることすら、彼は嫌うのだろうと笑う)に、日本は声をかけた。
「何用ですか」
「…お前に用なんかないんだぜ」
「そうですか。しかし戸口の前でそうしておられるのは、些か邪魔になると思うのですけれど」
「兄貴、まだ傷が癒えないんだぜ」
「…そう、ですか」
鋏と斬った松葉をたけみに入れ、また盆栽の前へ。韓国はむっとしたように日本の背中へ視線をぶつけた。
「言うこと、何かないのか」
「ないです。例えあったとしても、それはあなたに向けて言う言葉ではありません」
御引取りをと願うと、韓国はいきり立ったように敷居を跨いだ。
乱暴に肩を掴まれた拍子にたけみと鋏を取り落とす。
「お前っ、」
「痛いです韓国さん」
「お前なんて!」
感情を隠すこと、悟ることに長けた日本に比べ、韓国は感情を大きく出す。兄貴こと中国の傷の度合いを知っているのか、その目は、如実に痛ましさを表している。勿論、それは自分に向けたものでは決してない。
「お前なんて、もう兄弟じゃないんだぜ!」
「元よりその覚悟で私は中国さんを斬りました」
日本は真っ直ぐ韓国を見た。韓国は耐え切れず、日本の着物から手を放し、茫然としたように後退った。
こちらの思いを知らぬ癖に、よくも好き勝手が言えたものだ。日本は着物の裾の皺を伸ばした。
日本は知っている。幼い頃から一緒にいてくれた中国が、よりにも因ってイギリスの阿片を買っていたことを。国民が退廃し、内紛寸前まで荒れてしまったことを。それを何より失望し、何も言わなかった中国をひどく疎んだ。
「泣いてたぜ、兄貴…」
「そうですか」
「お前に裏切られたって泣いてたんだぜ」
「…………」
裏切られたのはどちらだ。失路の色濃い目をした韓国を睨む。けれど韓国は何も知らない。睨む。
「…お引取り願えますか」
「日本!」
「いつか私にも身から出た錆が降り掛かるでしょうことを覚悟して、中国さんを傷付けたこと、あなたはわからないでしょう?」
「日本っ!」
「言い訳などありません。これで良い」
韓国を押し出し、門戸を閉める。狼狽したような気配がまだあったが、日本は散らばった松葉や鋏をたけみに納め、盆栽を見る。もう、剪定する気にはなれなかった。
***
(07.08.23.)