*沖新*


皿洗いをしていたら、突如蛇口から流れ出ている湯がこれ以上にないほど熱くなった。ぎゃあ!と一声叫んで給湯機の設定温度を見れば、なんと最高値の60℃。生煮えの湯に手を突っ込んだようなものだと慌てて氷を宛て、蛇口を止めて沈思する。
そういえば、友人の沖田が前触れも虫の知らせもなしに訪れ、たった今夕飯をただ食いし、悠々風呂に入ってくると言ってリビングを出ていった。どうせ諌めても聞きはしないし、後で彼と同棲しているニコ中コレステロール好きに占用料をふんだくれば良いか(この辺りが新八の逞しく、厚かましいところだと、上司は板チョコ片手に嘆いていたけれど)と諦めて好きにさせていたのだが。


「ちょっと沖田さん?何やってんですか?」
「おう新八。もしかしてシンクの方使ってたかィ?悪ぃねぃ。今こいつ始末するからよ」
「? ちょっと開けますよ」


素っ裸の身を捩った沖田が 「キャーえっちぃ」 などと無表情で言っていたが、失礼千万である。家主ですらない沖田にそんなことを言う権利はない。
依然、煮え滾った湯はシャワーから溢れ出ており、湯気が沖田の足元を濛々と這っている。本当に60℃の湯を使ってんのかこの人と新八が恐れるのも頓着せず、沖田は排水溝に向けてシャワーの湯を盛大に吹っかけている。


「何無駄な使い方してんですか。勿体無いでしょう」
「勿体無くなんてねぇよ。水じゃ効果ねぇと思ったからよぅ」
「っていうか何のためにこんな出しっぱなしで…」
「あ、馬鹿」


丸い排水溝の隅には、甲虫が水圧に負けてへばりついていた。本来なら黒いその肢体が、ほんのり僅かに赤く色付いているのは、もしかして茹ったからなのか。


「ひっ、」
「あーあー、お前あんま好きじゃねぇと思って親切にひっそり始末つけてやろうと思ったのによぅ」
「ひっ、ひぎっ」
「ん?もう動かねィな。ほれ新八ィ、危機は去ったぜィ」
「ぎゃぁあああ!それ触った手で僕に触るなぁぁぁあ!アンタわざとだろぉ!」
「おいおい、それが害虫駆除に貢献してやった人間への持成しかィ?アンタがそんな礼儀を欠いた人間だったなんて俺ァがっかりだぜィ」
「も、もう良いですから!見せなくて良いですから!お願いだから早く僕の視界からそれ消して下さい!」
「ちっ、やいの騒ぐなィ。ほれ塵箱寄越しな…あ」


湯を止めノズルを戻し、死んだそれを引っ掴んだ沖田はもう一匹足元を這うのを見つけた。


「とりゃ」
「…………!」


素足で潰されたそれを直に見てしまった新八は、暫くの間沖田へ入室禁止令を敢行した。




***

そういえば原作の新八は平気だったな。
裏話的には、実は昨日矢橋が風呂で実行したのです。湯炙り。
(07.08.02)