よく、『結果が出ない』っていう奴がいるでしょ。そいつは悪い結果が出ていることに気が付いてないだけなのよ。早い話が、馬鹿なのよ。




得意げに言うハルヒを、とりあえず俺は叩いた。女に手をあげる奴はとても非人道的だと、ハルヒを叩いた今でも俺は思うが、それでも叩かずにはいられなかった。といってもグーではさすがに不味いので、平手で、こう、頬をぱちんと。
朝比奈さんがただでさえ大きな目を、それ以上開いたら眼球が転げ落ちると心配したくなるほど開いている。長門は本を捲る手を止めて、静かな目で事の成り行きを静観している。古泉は今まで俺が座っていた、今は俺が移動したために空席となった椅子と、何をされたかわかってないハルヒの傍らにいる俺を見比べていた。
ハルヒは、足元から電流が流れてきたみたいにぶるぶる震えて、歯を食い縛って俺を睨みあげた。


「―、何すんのよ!」


少なくとも、目下俺が謝るべきはハルヒではなく古泉である。すまん古泉、今日の出勤は確定だな。


「今の多いに落ち度ある発言を撤回しろとは言わん。ただ、叩いたことに関して俺は謝るつもりはないぞ」
「いきなり手ぇあげといてその態度は何よ!不遜だわ!暴行罪として訴訟するわよ!」
「好きにしろ。ここはアメリカじゃないんだし証拠が揃わなければ俺は無罪だろうがな。だがお前は今言っちゃならんことを言った。お前からしてみれば下らない努力をして、お前からしてみれば微々たるもの過ぎて気づかない成功を収めている人間に対して、今の発言はそれこそ不敬罪だ」


例え世界が涼宮ハルヒの掌握の元にあろうが、例え全ての才能の上を涼宮ハルヒが行こうと、世界は涼宮ハルヒではない。
いつもの有り難い深慮と気配りを持つ威勢の良いSOS団団長様はどうしたんだ。
ハルヒはぎっ、と憤怒でいっぱいの目で俺を見て、扉の立て付けの悪さを更に助長させるような乱暴さで部屋を飛び出した。その後を、ハルヒの名前を呼びながら朝比奈さんが追う。午後四時半過ぎ。
やれやれ、一体どうしてこんなことになったのかね。


「すまんな古泉。どうも俺も虫の居所が悪いらしい」


いくら怒ったからといって、手を出すのは叱咤のそれとは違うことぐらい、ちゃんと知っていたはずなのにな。
俺は例のパイプ椅子に腰を沈め、天井を見上げた。どこかで携帯のバイブが響く。ああ、古泉のか。


「あなたは悪くはありませんよ」


へぇ、珍しい。ハルヒ専属のイエスマンが俺を擁護なさってるぜ。というかお前それ呼び出しかかってんだろ。行かなくていいのか。本気で世界が滅んじまうぞ。
ヴーッ、ヴーッ、


「いえ、あなたにお礼をと思いまして」
「俺は何もしてない。強いて言うならまた引き金をひいちまっただけだ」
「今日の涼宮さんは、確かに浅慮の目立つ発言をしましたが、あなたのおかげでそれは彼女もわかったことでしょう。立場上、僕も朝比奈さんも長門さんも、その役には不適切ですから、だから、お礼を」
「いい、俺は自己嫌悪に浸る。早く行け」


古泉は忍び笑いをしたらしかった。立て付けの悪い扉が悲しげな音をあげ、そして俺は長門と二人きり部室に残った。
長門は相変わらず本を捲る。その一本調子なリズムは、ハルヒが出ていってから変わらない。


「あなたは悪くない」


「例えば涼宮ハルヒのあの発言を古泉一樹が容認し、肯定したとする」


「涼宮ハルヒは人道的に逸脱する可能性があった。それを止めたのは、あなた」


「あなたは悪くない」


一頁本を捲るごとに、長門は言う。
別に俺は許されたいわけじゃない。ハルヒを叩いちまったのは変えようのない現実だ。
傷ついた顔をしていた。信じた者に、背中からばっさり斬りかかられたような顔だ。ああくそ、


あいつの顔を叩いた手が痛い。




***


gdgdな上にどうしようもなく暗っ。
機嫌直してペナルティを課し付ける翌日だといいな。じゃなきゃキョンが可哀想。
(07.11.18.)










































ふらふら俺に支えられながら、古泉と名乗る男は微かに笑った。


「ナースステーションに近ければ近いほど重病患者と看做されてますが、なかなか、全部屋とも上手く距離をとっている。良い設計ですね」


うちの病院の構造を知って、何がしたいんだこいつ。俺は古泉に悟られないように顔をしかめる。
デイルームや談話室は、見舞いや面会など、外からくる人間のために少し過度なほどの空調が入れてある。今は暖房が出ずっぱりで、俺ですら辟易するほど空気が悪いその密室に、古泉は朝食を食べてから昼食を摂らずに今まで居座っていたらしい。
涼宮とはまた違った意味の、君子危うきに近寄らずの良い事例そのに、と言ったところだ。
しかし、なぜ小児科担当医であるところの俺がこいつらの世話をしているのであろう。立場は研修医の上とはいえ、今では簡単な手術も任せられるくらいの経験は積んだと自負しているのに、どこをどう間違って年齢にそぐわない奴らの子守を押し付けられているのやら(いや、外科の単位は大学でしか取ってないから、そう自慢できるほど頻繁な施術は行っていないけれど)。涼宮の部屋は歯科口腔外科だし、古泉は内科消化器科だ。どこで俺の存在を知ったかは知らんが、綽名まで知られているとなると、同期の連中と一緒にいたところを見られた可能性が高い。


「失礼」
「長門?どうしたお前がこっちにくるなんて」


長門は無表情に古泉を一瞥してから俺を見た。ううん、看護士という奴は今日び愛想が良くなくてもこなせるのか。
長門は静かに口を開いた。


「涼宮ハルヒが階を越えて病棟患者に接触を図っている。止めるのを手伝ってほしい」


ああ、こうして俺はレジデントではなく保護者のスキルが上がっていくんだな。
というか長門、お前と俺の管轄は違うだろう。


「問題ない」


さいですか。


「それじゃあ古泉…さん、悪いけど後は誰か補助に捕まえて、」
「ええ、涼宮さんによろしく」


やっぱり俺の付け焼刃なものよりもこいつの方が敬語がよく似合う。歯噛みしながら俺は足早に前を行く長門の後を追った。




***


キョン…レジデント
院に行きたかったが経験のために残った。小児科担当医。
古泉…西病棟F6-831号室患者
詳細不明。やたら回りくどい物言いをする、内科消化器科患者。
ハルヒ…西病棟F5-657号室患者
活動中に事故で口内破損して入院。歯科口腔外科患者。
長門…看護士
西病棟F5-656、657号室担当。朝倉涼子と同期。
みくるちゃん…ハルヒの先輩
ハルヒと同じ学校の一個上の先輩で、ハルヒと同じ部活に所属。
国木田…レジデント 谷口…院生
キョンと同期。国木田は口腔外科のレジデント。谷口は放射線科。
朝倉涼子…外科主任
長門と同期。第二外科担当医。外科志望の動機が不純で危ない。


次の長編にしようと思ったネタ。
実際わたしの知ってる知識は外科よりなので多分使えない設定…
(07.12.27.)