*ヒバツナ*
不可侵規定が結ばれてから、彼と自分とはあまり相関的なものはなかった。自分にも害が及ぶ火急の用がない限り収集もするなとこちらが言い、あちらも、好き勝手しているこちらをあまり良く思っていない輩が多い。内部(一応)で分裂するのは避けたかったのだろう。相変わらず水面下の根回しは上手いというか、臆病というか(後者が有力説)。
最後に顔を合わせたのは何日前か。いや、何ヶ月前、の次元かな。とても永く感じた。そして今、その記録は更新されずじまい。自分は彼の目の前にいる。
尤も、彼が自分の姿を見止め、怯えがちに微笑むことはないけれど。
「久々に会った人間が既に死んでた気分はどうだ、雲雀」
「良くも悪くもないよ。第一、この件で呼ばれなかったらまだ会わなかったかもしれないしね」
「そりゃそうだ」
ニヒルにかつて赤ん坊だった子供が笑う。
「全く、何の用かと思って鬱屈に顔を出してみれば、何だ、死んじゃったの、彼」
「色々あってな」
その色々とやらを口に出そうとしないのは、きっと気遣いとかそんなものではないはずだ。だって彼は冷酷無比な殺し屋。利潤に関係のない情報は漏らさない。徹底した秘主義も雇い主から信頼される大きな要因だろう。
「それにしても何だその前髪は。面白いことになってんぞ」
「色々あってね」
くるくる巻きあがった揉み上げの子供に言われたくない。胸中を知ってか知らずか、子供は軽く息を吐くように笑ってから、棺に背を向けた。
「どうでもいいが死体はこれ以上傷めるなよ。獄寺が発狂しちまう」
「さあ。約束はできないね」
深い深い木々の中、彼と自分と無機物以外は誰もいない。時折風に枝を洗われて、葉が数枚、空中をゆるりと落ちてゆく。手を差し出してみたが取り損ねてしまった。
まるで彼の命みたいだ。
「…訂正するよ。僕の与り知らぬところで勝手に死なれるのは、あまり気分良くない」
「…はっ!我が侭は相変わらずだな」
棺の中を覗きこむ。格好を正され、衣服は綺麗に整えられて、瞼も閉じられているが、死化粧は施された形跡がひとつもない。子供を振り返る。
「綺麗に、してあげなかったの」
「必要ねぇだろ。生前あいつは男らしくないって自分の顔を嘆いてたからな」
生前という言葉がやけに生々しく聞こえた。そうだ彼はもういない。
「あまり気に病むな」
「ボスが死んで気に病まない連中が、少なくともここにいる?特に、守護者あたりとか」
「お前もか」
「僕は例外。ほとんど関わりなかったしね…」
目を閉じる。彼の気弱な笑顔が薄れていく。見えなくなる。視界から、脳裏から。
待って。いくな。
「また会えるさ」
いつに?
子供は風と共に去っていった。それから見ていない。
***
コミックス派の方、死にネタ嫌いな方は特に気をつけた方が良いネタ。
とにかく奴の前髪の謎の方が気になって仕方ない。自分で切って失敗したの?
(07.08.01)