*時間軸謎。ルルーシュ+シュナイゼル(+クロヴィス(+ユフィ))(コードギアス)*


「チェック」


赤と黒の盤面で、白が黒の駒を倒す。
王冠をかぶったそれはまさしく駒の統括役であり、また、ゲームを終わらせる駒でもある。もっとも、どの駒も身動きが取れなくなる無様なリザインを、目の前の人物と行なうチェスの中ではしたことはない。互いに。


「また俺の負けですね」
「そうは言うなルルーシュ。お前も、だんだんに上達しているよ」
「昔はクロヴィス兄上にもよく負けましたからね」


ルルーシュがその時分のまま成長していないと錯覚しているように、何度もチェスの打ち合いを申し出て負け続けている、そちらこそ成長していないのではないかと思わせるもう一人の兄の柔らかな笑みを思い浮かべ、怏々とした気分でため息を吐く。それを見咎め、最も王座に近しい者として名が通りつつある兄、シュナイゼルはたしなめた。


「あれはお前とするチェスが楽しいのだよ。たとえ負けても、結果が延々と変わらなくても、あれはお前とチェスをする時間を楽しみにしている。お前たちやユフィたちの絵を描く時間の次にね」
「あの人は、自分の皇位の高さなんて頭にないんでしょうね」


美術に携われば、絵さえ描ければいいのだから。
シュナイゼルは苦笑した。


「クロヴィスに対して、少し辛辣すぎやしないか?ルルーシュ。聞けばクロヴィスが悲しんでしまうよ。人それぞれ得意な領分がある。クロヴィスはそれがたまたま施政ではなく、美術の方面に秀でているだけなのだから」
「わかっていますよ、それくらい」


盤面をためつ眇めつしていたルルーシュは、頬にかかる黒髪を耳にかけ、駒を選り分けた。


「もう一勝負、お願いできますか」
「構わないよ。さあ、先手はどちらにしよう?」
「兄上がどうぞお先に」


この人とは幾たびもチェスをしているが、勝てた数は片手で事足りるほどにしかない。しかも、それはあまりに負けすぎて不貞腐れたルルーシュの機嫌が回復するようにと計らって、力が拮抗していると思わせる打ち方でもらった勝利だ。それに気づけるほどまだルルーシュは明敏ではなく、けれど今はどれくらい手加減をされているかわかるくらいには兄のするチェスに眼が馴染んでいる。この手は前に潰されたから…と頭の中で吟味できる余裕は、少しだけ出てきた。


「ところでルルーシュ」
「はい」
「エリア11はどうだい?」


かつ、ん


「…アッシュフォードにはよくしてもらっています。友人もできました」
「そうか。今度アッシュフォード家には懇ろに礼を尽くさねばならないね」


話しながらチェスをたしなむのは、よくあることだ。
それが相手への揺さぶりであろうと、答えなければその余裕すらないと思われ、付け入れられる。筋が乱される。
もしくは、チェスに集中させることで口の蓋を緩め、情報を引き出すのか。
どちらにせよ、素直に穏やかなチェスができる状態ではなくなったと、ルルーシュは肌で空気の変化を感じ取った。


「向こうはテロも多いと聞く。危ないことはしていないだろうね?」


かつん。


「まさか。真面目にとはいえませんけれど、兄上の心配するようなことは、していないと思いますよ?」


かつん。


「それは何よりだ。けれど気をつけなさい。近々、黒の騎士団と呼ばれる強い勢力のテロリスト集団が出現している。他とは違い、統率のとれた集団だと聞き及んでいる。まるで兵隊だとね」


かつん。


「そうですか…確か、リーダーは」
「ゼロ、と名乗っているそうだよ」


かつん。
かつん。


「彼は頭が良い。どこから漏れるのか知らないが、軍の情報の一部も掌握しているようだ。それの利用価値を、見誤らない」


かつん。


「軍の情報が漏れているって…そんな軽々しい問題じゃないでしょう兄上」


かつん。


「いやいや、敵ながら賞賛に値するよ。仮に皇族なら、この熾烈極まりない継承争いも彼なら狡猾に切り抜けるんじゃないかと、私は思うよ」
「彼が皇族ならなんて…ずいぶん話が飛躍しましたね。相手はクロヴィス兄上やユフィを殺した人間ですよ」
「たとえの話さ」


かつん
かつん
かつん


「慎重にことを運ぶ狡猾さ、ときに見せる大胆さ、誘導に使う駒の的確さ、…けれどイレギュラーには弱い。彼の使う布陣は、どこかお前のチェスに通じていると私は考える。チェスとは違う、立体でも物を考えるその頭の良さも、ね」


…かつん。


「…何をおっしゃりたいのか、よくわからないのですが」
「ルルーシュ」


かつん。


「クロヴィスやユフィを殺したとき、やさしいお前は泣かなかったかと、心配しているんだよ」


穏やかに笑う冷えた目の薄い紫電は、柔らかく歪曲しながらもルルーシュの心臓を確実に見ていた。掴まれたように、竦み上がる。


(な、に、を言っているんですか兄上。僕は、俺はクロヴィス兄上やユフィを殺してなんて、)
かたん、


「チェックメイト」


リザインの声はあがらなかった。




***


初シュナイゼル(とクロヴィス?)でした。
この三兄弟が大好きです。
リザイン…将棋でいう投了。降参のこと。
(08.05.07.)










































*蛍直(もやしもん)*


ふわふわした上等なレースをあしらった豪奢なヘッドドレスが、かろうじて視界の上に見える。
長く艶やかな黒髪に黒の重たいパニエという組み合わせは、着る人をかなり限定するだろうに(服に頓着のない自分でもそれくらいわかる)、目の前にいる人間はむしろ厳かですらある雰囲気をまとって圧倒してくる。その重圧に気圧されながらも、なんとなく近寄りがたいとは思わないのは、恐らくこの人物の人となりを幼い頃から自分なりの目で見て知っているからだろう。
薄汚れた農大のツナギの上からすら質量の感じるスカートを膝で触りながら、沢木はぼんやり考えた。
そこまで考えて、それから先のことを考えることに抵抗した。その先を、考えたくなかったのだ。
とどのつまり、膝小僧にスカートの裾が掠めるくらい接近しているという事実を、改めて認識したくなかった。


「…んぶ」


変な声が出た。なんか変な声でた。
鼻がかった自らの声に絶望して、沢木はまたまた意識を逃避させにかかった。
だって、なんだって、口と口をくっつけて何がしたいんだろう、こいつも、自分も。
遠くで鳥のさえずりを聞きながら、そういえばここは自分の部屋だと思い至る。周りをぷよぷよ飛んでいる菌がうるさい。


『ただやすー』
『いつまでそうやってんだただやす』
『まえもやってたぞ』
『ただやすー』


うるさい。
自分しか聞こえなくとも、しかし自分だけでも認識できるからこそ、周りのデリカシーなさすぎるゆえに何の装飾もオブラートもなく沢木が逃避したがっている現実を直に伝えてくる菌どもの声は煩わしかった。いや、この場合は、羞恥の方が勝っているのか。
何でもいいから早く、くち、放してくれないかなあ。
手入れなんか必要を感じないから、乾いてひび割れている沢木の唇にいつまでくっついているつもりなのだろう。あまり気分がよくないから意地でも口を開かないが、時折開口を促すようにゆっくり過ぎる艶かしく生暖かく生々しい舌に背筋がぞわぞわする。
ほんと、何がしたいのかなあ、こいつ。
唇で感じるのは、黒いルージュで厚ぼったくなった唇の、低くも高くもない温度。これは自分の体温と解けあっているからだろうか。あまり嬉しくない。
目の前の、長すぎる睫を数えるのも飽きて、でも体重の寄りかかった掌に手は押さえつけられていて、逃避したって背筋がぞわぞわして、漂っている菌に目を彷徨わせることにする。


『きれいだなー』
『でもなかみはけいだぞ』
『じょそうっていうんだぞ』


…駄目だった。
菌の好き勝手している会話に耳を傾けていると、否が応でも目の前にいる一見美少女な子が幼馴染の野郎だと思い知らされる。
彼、蛍にキスをされるのは二度目だった。
一度目は日吉酒屋の前で、及川が目撃しているとき。あの頃はちょっと可愛いなと思っていた子が、音信不通になって休学までしていた幼馴染だということに二割ほど頭がついてきていない間に、肩に手を添えられてキッス!更に混乱して、声を荒げることも顔の表情筋を大して動かすこともなく、あまり驚いてないねと言われたくらいに無反応だったような気がする。差はあれど人がイレギュラーに弱いという、良い事例だった。


「ん、は」
「沢木ってばどうしてこんな無反応かなー」
「いや、平気で男にキスできるお前の方が問題あると思うよ俺」


ようやく放され、口元をこする。黒い蛍のルージュが尾を引いて手の甲に張り付いた。男として、いろいろな尊厳を落としているように思えて涙が出そう。
視覚的には見目麗しい女の子にキスされる状況は男として嬉しくないこともないが、あくまで生物学上で蛍は男だ。小さい頃に何度もついている一物を拝見する機会があった。まさか去勢した、なんてことはあるまい。昔から蛍はその女顔を指摘されることをひどく厭わしがっていた。それが女装に目覚めた紆余曲折は、あまり蛍の口から多くを語られないのだが、今でも彼は男としての誇りとやらを見失っていないようだ(だからこそ、よけいにわからないのだけれど)。


「別にいいじゃん、キスくらい。沢木は及川さんみたいに偏見があるわけじゃないでしょ?」


その及川は、その少し後に長谷川にキスされて無理やり納得(というより矯正)させられていたのだが。
及川ほど潔癖症というわけではないが、偏見がないわけじゃない。男が女装するのには別にそんなもの持っていないが、キスは普通に女の子としたい。やってしまったのでもういいや、というくらいには、沢木は諦めは早かっただけの話である。


「で、今度はなんだよ。前にした理由もわかんねーけどさ」
「理由?ないよ。僕がしたかっただけ」
「あ、そ」


それはそれで問題な気もするが、騒ぐ菌に目の前の女装がはまりすぎている幼馴染というだけで、沢木のお粗末な脳みそは許容範囲を超えていた。




***


蛍→直保ていう図が大好きです。
ヒオチに対して性格が変わる蛍と、菌が見えることでなんだか変な悟りを開いちゃった直保が好きなんです(曲解)
(08.05.10.)










































*みんな→ごくう(最遊記)*


いつもいつも、いつだって赤で終わる。




「ここから一番近い村までしばらくかかるようです。食糧を多めに買い込んでおいて正解でしたねぇ」


地図を片手で確認しながらジープを運転する八戒がのんびりと言った。
荒涼として埃っぽい空気の中、じりじり首や頭の後ろを照る日光に微妙な不快さを感じつつ、悟空は欠伸をした。それを見咎めた悟浄がからかうように諭う。


「どうしたよ小猿ちゃん。いつもみてぇに腹減ったとか騒がねぇんだな。食欲の次に睡眠欲たぁ、マジで猿並の本能しかねぇんじゃねぇの?」
「うるせぇエロ河童!煙草と酒と女にしか興味ない奴に言われたくねぇ!」
「ンだと馬鹿猿!悔しかったらそのガキみてぇなオツムからいい加減脱皮でもしてみやがれ!」
「悔しくねぇよ!悟浄こそ子供の手本になるような大人にでもなれば!?なれるもんならだけどさ!」
「あはは、悟浄から雑念を除いたら何も残りませんよ、悟空」
「テメェらうるせぇんだよ!ちったぁ静かにしやがれ!」


痺れを切らした三蔵が空に向かって銃弾をばら蒔き、次いで標準を後ろに座っている二人に絞る。次に狙うのは貴様らの脳天だと如実に語る目に、口論を繰り返していたのも忘れ互いの肩を抱く二人に不満げな冷たい視線を投げ掛け、気が済んだのか、三蔵は鼻を鳴らしてあげかけた腰を座席に押し戻した。
いつも通りの光景である。いつも、通り。悟空はそれに僅かな安堵を感じた。
近頃、寝付きも夢見も寝起きも悪い。どうしたって終わらない長旅と寝不足で疲れた体は睡眠を欲しているのに、内容すら覚えてないくせにただ良くはないとはっきりわかる夢のせいで、なかなか眠りに就けずにいる。ようやく微睡み始めたというときに限ってもう夜明け前だ。
枕が変わるだけで不眠になるほど、繊細な神経を持ったつもりはない。その日の内にどこかの町村に入れない場合は野宿だって厭わない男所帯の旅路である。今更気にすることもないのだが、


「………は、」


例によって、今日も涼しげな風に吹かれながら、細々とため息を吐いている。
運悪く今日は野営とされ、あてがわれた布切れを各々身に巻き勝手な姿勢で寝息を立てている中で、悟空一人がシーツをくしゃくしゃに丸めたまま夜空を見上げていた。
人工の光が届かない空は暗い。星々が瞬くのを呆っと眺め、晒された夜気には冷たい。
嫌な夢を見た。
飛び起きた際に誰かを起こすことにならなかったことに、些か胸を撫で下ろした。誰かが起きて悟空を気遣い始めたら、芋づる式に皆々目を覚ましてしまう。そうしたら、起こしたことを、少なからず責められることもあるだろう。それが外面上でも、心配かけるに変わりはない。夢見が悪いなんて子供じみて恥ずかしくて、言えない。
いつもいつも、どんな夢を見ていたかなんてのは、目を開けた瞬間に大方が消えてしまう。ただ、夢の中で悟空の滲んだ視界は揺れ、真っ白な背中を追い、ゆらゆら流れる金色の何かに心を弾ませながら声をかけるのだ。
金色の何か。
金色の、誰か。


『  っ!』
「、?」


そう。金色の髪を持った誰かを追い掛け、いつも悟空は走っている。それがたまに白衣の人間と黒い大きな背中も増えるけれども、けれども悟空は変わらず彼らの名前を呼びながら走っている。


『  っ!』
『     っ!』
『    っ!』


そして悟空と同じくらいの背丈の人間が笑って手を差し出し、血まみれになって、


「……………っっ!」


何かに急かされ、胸を掻き抱いた。
追い掛けるだけなんて悪夢にはならない。決して良い夢ではないが、血を見るよりマシだ。
堰を切ったように溢れ出す。大切な、大切な何か。忘れてはいけなかったもの。忘れないと誓ったもの。忘れてしまっていたもの。
眠りに就く人の顔を窺い見る。順々に見る。
いつもからかうけど、頼りになってくれる悟浄。
何かあったら親身になって話を聞いてくれる八戒。
あそこから出してくれて、傍に置いてくれる三蔵。
大切な人たち。
それが夢で見たぼやけた人影と重なる。
大好きだった。多分、今でも好きだ。気持ちだけが溢れるばかりで、呼べる名前がないのがこんなにももどかしい。
あの人はからかったりしなかったけれど、一緒に遊んでくれた。離れたりしないと小指を結んでくれた。
あの人はいつも優しかった。心細いときに服の裾を掴むと、柔らかくゆっくりと頭を撫でてくれて、本も貸してくれた。
あの人は自分を抱き上げてくれた。無愛想で、滅多に笑わないし笑顔が似合わないけど、いつだって悟空が手を引いたらついてきてくれた。
三蔵たちとは違う。三蔵たちによく似ているけど、少しずつ少しずつあの人たちの残像とずれている。そのぶれがたまらず、悟空はジープを飛び出した。
叫びたい。名前を呼びたい。けれどもそれは悟空の持たぬものである。そしてきっと返事は返ってこない。夢の最後を彩る赤が、彼らの最後をも告げた色のような気がしてひたすら恐ろしかった。
脇道に逸れて雑木林に突っ込む。息が不規則に乱れようが知ったことじゃない。
悲しい。悲しい。
声なき慟哭をあげながら、そして悟空の姿はそこから消えてしまった。




**




朝目を覚ますと、悟空の姿がなかった。水の臭いもしないし小川の流れる音も聞こえないので、朝一に起きて顔を洗いに行った、というわけでもなさそうだ。朝飯時まで寝汚くシーツにくるまっているはずがしわくちゃに丸まったシーツだけしかないというのは一体どういうことだろう。


「あのアホ猿、どこに行きやがったんだ」


二つ目の缶詰を開けながら、悟浄がぼやく。
結局買い置きの缶詰を開く時になっても、悟空は戻ってこなかった。食べることに関して、他の三人の誰よりもとらわれている悟空がいないと、周りはやけに静かに思えた。


「三蔵、どうします」
「捨て置け。準備ができ次第、出発する」
「ちょ、置いてく気かよ!あいつが戻ってきたときどうすんだよ!」
「知らん。いなかったあいつが悪い」


にべもすげもない三蔵に息巻く悟浄をとりなし、八戒も顔をしかめて言った。


「しかしあの食意地の張った悟空がいつまでも来ないというのは気になります。昨日は悟浄とも喧嘩なんてしてないでしょう?」
「喧嘩、ね。そういやぁあいつ、最近つっかかってこねぇのよ」
「ずっとあまり寝てないようですし…三蔵、やっぱり探した方が良くないですか?」
「勝手にしろ。俺は何もしねぇぞ」
「期待はしてません。三蔵は迷子にならないように大人しくしててください」


悟浄の反抗が止まった。
三蔵の煙草の灰がぼとりと落ちる。
八戒は相変わらずにこやかに笑っていた。


「…ちっ」


ジープから腰をあげた三蔵を満足げに見遣り、八戒は缶詰を片付け始める。


「じゃあ、この周辺の雑木林から探しますか」


否やはなかった。




**




全くあの馬鹿猿どこに行きやがった。
白かった法衣は長旅でくたびれ、たった今踏み荒らしている雑木林のおかげでまた汚れそうだ。次の町までどれくらいかかるか知らないが、これはすぐに洗濯が必要になるだろうと考えて、憂鬱になる。話中の人間を一発殴らないと気が済まないが、見え透いた八戒の挑発に易々と乗った自分も愚かなものだ。
悟空に会うまできゃんきゃん頭の中で響いてうるさかった声は、今は聞こえない。けれど自分を呼ぶ声は造作なく思い出せる。それだけ長く一緒にいたのだろう。長く、いすぎたのだろう。
悟空は、時折世話を焼かせるが、三蔵が守る必要も三蔵を守る必要もない分類にいる。ただなんとなく共にいただけで、悟空がどこか別の場所に行きたがっていれば、躊躇わないようにその背を押してやらなければならないと、何やら漠然と覚悟していた。覚悟だけ、は。


「…くそが」


覚悟しかしてねぇじゃねぇか。
舌打ちして、飛び出してきた枝を跳ね退ける。
何だかんだと言って、自分はあれが心配でならない。見掛け18才のくせに、少し幼稚な他よりずっと長く生きるであろうあれが、三蔵のいなくなるかもしれないこの先を一人で生きていけるか、不安でならないのだ。


    っ!


存外近くで泣く声が聞こえた。哭く声が、聞こえた。


「…悟空、か?」


別に向かってやることもない。呼ばれ続ける声が自分にしか聞こえないのでなければ。


「ちくしょう」


自分にしか聞こえない声がどこか煩わしい。




**




いつの間にやら少しばかり積極的に悟空を探している三蔵を、にやにや諭う悟浄と八戒にばつの悪い思いをしながら引っ張り連れられて、淀みなく三蔵は林の中を歩く。はっきりと確かに聞こえた声は一度きりだけれど、迷うことはなかった。


「三蔵サマもやっぱりペットは大事なんだねぇ」
「うるせぇ」
「あまり三蔵をいじめるとへそ曲げて帰っちゃいますよ」


変なプライドがあるんですからと八戒が追い討ちをかける。
俺は一体いくつだ。
枝を踏み折り葉を散らし、歩くそのうちに向こうを向いて座り込んでいる木の幹よりも鮮やかな茶色の頭を見つけた。見つけた安堵の下から沸きあがる苛立ちに、やはり一発は殴らないといけないような気がして、足早に近づく。


「手間かけさせんな猿」


かける声に返る言葉はない。なんだなんだと野次馬よろしく悟浄が首を巡らせた。


「悟空、戻りましょう。早くしないと悟浄が悟空の分の朝食食べてしまいますよ」
「おーい、悟空?」


待てど暮らせど返事はない。それどころか、微動だにしない悟空の後ろ姿に痺れを切らせた三蔵は、荒々しく悟空の腕を掴んだ。


「ひ、」


息を呑む音。
瞬間、掴んだ腕が勢いよく振り払われる。


「てめ、」
「…っあ、ごめん!ごめんなさい!やだやだやだ、怒んないで!俺が悪いから、謝るからっ、あやまるから…」


腕を振り回し、みなの手を跳ね退け、悟空は膝を抱えた。小さくごめんなさいを繰り返し言う悟空に、何かおかしいと気づく。
泣いては、いなかった。ただ悟空は目見開き、頭を保護するようにして、丸くなってかすれた慟哭の繰り事を呟いていた。


「みんな死んじゃった……俺が足手まといだったから、戦えなかったから…」


それは、いつのことだろう。足手まといに思ったことはあれど、実際に足手まといになったと思ったことはない。心当たりのないことばかり言う悟空に、唐突に不安になった。
みんなとは誰のことだろうか。


「ケン兄ちゃん、天ちゃん、金蝉、なたく……っ」


それは誰の名前だ。


「一緒にいるって、約束したのに、なんで俺だけ生きて…!」


ああ、こいつは五百年前に囚われてしまったのか。
強ち外れていなさそうで、ぞっとした。




***


救いはない (´`)
おかしーなー。みんなに愛されてるごくうが書きたかっただけなのに。
(08.06.27.)