真田主従
這い蹲って生きることの惨めさを、俺は知っている。


*


「別に、別にお前の生き様を否定するようなことは言わぬ」


俺の主は目を逸らしながら呟いた(今すごく大事そうなことを言ったわりに、態度がぞんざいなのはこの人なりの照れ隠しなのか、それとも俺がどんな反応を示すかを知るのが怖ろしいのか)。


「ただ、軽々しく、死ねと言って呉れるな」


ならどうしたらいいの。どうしろというの。
俺が戦場で死んで呉れよと敵に向かって笑ったことが、彼の琴線に触れたらしい。俺はこの人みたく殺気の混じる非人の笑みを浮かべられるくらい戦に狂っているわけではないから、いっそ余裕を見せて虚勢を張っているだけなのだと、この人は知りもしないだろう。この人は、俺が自分と同じ高揚を持って戦に臨んでいるわけではないと、識っているから。
俺の主は心理戦というものにあまり理解を見出さない。まっすぐ突き当たって、どちらの気が散り消えるのかで生き死にが決まるとどこか過信している。それに拍車をかけたのが、あの、奥州の竜だということが、忌々しい。だから俺はあれが嫌いだ。


「敵は兵法も知らぬ民草が多い。彼らは平素戦に身を預けているわけではないのだ。死というものにも、身近に感じつつも神聖崇め奉る気持ちもあるだろう」


だから、彼らの定石の中で、人の力で成し得られないと判断されるもの・ことは、神やら化生やらの仕業と異端に看做される。俺はまだ忍という組織の中にいたからまだその先入観に中てられることはなかったけれど、この人はその限りではない。この人の槍が燃え、殺した肢体が燻りを見せたとき、どれほどの人間が畏敬を込めて彼を見たのだろう。敵味方ののべつ幕なしに。
死は俺達戦忍の中では絶対であり、核心である。けれどこの人の核心は、その赤心は、自分の中ではない余所にその拠り所がある。それに今更どうこう言うことは詮無きと心得たるも、納得も理解も示さない俺は彼と主従の契りを規してよいものか、時々考える。


「だから佐助、」


これほど噛みあわない主従なんていてもよいのか、けれど全幅とは言わずとも、それなりに多分な信頼を預かる身として、俺は首肯する。


「侮るな。どれも楽な戦と考えるな。往くのなら全力で潰せ。独眼竜と同じことを言わないで呉れ」


人を斬る痛みを忘れるな。
奇しくも彼の敬愛する師が言った言葉と内容は同じであった。俺はにまりと笑う。


「あの竜と一緒はごめんだね」


その一言で主が俺を俺として見てくれるのなら、御代の要らない言葉なんて幾等でも呉れてやるさ。




***


佐助が依存症チック。
リハビリのために書いたけどなんか違う。
(08.01.22.)














佐幸(幼少)

首の断面を、ただ憶することなく見ていた。命を狙われていた身でさえそこに恐怖の色はまるでなくて、人形のような無機質さが漂っている。


「…そうか」


納得させるように、言い聞かせるように、簡素な断定。


「ご苦労だった」


笑おうとしたのだろう。笑い損ねて物悲しげな笑みになってしまったけれど。その目が如実に伝えている。


(辛くはないか?)


本当に嫌な目だ。
道具のような扱いを受けて当たり前。人を殺すのが当たり前。そんなふうに育てられた(そう信じて疑わなかった)忍に対して、存在意義を今一度尋ねられるような目をされるのは、それは最早侮蔑に近い。
血と脂でぬめった顔を拭きもしないで、佐助に無機質で笑み崩れた目を向ける。


「これはどうするんだ?」


これ、と指された死体。以前にちゃんと生命維持活動を行っていたという痕跡はもう、ない。生きていたもの、もう動かない、物体。この子供は何の感慨も見せずそう考えて、肉塊を見つめているのだ。
斬り結んで、首をはねた瞬間、向こう側で血を被った幸村が瞠目していた。きっとあれが恐怖したのは、死ぬちょうどその時を喝目したからに違いない。その心を占めていたのは、死に逝く悲しみとそれから目をそらせない辛さなのだ。
なんて傲慢。


「どこかに捨てておきます」


なんて柔らかで甘い心。




主従という関係に携わるについて、何より不可欠なものは信頼だと思う。絆という字は、糸を半分ずつ持ち合うという意味から発展していったらしい。
結構重いんだなと彼が持った鋏。それを無器用なりに駆使し、木蓮の葉を切り落としていく。
いつか。繰り返し起きる命の掠奪の先で。辛いとか、悲しいとか、それすらも彼の中から消えていくのだろうか。磨耗して、その感情が在ったことの事実すら消えていくのだろうか。
佐助は忘れるつもりもないが、


「悲しすぎるでしょ」


ジャキン、と音がして、幸村は呆然と佐助を見た。


「…何の話だ?」
「旦那は俺みたいになっちゃ駄目だよってこと」


木蓮に血が落ちる。幸村の左小指の付け根からだ。鋏で切ったのだろう。


「何してるのもう」


包帯を巻きながら思う。
願わくば、彼の柔らかで甘い心を守る、ほんの少しのきっかけに、己が一部でも残っていますように。幸村の持つ糸の先が、しかと己の指に絡まってますようにと。




***

前半部分がふっとんで時軸が曖昧な元プロット。
(07.12.29.)














幸佐>佐幸なパラレル

今はもう名前も薄っすらとしか覚えていない、かつてよく遊んでもらった翁の家には、自分よりもだいぶ年下な赤子がいた。
中学にあがり、子供同士の確固たるネットワークが出来始めるにつれ、徐々に行く機会をなくしていったその家にいた赤子を最後に見たのは、確か彼がようやく立ち上がる頃であったから、ほとんど彼のことは知らないと言って良い(人は三歳までに凡その人格を形成するというのだから、なんとも皮肉な話だ)。
しかし、どういうこじれた経緯であの翁に引き取られたかも知れない赤子が、どんな子供に成長したのかを知るきっかけは思う他早くにあった。
高校の生活も残り少なくなった冬のこと、体育会系の大学を指定校推薦で合格した幸村は、はやり焦る周囲に包まれながらものほほんとした生活を送っていた。
疾うに引退した剣道部へ時折足を運び、竹刀を振るう姿に後輩すらも呆れている頃のことである。


「今日から預かることになった」


と、親代わりとして自分を養ってくれた恩人が自分の目の前に引き出したのは、見覚えのない子供だった。
覚えておるか、あそこの家の爺の、と言われ、首を傾げる幸村を子供は見上げ、言った。


「猿飛佐助です」


もちろん幸村の知り合いに猿飛なんて変わった名前を持った人間などいもせず、ますます首を傾げることになった幸村に、やたら冷めた目で子供は更に追い討ちをかけた。


「幸村さま」


さま?夏のサマー?あ、「様」か。え、様ってへりくだって言うときのあれ?
と幸村が思考を彼方へ飛ばしかけたと同じくして、子供は膝を折って座り、小さな身体を更に縮こまらせて頭を垂れた。


「今日から幸村様の道具として、日々精進する所存でござります。どうぞ宜しく」


こんな小さな子供を使役するような非道はできませぬと恩人である信玄に困り顔で訴え、許しが出るまで顔をあげるのを嫌がる子供にまで下手へ出て 「どうか顔を上げて下され」 と半泣きで頼む始末の幸村に、信玄は一抹の不安と騒がしくなるであろうと夕餉の出前を頼みに部屋を出ていった。




***

時間があったら続きを書きたい。
(07.10.27.)