ダテサナ【現代】

人気のない学校の屋上。フェンスで隔離されたような場所で、遠い空を見て呆けていると、隣に人がやってきた。断りもなく座るものだから、ちらりとそのふてぶてしい顔を拝んでやろうと顔を向ける。
痛みが走った。
思わず唇に手を当てたら、やけに透明感のある赤い、汁が出ていた。もう一度指を当てるとそれよりも濃い色がじわりと滲む。血だ。


「何のつもりか」
「何って…kissだろ?」
「そなたの接吻は口に歯を当てることか」


にやりと笑うその様は明らかに反省の色を知らず、未だに傷ついてぱっくり開いた幸村の唇を見ている。幸村は前髪で隠れた右目を睨み、噛まれてじくじく痛んだ下唇をきゅっと締めた。


「知ってるか幸村」
「何がでござる」
「kissがどういう意味か。知らないだろう」
「知ってそなたの噛み癖が治るのであれば、是非にでも教授下され?」


治るならばの話だ。どうせ治らないのだろう。治す気もないのだろう。
皮肉るその胸中を知ってか知らずか、政宗を見た。彼は憎たらしいことに、どこか得意気で優越的である。


「kissには相手のことを食いたいほど好きだっつー意味があるんだとよ。理性で退化させられた原始的な人間のある一面を端的に表しているらしいぜ」


crazyだなと、さして恐がっている様子もなく笑う。
幸村は血の滴る唇を舐めながらまた空を眺めた。


「幸村」
「何でござる」
「…目ェ瞑れよ。moodねぇな」
「そなたが瞑れば良かろう」


ざらっとした舌の感触が傷口を這った。政宗の舌の上に血が滲むのを見た幸村は顔をしかめたが、暫く政宗の舌が口内に戻ることはなかった。
政宗は無表情だった。だから幸村も無表情でいた。


「俺がお前を食いたいほど好きだって言ったら、お前は大人しく俺に食われるか?」
「まさか。ただでなど誰が」
「何かやったら良いのかよ」
「嫌でござる。伊達殿ならば尚更」
「嫌われたもんだな」


今までのことを思い返してみろと睨むが一向に効果は期待できない。


「kissだのsexだので片付くような易い関係じゃねえだろ」


それで片付くような関係は易いのか知らないが、いつ交配なんかしたんだと首を傾げる。そもそもこんなことは男同士でやるものではない。
いつか殺されてしまうのではないかと、彼の言動から滲み出る狂気染みた欲に危惧する。ならばやはり、ごにょごにょで片付く関係ではないのだろう。認めるのは果てしなく癪だから言わない。


「幸村」
「何でござる」


今度は目を瞑った。
湿った唇の感触に、やはりいつかは食われてしまうのかと悲しく感じた。互いの唾液で濡れた彼の唇を見て、その悲しさはやたらと加速して、何だか泣きたくなって、何だその顔はと文句を言われる前に幸村は涙を飲み込むようにして空を仰いだ。
全く、安息も安寧もない。




***

かなり甘さに譲歩した(当社比)のにこんな有様。なんでこんなに幸村は卑屈になるのかな!可愛くないなこんちくしょう!
○ックスレス大国なジャパンには淡白過ぎる人が多いそうです。(イギリス統計でワーストだってさ。平均八日に一回だってさ。一位のギリシャは五日に二回だってさ)
伊達がっついてそうだけどさ。
シモくてごめんなさい。こんなシモい話題は何年振りだろう。
今度から自重します。こじゅの蹴りが飛んでくる前に自重します。穴があったら入りたい。潜りたい。十七年蝉になりたい。
(07.8.24)














真田主従【現代】

夜でも蝉時雨が聞こえる異常気象に、さしもの幸村も扇風機の前で伸びていた。冷凍庫に放り込まれたまま日の目を見ることはないだろうと思っていた大量の保冷材も、タオルに包まれて首の後ろへ宛がわれている。


「暑い」
「暑いねぇ」
「何故斯様に暑いのだ」
「夏だからねぇ」
「団扇で凌げる程度を言うのではないのか」
「五月蝿いな、もう!こっちだって暑いんだよ!」
「うううぅぅぅ…」


しおしおと、尻窄みしてゆく彼の声。流石に昼間から部活で道場に篭っていたときの倦怠感が尾を引いている。室内でも熱中症になるのだから、水分補給はまめにやっておけと忠告したのに。気だるげに目を瞑っていた彼の、日頃の快活さは見る影もない。睫毛はぶるぶる震えながら天井を向き、眉は険しく厳しい。見ているだけでうんざりしてくる。


「佐助!」
「なに」
「かき氷を作ろう!」
「氷あった?」
「あった!さっき見つけておいた!」
「ふぅん。氷作んなら旦那がやってよね」
「承知」


電動が占めているにも関わらず珍しい、手動のものしか家にはない。埃が被らないようにとせっかく佐助が正月に被せておいたビニル袋をあっという間に引き千切り(あのときの、大してしてもいないけれど、苦労を返せ)、気色満面な顔で氷を詰め込む。


「そういやシロップあったっけ?」
「ハワイアンブルー」
「げ。なんでそんなコアなの」


誰かさんを思い出して嫌なんだけど。


「イチゴもあるし、メロンもある。レモンは確か少なかった」
「じゃあ俺様メロンにしよ」
「なんとっ、かき氷の真髄は宇治金時ぞ!」
「はいはい、単に大将が好きなだけでしょうが。旦那だってイチゴが好きな癖に」
「知らぬ」


そっぽを向き、氷をがりがり削っている内に冷蔵庫からシロップを出す。生憎、抹茶はなかった。どうせ一杯では治まらぬと見て、全部出す。イチゴ、レモン、メロン、ハワイアンブルー、オレンジ、グレープ…


「旦那どれが良い?」
「…イチゴ」


唇を尖らせ、佐助の器にも細雪を移す。額に薄っすら汗玉が滲んでいる。苦笑いして口の前にスプーンを持っていけば、有無も言わずに飛びついた。


「大将も食べるんなら、今度はちゃんと宇治も用意しとかなきゃね」
「小豆と練乳も」
「アンタが練乳使いきっちまうんだよ」
「すまぬ。善処する」


差し出された氷を口に入れると、人工的な砂糖の甘味が喉を焼く。思わず顔をしかめ、


「これじゃあこの夏は血糖値が上がるかもね」
「夢のないことを言うな」
「へえへえ、普段っから甘いもんばっか食ってる旦那とは胃の作りが違うんですよ」


遠くで上がる花火の音を聞いた。




***

割かし甘め(当社比)
昨日初めて自前かき氷を作ったよ記念。
(07.8.16)














佐幸(長編にしようと思ってたネタ)

構内。可も不可もなく陳列しているロッカーのうち、ひとつの前で佐助は止まった。
布が原材料の癖にやたら耐久性はある鞄を肩からぶらさげているが、重みでそろそろ肩が痛みだしている。鞄は強くとも体はそれなりに脆い。


「ちかちゃん、俺のロッカーここだよね」
「ん?学生番号で確認しろよ」
「やだよ面倒臭い。大体何桁あると思ってんの番号」
「さぁなぁ。学科で二桁とるし、一学科に何十人、百何人いるからなぁ。お前なに?」
「臨終発達」
「意外」
「そう?」


お前子供好きくないじゃんと悪びれもなく友人は笑った。確かにその通りだから敢えて反論はすまい。


「別に、子供嫌いが治ったわけじゃないよ。面白そうだからとっただけ」
「好きそうだもんな、お前」


結局カードを取り出して確認する。********。紛うことなき佐助のロッカーである。鞄の口を少し開けて中身を数える。もしものためにある程度余裕を持たせたいと考慮したら、半分は部屋に持って帰らねばならない。思わず鬱屈になる。


「心理って突き詰めれば理系なんだとよ。お前文理だろ?大丈夫か?」
「自分心配しなよ。去年単位危なかったくせに」
「良いって、いざとなったら土下座して廻るから」
「高校と違うんだよ」


いい加減なことを言う友人に佐助は眉を潜めた。


「あ。あんま貴重品入れんなよ。去年辞書入れてパクられた奴いるから」
「嘘」


片手で入れるものだけ取り出し、ロッカーに手を添える。危なっかしい音をたてて等身大のロッカーが震えながら扉を開けた。


「でも俺様貴重品なんて…」


入れないし、という言葉は尻窄みになって消えた。
薄暗く、ただでさえ狭いロッカーの中は既に何かを入れる余裕などなかった。
派手に埃を巻き上げながら転がったのは、佐助と同じくらいの年頃に見える人間だった。襟足の一部だけ背の半ばまである。寝ているのか死んでいるのか定かではないが、果たして目を開ける気配は、それこそ一縷もない。
佐助は茫然と呟いた。


「花子さん?」


人が、入っていました。




***

落書きから派生。佐幸になるか幸佐になるかはぶっちゃけイーブン。
花子さんはないよね。
(07.8.2.)














佐幸※死ネタなので注意

幸村の洞察力というのは恐らく子供の頃に培われてきたか、若しくは天性的なものなんだろうと思う。その大半は野生動物に引けを取らない勘の良さに帰来しているのではないか。勿論その勘は間違いなく天性のものだ。
、と、佐助はそこまで考えた。
しかし、それによって醸し出された神秘的な(神童だと、確か奥州の誰かは言われていたが、同じものだとは死んでも考えたくない。吐き気がする)雰囲気が有効なのは、飽くまで彼が周りと一風違った妙な子供だと思われていた時分の話である。あれから幾年経た今はもう、単なる猪突猛進にしか周りは捉えない。少しは落ち着きを持たれてはと控えめに、だが反論の余地を残さず老臣の述べる小言に、その都度幸村は泣きそうな、困った奇妙な顔をしていた。頭ごなしに無理でござると否定もせずに。
最早それは、衝動を通り越して梅干に垂涎するようなものじゃないか。佐助は燻され、焼けた臭いのする草原に寝転んだ。眼前に暗い夜の帳が広がる。


「だからって何で俺様なんかに槍を一本使うのかねぇ」


今まで幾度となく人を屠って来た凶器を、ただの一人を救うために使うなんて馬鹿げている。相手を殺すことで己の命を救っている、戦場の最中で。佐助の脳裏に赤い残像が閃く。
隣を見た。既に幸村は仰向けに転がって目を閉じている。


「猪が真っ直ぐ走るのはさ、」


某かの恐怖から逃げるためだそうだ。その際は、脇目も振らず一目散に逃げていく。真っ直ぐにしか走れないのだろう。それは、常日頃の彼と瓜二つだった。
あのとき佐助を見た幸村の目はいつも通り戦場で見せる鬼の目でありながら、どこか懼れているような目をしていた。佐助が止める間もなく右手に持っていた槍を大きく振り投げ、佐助の背後の敵を可も不可もなく葬り去っていたが、佐助は敵の生死も確認せず、思わず幸村を見返した。
幸村がニ槍を使うのは、間隙をよりなくすためだ。一本では埋められない隙を、ニ槍にすることによって無理矢理埋めたのだ。それなのに、彼は迷うことなくその意義を捨てた。


「アンタ、俺様がいなくなるのが怖かったのか?」


隣にいる幸村は答えないが、もしそうだとしたら配下冥利に尽きる。しかしそれで代わりに彼が死んだら本末転倒だ。佐助が死ぬ帳尻合わせに、何も幸村本人の命が消える羽目になるなど真っ平ごめんだった。そんな佐助の胸中を、果たして幸村が知っていたかは甚だ疑問である。が、知っていたとしても結果的に幸村は槍を投げた。佐助を死なせないために。
それは、幸村特有の勘の良さが為せる業だ。そんな情け、要らない。
一息佐助は下唇を噛んで、幸村に体を寄せて目を閉じた。
このまま彼の歩く黄泉路まで真っ直ぐ行けたら良いのに。
眠るように死んだ幸村の横で、佐助は死んだように眠った。




***

またもひどい話。でも最後のフレーズはお気に入りの漫画の一部なんです。
「ホームレスは死んだように眠り、年寄りは眠るように死んだ♪」
猫が歌ってた、と思う。そしてうろ覚え。良い対比表現だと思うんですけどやっぱりひどい。
(07.7.23.)














伊達×佐→幸

「アンタ、俺に何がしたいわけ」


鎖骨に口付けると、忍びが不愉快そうに身を捩った。それを逃がすまいとして腹の横に腕を通す。


「別に、何も」


にやりと笑ってやると、憎悪に顔を歪める。影に生き、影に死ぬとばかり、自分の抱えている忍びらを見て思っていたが、それともわけが違うらしい。何よりこいつは人間により近い。それまでは違っていただろうに何が(誰が?)そうさせたのか、聞くまでもないけれど。


「あいつの居場所はそんなに心地好いか?」
「少なくとも、ここよりかはね」


憎々しげに彼が笑う。けれどその笑みに余裕がないことに気付かないほど自分はめくらではない。
あいつ。もとい、忍びの主とする真田幸村その人。彼がどれほど裏表がない人間なのか、疑心暗鬼の塊のような自分が推し量る術はない。奴だって人間だ。暗い感情だってあるはずなのに、それを見ているであろうこの忍びには、それさえも光なんだとか。
腹が立つ。


「だがな、忍び」
「あぁ?」
「あいつを夢中にさせてやれるのは俺だけだ」


例えそれが、この忍びの持つ欲求とは種が異なっていたとしても。戦場で凶器を持って向き合う限り、彼の目、彼の頭には忍びは写らない。そしてその時彼の大半を占めているのはきっと、自分。
これはきっと、身分違いな想いに目覚めた忍びへの厳罰と、報われることのない泥濘を抱いている自分への詫びなのだ。
忍びは憤悶と快楽に震え、それでもその目だけは憎悪と殺意に満ちて俺へ向ける。息切れて声にならない無音の中、湿った空気が漂うそこで、忍びが口だけで死ねと言った。




***

ひどい話。
きっと一番残酷なのは幸村なんじゃないかな。何も知らない顔で佐助の中に介在しているから。
(07.6.29.)