BSR/佐と幸




俺はなぁ、佐助。ずっと戦場で生きて、戦場で死ぬと思っていたよ。


物騒なことを言うわりに、反してその顔は穏やかだった。
少し年を刻んだ全身には、以前のような熱い覇気はない。


俺はなぁ、佐助。ずっと戦場で生きて、戦場で死ぬと思っていたんだよ。
ずっと、ずっと、もっと


願望も混じっていたのかもしれない。語る目はかつての全てが色濃く鮮やかな日々に思いを馳せ、恍惚と溶けて揺れていた。
佐助は傍らに座り、ぽつりぽつりと落とされるそれを静かに聞いていた。
帰りたいのか、あの頃に。生臭い死臭は絶えず、洗っても落ちない血にまみれ、死に損いが道連れをより多く作ろうと伸ばす手を振り払い続けねばならなかったあの日々に。生き地獄に。
平穏を手に入れ、生き急ぐまでもなく緩やかな時間を過ごしているからこそわかる。あそこで生き続けられる人間は正気の沙汰じゃない。きっとどこかが壊れているのだ。


「さて、茶でも煎れるか佐助。確か団子があったよな」


すっくと立ち上がり、降り注ぐ光を浴びる彼は眩い。春先の目覚めを含む光のその中で、目を細めながら佐助はさっきの言葉をずっと繰り返し反芻していた。


(俺はなぁ、佐助。ずっと戦場で生きて、戦場で死ぬと思っていたよ)


力強いそれは、その時分にそう確信して疑わなかったこと。だけれど彼は今を生きている。戦の失せた、平穏な世の中で。
あのときに、いっそひとおもいに死にたかったのかよ、あんた。
切々と押し寄せる、願いにならない言葉から逃げるように、佐助は目を閉じた。




愛した世界は消えたけど







































CG/ルル




ルルーシュ・ランペルージについて、どう思いますか?


A.枢木スザク
友達だよ。
授業をサボったりちょっと不真面目だけど、要領が良くて、みんなから慕われてる。よく会長のオモチャにされてるよね。きっと会長もルルーシュが渋々付き合ってくれてることに甘えてるんじゃないかな。
そうそう、妹のナナリーをすっごく大事にしてる。七年前からもそうだったけど、いつもナナリーを一番に考えてて、何を犠牲にしてもナナリーのために行動するよ。でもあれはちょっと過保護過ぎるんじゃないかなぁ。学校でもけっこう有名になるほどだもの。ナナリーのためなら自分の兄妹を殺しちゃえるんじゃないかってくらい。
…やだなぁ、例えだよ。兄妹を殺せるわけないじゃないか、普通はさ。




A.ロロ・ランペルージ
とっても優しいよ!ちょっと過保護っぽいけど、口煩いなんて思ったこともない。だってそれは僕のこと心配してくれてるってことでしょ。
兄さんはいつも料理を作ってくれるんだ。僕もときどき手伝うんだけど、僕の手伝いなんかいらないくらい手際が良くて、下手な女の子よりも上手なんじゃないかな。僕、兄さんの料理大好き!
え?兄さんに弟はいない?誰だよそんなこと言うの。兄さんと僕は二人っきりの家族だよ!




A.シュナイゼル・エル・ブリタニア
数多くいる兄弟の中で、特にかまっていた子かな。昔から聡明な子でね、理解の難しいはずのチェスの相手を、よくせがまれた。これがなかなかの腕前で、十歳に満たない子供とは思えない打ち手だったよ。だから私は少しあの子が怖かった。あの年齢であそこまで聡明な子が、いつしか私を脅かすんじゃないかってね。
おや、私の弟ではなく、ルルーシュ・ランペルージのことについてだって?居もしない人間を語れだなんて、面白いことを言うね。




A.紅月カレン
良くも悪くも、頭の切れる奴よ。あと、人をよく見てるわ。あ、見てるってのはそのままそういう意味じゃなくて、人の背景事情を見てるっていう意味。頭が回る分、人の機微を察するとさりげなく助けてくれたりもするわね。まあ逆も然りだけど。
…優しいのよ。妹のナナちゃんの体があんなだからか、ルルーシュって優しくなるととことん甘やかしてくれるの。
…ねぇルルーシュ。私、あなたを信じても良いよね。




A.某魔女
甘いな。あの男の息子とは思えない慈悲深さだ。
懐に入れたものには無尽蔵な慈しみを与える。それがあまりに認識しづらいほど丁寧なものだから、きっと居心地が良いだけでそれとわかる人間は少ないだろう。まるで空気のようだ。あって当たり前。ないと苦しい。
かく言う私もあの残酷な優しさに幾分救われた女だ。童貞のくせに私を泣かせるとは、なかなか女泣かせな罪深い奴だな。…そうだあいつは罪深い。だが、そんなあいつだからこそ、私は傍にいる。
私だけはお前の傍にいるよ、ルルーシュ。




ひとりぼっちの世界の敵







































WJ/692718




行ってらっしゃいを、おかえりなさいを。
彼は誰かが出かけるときに、いつも言う。例えそれが帰ってくる見込みのない任務や、敵対するマフィアに情報をリークするユダに対しても、変わらない笑顔で。まるで全てを見透かし、許すような笑顔で。故に末端の偶像崇拝思想の構成員は、ドン・ボンゴレデーチモをゴッドファーザーではなく、プリーストと影で呼んでいることを、雲雀や他の守護者や、滅多に姿を見せない骸さえもが知っていた。与かり知らぬは本人ばかりである。
何がプリーストだ。あれは博愛主義の面の皮を被ったエゴイストだ。
十年も前の過去に遺恨を残したらしい雲雀と骸の両者は、奇しくも不本意ながら同じ意見を件のデーチモに寄せていた。
彼はあの穏やかな笑顔を浮かべつつ、わりに汚いことも侭やった。その空のように広大な慈しみは、飽くまで彼の庇護下と認識される範囲にしか適用されない。腹立たしいことに、雲雀と骸も枠の中にいる。
似ていないようで根本が似ている二人は、手段の違いはあれど、例外を除いて人と馴れ合うことを避けた。それを知っても尚、忘れたように懐に抱き込むデーチモを正直苦手に(否、あれは既に嫌悪の域にまで事は及んでいた)思っていた。
そして二人の苦々しい思いを助長する結果が、今、目の前に転がっている。


「まだ、傷は塞がらないみたいだね」
『はあ。一応血清で体に毒は広がりませんでしたけどね。傷口のがまだ残ってるようで』
「いっそそのまま死んだらどうですか」
『嫌です。ひ孫の顔を見るまで死ねませ、』


聞くに堪えない醜悪な音がして、筆談に応じていた声の出せない我らがデーチモ沢田綱吉は勢い良く吐血した。
喉を抉り、危うく声帯を駄目にまでしかける重傷を負ったデーチモは、今は家庭教師の任を降りた某アルコバレーノにこっぴどく叱られたらしい。未だに頭が上がらないらしく、始めは他人に助けを求めていたが、今度ばかりは家庭教師の言い分の方が圧倒的に正しいので、大人しく怒られていた。
曰く、下っ端ならまだしも、力を認められてその地位に就いている守護者をかばって重傷を負うとは何たることか、と。
ちなみにドンにかばわれて始末の悪い守護者というのが、現在のたうちまわって血を撒き散らすドンの様を見ているしかできない二人である。


「なんでかばったの。普通守るのは僕らの仕事でしょ」
「そうですよ。まさか君如きに守られなければならないほど僕らが脆弱だとでも?」


それなら始めから護衛になど就いていない。
首に巻かれた包帯や口元に滲んだ血を拭こうともせず、デーチモは心底安堵したように笑った。その笑みが無性に苛立ちを掻き立てた。思いきり顔を歪めて病室を辞する。
二人は黙って並んで歩いた。普段は有り得ない光景だけれど、そんなことが気にならないくらい怒り心頭だった。今だけ、今だけは互いの利害が一致した。向かう先など口にせずともわかるだろう。
報復を。二度と牙を研ぐ気にならないように。
飽くまで自分のためにと断って、復讐者は歩き続けた。




僕に優しい左手







































SOS/古泉→神?キョン




「お前が俺をどう思っていようと、ハルヒが俺を好きになるなんてないね」


一瞬、吐き出すのを止めようと決意した想いがどこかで吐露されたのかとびくついた。
何故そう断言できるか、彼がわからない。僕は笑顔を崩して彼を見た。
相変わらず怠惰な学校生活に準じるどこにでもいそうな平凡顔で、あまり笑わない印象を受けるが、けっこうひっそりと笑っていることの多い彼は、涼宮さんが引き起こす超非常識な事象について何もできないとわかっているからか、最近は達観して物事が終着するなりゆきを見守っている姿の方が増えた。


「ハルヒに気を遣ってお前がストレス抱えたところで、鼻の良いハルヒはすぐにお前の不調に気付くぞ」
「今の僕にストレスを抱える理由はありませんよ。幸い最近は閉鎖空間もご無沙汰ですしね」
「本当か?」
「こんなことで嘘を言っても仕方ないじゃないですか」


西日が差して暖かい色の光が、僕と彼しかいない部室を鮮やかに満たす。
彼はゆっくり僕に近付いた。日頃僕が顔を近付けると散々に言うくせに、彼は自分から近付くことをどうとも思わないのか。それは自分にも当てはまると思い至り、心の中でそっと苦笑いをこぼす。じっと目を覗き込まれて、居心地が悪くなってそっと視線をそらした。


「古泉」
「はい」
「恋をするとな、心拍数が上昇し血流が良くなり、瞳孔が収縮して、相手がとても魅力的に見えるそうだ」
「それは初耳ですね」
「人間の体の中で一番膨張する場所が瞳孔なんだと。知ってたか?」
「いえ…それと涼宮さんにどう関係が?」


彼は胡乱げな顔で叩きつけるようにして言った。


「ハルヒにそんな変化はない。あいつは春先の件で俺を好きだと思い込んでいるだけだ」
「そう思う根拠は?」
「お前は生みの親に恋慕なんか抱くか?」


彼の外見年齢はいくら高く見積もっても僕らの親と同じには見えない。彼の言葉は矛盾しているのに、なのに彼の言いたいことが唐突に、すとんと胸に落ちてきた。
喉が乾く。


「なあ古泉」


止めて。これ以上何も言わないで。


「なんで目を合わせない。なんでお前がそんな顔をするんだ」


そんな、劣情の混じった顔で。
僕は塞き止めていた何かが決壊して溢れる衝動のままに彼を抱き締めた。素気ないシャンプーと少しばかりの汗のにおい。こんなにも人間に似ているのに、彼は人間じゃない。
なんて上出来すぎる皮肉なんだろうと僕は彼の肩の上で泣いた。




抱きこんだ悲しみは誰のもの







































いろは/神→秋→坂




死人にすがるなど、不毛なことだ。いつまでそれを悔いているつもりだ。そう投げかけると、秋月は滅多にほぐさないその仏頂面を更に険しくさせて、神無をじろりと睨んだ。


「知ったような口を利くな」


神無を睨む、薄暗い光をともした目が如実に語る。
何も知らないくせに。
あの人の何をも知らないくせに。
知ろうともしないくせに。
ああ知らないさ。
首と永遠の刺客にまつわることに重きを置かれた書類には、もちろん現永遠の刺客である秋月に割合長く関わったとして坂本龍馬のことも触れている。ただし、『触れている』程度でそこから彼のひととなりを推し図るのは難しかった。さわりしか知らないに過ぎない神無は、秋月から見れば、確かに何も知らないに等しいだろう。だが神無は敢えてあげつらう。
何も教えようとしないくせに。
何も語ろうとはしないくせに。
主観の入った人伝ての情報など宛てにならないにもほどがあるが、神無は秋月から見た印象そのままの坂本龍馬を知りかった。否、坂本龍馬を見た秋月の感じたままを知りたいのだ。
首を求め、封印するその使命を何の疑いもなく承知し、それ以外の生きる道を目隠しされた運命をそれと知りながら受け入れ、今までそうやって従事して生きてきた秋月を引き込ませた、一人の革命家。嫌疑者として幽閉されたときも、勝海舟の名前を出して温くはなかろう取り調べを免れようつもりすら微塵も出さなかった、彼に対する潔さ。
全てが解せないから、秋月から彼の印象を聞きたかった。
なのに秋月は彼についての話題は慎重で、そしてその胸に潜めた淡い何かを大事に大事に暖め続けている。それが思慕の念か思い出かは知らないけれど。
神無はただ、彼岸にいるように現実味のない、いらえも返らない過去の幻影を飽きずに見つめる秋月にひどく居心地の悪さを覚えているだけだった。




絶対零度の境界線




thanx:whimsy