ハルヒ 古→キョン
今日は2月14日である。何故か知らないが、製菓会社の陰謀が見事複雑怪奇極まりない女性陣の乙女心とやらを刺激して、この日は女性が想い人へ自らの胸の内にくすぶっている想いを、チョコレートという土産を持参して打ち明けることが主流になっている今日の日本である。おかげで我が校の女生徒諸君は朝から一丸となって教室の隅でクスクス笑いを止めないが、近頃は大半の男子諸君がこれにあやかりたいと願う義理チョコの他にも友達同士で渡す友チョコなどというものまで種類は無判別で、正直祭好きの日本人が便乗した上に内容まで捏造してしまっただけの日であり、祝日でもなければ学校に行かなければならない極々普通の日常と変わらないのである。
と自己弁護もここまでにしておいて、本音をぶっちゃけると、俺も実はチョコをもらえる当てがあるので周りのそわそわ落ち着かない男子どもとは一線画して平然としていられたわけだが(その当てとやらが某奇人変人集団だとしても、もらえるのは嬉しいではないか)。
「何でお前まで渡しにくるんだ、古泉」
「いやぁ、あなたからもらえる見込みがなかったので、ならば自分から渡せば良いのではと思い至りまして」
そこに思い至るまでの経緯とやらを是非知りたい。大体今日は女から男へチョコを渡すのが一般的だ。実は女でしたなんて言葉は冗談でも聞きたくないぞ。俺より背が高い女というのも業腹ものだ。
「懸念には及びませんよ。あなたも知っての通り僕は男です」
「なら余計にこの状況がおかしいとは思わんのか」
「いいじゃありませんか。納得できないのなら、友チョコという奴で溜飲を下げて頂いても僕としては構いませんが」
納得できるできないの話ではないような気がするのだが、見たところそれなりに高いブランドもののようだ。無下にするのも、古泉如きを意識しているようで嫌だ。
「これと同等の値段のものは期待すんなよ。流石に俺の財布が断食腹まがいな空き具合だ」
「お返し頂けるんですか」
「何にそんな驚くことがあるか知らんがな、もらってばかりは俺の性に合わん。ハルヒ達のついででよけりゃ用意してやらんこともないぞ」
何がそんなに嬉しいのか、チョコに窮することなどない面の良さの癖に、古泉はにこにこ笑いながら、「期待してます」 なんて幸せそうに言いやがった。やれやれ、返済期間に一ヶ月の猶予を設けた奴は誰だろうな。早くこのむず痒さをどうにかしたいもんだ。
きみのXはセミグラム
(Xに期待を込めて)
APH 欧米兄弟→日本
そもそも日本には相思相愛が成立するに、なかなか難い風習があった。それは階級だったり身分だったり、主に生まれた時点で決定づけられるどうしようもない事柄であることが大半なので、諦めるより他なかった。日本は、そういった愛憎相半ばな相関を、飽きるほど見てきたつもりである。
「何分無学な物臭ですから、他の国の方々にそのような慣習があること自体知らなかったのです」
アメリカは幼稚にも唇を尖らせ不平を漏らし、イギリスも取り繕ってはいるが肩を落としている。
2月14日、聖バレンタインデーの今日、アメリカ・イギリスの両国がてっきり日本から(意味の程度に差こそあれ)チョコレートなんぞをもらえるものとばかり思い上がった日である。しかし過去にビーフシチューを肉じゃがに作り換えてしまった日本では、せいぜい既製品を輸入して手を加えるくらいが限界だと言う。
「それでもいいからくれよ!チョコレートをバレンタインに振り撒くのは日本だけなんだぞ!」
「皆さんの場合は違うのですか?」
騒ぎ立てるアメリカの後ろで、イギリスはそっと目を反らした。
まさかキリスト教の司祭が殉職した日だと説けば良いのか(あまつさえ、アメリカなんて人死にまで起こしてしまっている)。イタリアは意外にも関係を持っている相手以外に贈り物はしないし、フランスはあれだ、年齢なんて考えもせずに口説いてくる国である。一体どう説明したら良いのやら。
「ま、その、なんだ、チョコに限らず花束とかカードとかを渡すな。男から渡すことも珍しくないぞ」
「わ、私は国民の皆さんが一斉にチョコを渡す日だとばかり…」
「まあ、日本の場合は特別なんだろう…」
本命だけにチョコを偲ばせるのは、日本でも特に突出している羞恥心が許さなかったのだろう。あげる相手のカテゴリが増え、どこで間違ったのか今では挨拶代わりが如く軽々しく交換が為されている。重みが根刮ぎどこかへ行っているようだ。
「ローマの祭が起源になってるらしい」
「イタリアくんのところですか。そういえばあちらもお祭り好きな方が多いですよね」
正直言ってかなりどうでもいいことだったので、イギリスは敢えて言及しなかった。しかし、面と向かってチョコレートを要求するのはその紳士主義に反するので、役不足なアメリカ以外で彼の背中を押す人物が現れない限り、思わぬところで開かれたバレンタインに纏わる講習は尚も続くことだろう。
Aは言う。「きみにとってそれは何だい」
(Bは応える。「ただのYよ」)
WJ REBORN!/6927
「だってあれは心臓でしょう。なのに心房もないわ、色はファンシー通り越してエキセントリックだわ…本物はもっと生々しい色ですよ」
「あ、そう…そうなんだ…」
本物の心臓が一体どういう見目なのか、良ければ知る機会など永遠に消滅してしまえばいいと思っている沢田綱吉にとって、そろそろ人外魔境の域を脱してもう人知の及ばない場所へと向かうしかないのではと思われる彼、六道骸の話は要らない情報そのものであった。というよりも、人がせっかく想い人から(他意がないことがわかっているからどこか寂しいけれども)チョコレートをもらえたというのに、向上した気分が直滑降で墜ちてゆくような話題を振らないで欲しいものである。
過去現在未来を一貫して平穏に過ごしたい(というささやかな願いも最近叶っているのかひたすらに怪しいところなのだが)綱吉は、バレンタインデーにそわそわして、義理本命問わずもらったチョコに一喜一憂する普通の学生と同じでいたいのだ。それを現在進行形でぶち壊しつついるのが、どうやら本物の心臓の見目を知っているらしい話し振りの南国果実風な髪型甚だしい目の前の奴であるが、一体こいつは何が言いたくてこんな隣町までわざわざ汲んだりしているのだろう。髪型のセンスもわからないが、そこら辺の思考もよくわからない。六道を巡っている内に正常な思考回路を落としてきたのか。どうでもいいがせめて恐怖政治の代名詞こと某風紀委員長様が嗅ぎつけて来ないことを願うばかりである。彼らの常識を捨てた戦闘に巻き込まれ、もらったチョコを食べられずに夢半ばにして凶弾に倒れるような事態はそれこそ死んでもごめんだった。
「聞いていますか沢田綱吉」
「ごめん聞いてない」
「良い度胸してますね。そんな荒んだ目で僕を見ても怯みませんよ。生憎今日はきみにチョコをもらうという重大任務を控えていますから」
「…うん。話のくだりが急展開だね。何で俺がお前にチョコやんなきゃいけないんだよ」
「嫌ですね、忘れたんですか?今日は聖バレンタインデーですよ?ヴァレンティヌス牧師が撲殺されて諸外国から祝日とされる日です」
「そうですか、心臓云々はその前振りですか」
「だからきみは僕にチョコを渡さなければいけません」
意味わかんねぇよ!
ハートの形なんて一体誰が決めたの
(あんな悪趣味な色と形!)
BSR みんな旦那が大好き!
これでも、真田幸村はそこそこモテる方である。顔の作りもまあまあ、性格は明朗快活にして快哉(ちょっと子供っぽくて暑苦しいけど)、恋愛事に過剰とも取れるほど反応しなければ善人に類する人なのだ。ややもすれば、今日は往々にして鞄の中が甘ったるい臭いでむせかえるほどで。
幸村の鞄から弁当箱を抜き去り、佐助は鼻に皺を寄せた。
「まぁたみんな旦那を餌付けしてぇ」
徳用チョコレートの袋や、生菓子、何やらチョコレートとは全く関係ないものまでエナメル質の鞄の中でひしめきあっている。
「げ、ゴディバじゃん。どうせあのいけ好かない眼帯野郎からでしょ。後は前田の風来坊かチカちゃんからかな。みんなよくやるよ…」
そりゃあ、仲が悪いよりかは良いことの方がよろしいが、幸村の生活態度を監督している身として以上に親愛の情溢れる佐助にとっては面白くない。天塩にかけて育てたプランターに害虫がついた気分だ。
そのプランターこと幸村本人は、バレンタインが菓子をもらえる日だと勘違いしている始末だが、それだけが佐助の心休まる事項である。何せそういう話題を振る度に顔を赤くして耳を塞いで破廉恥と叫ぶのだから、からかい甲斐があって面白いのは十二分にわかる。このチョコレートの山に紛れてこっそり入っているであろう本命のひとつやふたつに含有される想いが報われないとわかっていても、沸き上がる同情心などほんの僅かだ。旦那は俺様が一生懸命育てたの、と(間違った)主張をしようかと幾度となく画策する辺り、既に佐助も幸村の周囲にいる人間と同じ穴のムジナであることは、あまりに嫌な事実なので佐助はひっそり目を瞑っている。
「佐助、お前俺の鞄の前で何をしておるのだ」
「ん?いんや、旦那がチョコいっぱいもらってきたから、旦那さえ良ければお菓子でも作ってあげようかな、なんて」
「まことか!ならばいくらでも持って行くが良いぞ。佐助は菓子も旨いからな!」
そう言って真っ先に突き出されたのは、例のゴディバである。細かく装飾が施されたチョコレートをわざわざ溶かすのも抵抗があるが、あの眼帯の半ば本気かつ傍迷惑な想いを一瞬で無下にした幸村に拍手を送りたくもあった。
俺、旦那の育て方間違ってなかったよね!
下と真ん中の違い
(心のありか)
ひぐらし ありえない日常の一枠
ただでさえ閉鎖的排他的な昭和の雛見沢にバレンタインという西洋かぶれな行事はまだ浸透していないが、外国にそのような行事があることだけは圭一も耳にしていた。だからと言って誰かにプレゼントをやるなど愚昧は冒さない。あげたが最後、部活メンバー全員にせっつかれ、むしり取られ、それ以降毎年この日の出費が確約されるのだ。働いてもいない圭一は月一の小遣いが何よりの収入源である。取り分が目減りするどころか一文残るかすら怪しいくらい遠慮のない部活メンバーの女性陣を挑発するなんて考えるだけで恐ろしい。
故に圭一はその日の一週間前後は貝の如く口を噤むことにした。これでかさむ出費を防いだ!…はずなのだが、
「おはよう圭ちゃん。今日は何の日かわかるかな?」
「何の日って…2月14日って何かあったか?」
「圭一、今日2月14日はバレンタインデーという日なのですよ」
にぱー、と笑いながら話しかける梨花に圭一は不覚にも噤む口さえ忘れかけた。魅音も圭一を見たままにやにや笑うだけだし、レナに至っては『かぁいいモード』とやらに移行している。何かがおかしいと漸く圭一は気付いた。
「今日は男性が女性にお菓子を捧げる日ですわよ圭一さん。にーにーはそう言って毎年この日に私や部活メンバーにお菓子を振る舞ってくれましたのに、圭一さんはご存知でなかったかしら」
ねぇにーにー、と沙都子が話を振った先で、悟史は柔和な笑顔のまま曖昧に言葉を濁していた。
お前か、お前が余計な上に間違った認識を植え付けた本人か。
悟史は、色素の抜けきった沙都子と同じ金髪を無造作に掻き掻き、赤い目を圭一に向けて声を潜ませた。
「本当は沙都子にあげるだけでそんなつもりはなかったんだけど、沙都子がみんなに自慢しちゃってさ…今年からは僕の負担が減るから嬉しいな」
「召されろ土に還れ。俺の負担を増やしてそんなに嬉しいのか」
「むぅ。一連托生だって圭一」
そんな一連托生は要らない。
「ほら男ども!観念して財布出しな!」
「みぃ、羽入にも持って帰るのです。魅音も詩音に持って帰ると良いのです」
「沙都子ちゃんも梨花ちゃんもお持ち帰りぃ」
尚も言い募ろうとした圭一は、何だか馬鹿馬鹿しくなって止めた。倒錯的な衣装に着せ換えられないだけまだマシである。
来年のこの日も、どうせ同じ目に合うのだから。
だからさよならは知らない