ダサいのう。
まさか今時の言葉を老齢な、かなり尊敬している後見人が言うのを聞いて、脳天に雷が落ちた気分がした。
体育が好きで、制服よりも先に試着した体操服を着て、誰よりもいち早く見せたかったというのに、なんだこの仕打。
豪気に笑う保護者に、真田の無垢な心はズタボロになってしまった。酷いことを言ったと自覚がない保護者はまだ笑い飛ばしている。




いたずら




暑苦しい気合いを叫ぶ声を聞いて、自販機でスポーツドリンクを買った伊達はふと足を止めた。
憎たらしいほどの快晴の下、無数の生徒がコートの中で騒がしく動いている。運動場だけではない。付設されている体育館の方からも、女子の甲高い声が響いている。あちらではバドミントンをやっているらしい。何故女子という生き物は耳に障る声を直ぐに出すのだろう。耳が痛くて仕方がない。そんな本日は球技大会である。
伊達は今しがたスパイクを見せた元気な生徒が気になる知り合いだと気付き、嘆息した。この球技大会は学校の個人的イベントなので保護者閲覧は許可されないのは全校生徒の既知の範囲である筈なのに、やりましたぞお館様ぁあ!と姿無き保護者に訴える頭の悪さに伊達はぐび、とドリンクを仰いだ。自称彼の保護者がぴょんぴょん跳ねる彼を押さえ付けた。


「ん、あれ毛利じゃねぇか」


日がな日輪よと言うのが特徴の癖に日光が痛いのか、タオルを頭から被り、応援に湧くクラスメイトから離れてコートに霧散する男子をぎりぎり睨む毛利に、伊達は何しに来たんだかと呆れた。敵前(?)脱兎を良しとしない変な律儀さが仇となったか。張ったピアノコードの緊張が、まさに毛利の周りを取り囲んでいる。それに近付く馬鹿が一人。伊達が、毛利の逆鱗に触れた長曾我部が毛利に八つ裂きにされる様を見ている内に、真田や佐助のクラスの試合が終わった。雄叫びが木霊する運動場を見返して、伊達は汗の垂れた顎を拭った。


「うぉぉお!佐助ぇ!勝ったぞぉ!お館様の誉れ高いぞぉ!」
「あーはいはい、次の試合の邪魔だから退くよ」


騒がしい奴ら。伊達は苦笑いを溢し、そして立ち上がる。勿論功績を労うためだ。真田の。温くて良けりゃ手元にある飲料も寄越してやろうか。


「Hey幸村、見てたぜ。準々決勝進出決定戦」
「じゅ…?」
「今の試合のことだよ」


ぱっと真田の顔に笑みが広がった。余程嬉しかったと見える。


「お館様に誉められるでござる!」
「アンタは本当にお館様ばかりだな」
「優勝したら佐助からも団子を奢ってもらえるので!」
「ちょっと旦那いつからそんなの決めたのさ!?」
「今だ!」


佐助は無言で真田を叩いた。伊達はからからと笑う。
あちらで歓声が上がった。伊達のクラスだった。


「…と、俺んとこも上がったみたいだな」
「む。伊達殿ともその内当たるということか…」
「でもどうせ独眼竜のダンナは試合には出ないでしょ」


言外に、今ですら出てないし、と佐助は冷ややかに伊達をなじる。伊達は佐助の鼻をボトルのキャップに押し込みたい衝動を堪え、余裕ぶって笑ってみせた。


「俺はFoolじゃないからな。全試合に出て体力を減らすような効率の悪いことはしないさ」
「伊達殿!それでは全ての試合に出ている者は馬鹿と申すのか!?」
「つっかかんなよ幸村。俺はお前との試合のために体力温存を図ってるんだぜ。You see?」


ぐうの音も出ない真田は佐助に何か言い返すのを期待しているらしいが、佐助の顔を見る限りでは、癪に障るが伊達と同様のことを考えているようで、何食わぬ顔で自販機で買った飲料を開けていた。口をへの字に曲げた真田は納得など到底していないように見えるが、少し学習したのか何も言わなかった。


「まあ、勝ち進めば当たるでしょ。独眼竜のダンナと試合いたければ頑張れば良いよ、旦那」
「…お前もだ佐助!」


伊達は死ぬほど佐助が羨ましかった。
真田の頼る人と来たら一に佐助二に佐助と、その人一人に占められている。そして共闘はあれども、伊達が真田から頼み事を任されたことがないということに優越を感じている佐助は、甘んじて真田の我が儘を聞いてやっているのだ。佐助と真田の付き合いの長さを越えることは到底無理だが、それでもやはり悔しいとは思う。


「伊達殿!某のクラスと当たるまで、負けなさんように!」
「Ah?寝言は寝て言え。俺がチームに入ると無敵だぜ?」


伊達は真田に持っているペットボトルを渡した。首を捻る真田に、「飲みかけで良けりゃやるよ」と言ってやると、満面の笑みで中身を飲み干した。


「…温いでござる」
「文句言うな」


文句を言いつつも伊達のドリンクを飲み干した真田は矛先を変えて佐助のドリンクに手を伸ばした。寸でで佐助ははしたないと真田を叱り飛ばす。


「けちけちするな佐助!」
「アンタのやることに寛容になったら持ってる食い物全部奪われちまうよ!」
「な…っ、そこまで意地汚く無いぞ!」


それはどうだろう。伊達は首肯為かねた。
佐助は真田に背中を叩かれながら対戦表を覗く。その後ろ姿が酷く誇らしげなのを伊達は目の錯覚だと妥協した。羨ましかった。勿論現在進行形で。


「独眼竜のダンナのところ、あと一戦上がったら決勝だね」
「負けてられんな!」


校庭の片隅の、コートに足が向けられる。去っていく背中。それを止める理由も権利も伊達には無い。胸糞が悪くなって伊達はペットボトルをゴミ箱に投げ入れた。キャップだけ縁に弾かれて伊達の足元まで転がる。苛立たしげにそれを踏みにじり、またコートに目を戻す。
仮にあそこでサーブを打った佐助が、バランスを崩して頭を打ち付けたら。気絶か即死をして動かない佐助に真田はやはり近寄って、肩を揺するだろう(それは頭を打った人間にしてはいけないのだけれど)。何度も何度も名前を叫んで、クラスメイトの制止を無視して肩や顔を叩くのだろう。
真田は決して助けを求めない筈だ。普段助けを求める人間の窮地に、普段助けを求める人間の名前など呼べやしない。他を頼る術など、真田はきっと持ってない。
足の下で、キャップがざりざりと鳴る。
ホイッスルが響いた。伊達のクラスメイトが背中を丸めてコートから出ていったが、そんなことは伊達には関係なかった。