真っ赤で大きなバッテンなんかつけられたテストなんて紙飛行機にして飛ばしちまえ。こんなもの、人の足並みの基準を測るものなんだから!HAHAHAHAHAはは…はぁ。




えにし




佐助は呆れて物が言えなかった。目の前で悩んでいる彼には悪いが正直これはお手上げだ。眉根を寄せてうんうん唸る彼を見ながら佐助はため息を吐いた。


「…旦那、去年の授業内容は妥協するとして、なんで中学の内容まで忘れてるの」
「うう、うるさい佐助!俺が真剣に悩んでいるというのに!」
「はいはい悪かったね。じゃあもう教えない」


横暴だ!とヒステリックに叫ぶのは、今学期またも再考査が決定した哀れな一生徒である真田幸村その人だった。この度は日本史と古典の赤点を賜った。いつもなら軽く勉強する振りをするのだが、今回は進級に関わる一大事なのだ。担任からしこたま脅された真田は泣く泣く不得手な勉強に手をつけようとするものの、今まで怠慢していた勉強など何から手をつけて良いやら考えあぐねるばかりである。
机に突っ伏し動かない真田を見遣り、佐助は自分がいなかったらどうするつもりだったのだと思った。僅かばかり赤点教科の中に英語がなかったことへの安堵と、嬉しい気持ちもあるのだけれど。だってあいつの出番はない。
佐助は焦茶色の隻眼を嘲笑った。ざまあみろ。


「ちょっと旦那、勉強やる気あんの?」
「うむ…しかしどうしても頭に入らないのだ…」
「入れる頭も無い癖に」


真田は佐助を睨んだが、反論すべくもないので口は開かない。一瞬目を開かれた教科書に落としたが、またも唸って消しかすを佐助に弾き飛ばした。ちょっと、と佐助は非難する。


「何故今回に限って長曾我部殿は赤点を免れたのだ…」


真田は常連の赤点生徒にやじを飛ばした。佐助はその往生際の悪さに苦笑いをやった。


「長曾我部のダンナは、単に今回のテストの大切さに運良く気付いただけでしょ」
「ずるい」
「ずるいったって」
「佐助は?」


佐助は黙った。
要領が良い佐助は、優先順位をつけられて実行するだけの自制心があるだけだ。そして真田は馬鹿正直に習ったものを復習しようとして時間が足りなくなるのだ。何が大事か旦那は見えてないからでしょと言うのはあまりにおこがましく手酷い。曖昧に茶を濁した佐助に納得が行かないというふうに真田は口を尖らせた。


「伊達殿は当然、今回も赤点はないだろうな…」
「だってあの人一回ダブってんじゃん」
「うるせぇよ」


佐助は半眼になりながら後ろを向いた。真田が伊達殿、と嬉しそうに言った。伊達はしてやったりと佐助を見たが、真田の目が伊達の持っている輝かしき抹茶オレを捉えていることを幸せ哉、伊達は気付いていない。真田が大の甘味好きということはその筋で有名である。


「俺はテストの日に運悪く休みまくっただけで実力はあるんだって」
「テストだってこと忘れて休んでた癖に何言ってんの」
「伊達殿、伊達殿、その抹茶オレをくれませぬか?」
「わりぃ、全部飲んじまった」


真田はこの世が終わったような顔をした。


「なんだ幸村、お前また赤点なのか?」
「……」
「取ったんだな」


俺が教えてやろうかと伊達が言う前に、佐助が先手に旦那は英語は赤取ってないからお呼びじゃないよと遮った。伊達はぎっと佐助を睨む。


「真田の飼い犬が」
「俺はちゃんと人間だよ。どうせ片目しかは見えないけど残りも見えてないみたいだね」
「佐助、俺も抹茶オレ買ってくる!」
「だぁめ!旦那明日居残りして追試だろ!今やらないでどうすんの!?」
「しかし糖分を摂らねば頭が働かぬ!」
「頭に糖分行かない癖に何言ってんの!先刻バウムクーヘンとクロワッサンドーナッツ食べたでしょ!」


伊達は、必死に戸口へ向かおうとする真田と行かせまいと真田の制服の襟首を掴む佐助の攻防から目を放し、足元に散らばっている真田の解答用紙を拾った。空の紙パックに呼気を入れ、べこべこ音を鳴らす。一頻り紙パックで遊んだ後、ストローを噛みながら呟いた。


「名前くらい漢字で書けよ」


男手なのでお世辞にも綺麗とは言えない文字の羅列が「さなだゆきむら」と用紙に張り付いている。先ず最初の訂正が名前からの、ある意味レアな解答用紙を眺め、伊達が駄目だこいつ。と思ってしまったのは、致し方ないことである。


「あれ?政宗じゃねぇか」
「元親」


どこかしらやつれて見える隣のクラスの長曾我部は、真田と佐助が走り回って空いた席に崩れ落ちるように座った。


「今担任に呼び出されてきたんだけどよー」
「お前今回赤取ってないだろ」
「それがさ」


重苦しいため息を吐いて長曾我部は机に置かれたままの真田の教科書の端を勝手に折り始めた。山折谷折山折谷折…


「俺他の学期で赤点取ったからってさ、提出物も出してないし、もう駄目だわ。追試決定だとよ」
「真でござるか!?」


人の不幸を笑うなと佐助は真田の頭を叩く。しかし真田の目は仲間が増えたと喜びで輝いている。長曾我部は、また宜しくなと苦笑いをして真田に言った。
佐助は何故だか面白くなさそうなむすくれた顔をし、伊達は伊達で真田の珍解答を指差して笑っている。怒った真田が抹茶オレのゴミを伊達に投げ付けるのは、後数秒先のことである。
今日も怠慢で緩慢な一日は終わる。