絵を描くのなら、雨の降る外へわざわざ出る必要のないようにと紙と鉛筆を渡したが、子供は鉛筆を物珍しげに見た後、口に含んで顔をしかめた。


「まずい」
「当たり前じゃん。それ鉛なんだから。体に毒だよ」
「なまり?」
「拳銃の弾とかに使うやつ」
「けんじゅう?」
「人殺す武器。ばーん!って」
「火縄銃なら見たことありまするが」


寧ろそっちの方がお目にかかれない。いや、本物はどちらも見たくないが。
慶次は、何もおかしいことなど言ってないと目を瞬かせる子供の姿を見て、苦渋とも苦笑ともつかぬ妙な顔をした。子供は鉛筆を指でつまんで一頻り転がした後、おもむろに手に持ち、迷いのない筆捌きで髪に線を書いてゆく。線だったものは絵になり、やはりそれは馬だったり弓を背負ったものだったりと相変わらず子供の見た目を裏切るちぐはぐさを持っている。その中に、何やら刀を六本も持った三日月の前立ての侍や、黒い鳥につかまって悠々空を飛ぶ人間までいる。


「これ誰?」
「伊達殿と佐助だ」


知った名前が出てきて、慶次は一瞬ぎくりとした。


「佐助は某の忍で、伊達殿は良き戦相手だった。伊達殿は、らいばる、と申されていたが、当時の某は南蛮語を知らなかった故にたびたび伊達殿の申される意味がよくわからなかったでござる」
「ちょ、ちょっと!お前が死んだのは子供の頃じゃないの?」
「違いまする。某の享年は四十半ばでござる」
「え?病気か何か?」
「戦で、首を刎ねられまいた」


いやらしい笑み。この齢の子供には不相応な、顔の造詣の歪んだ笑みだった。朝から続いた雨で冷えた空気が一層冷たく思えて、腕から首から総毛立つ。
そういえば家においてきたペットの猿はちゃんと大人しくしているだろうかと頭の片隅で考え、ただの逃避だと気づく。


「長曽我部殿も毛利殿も、この世に出ておられるようで、無事転生を終えたのだと安心しまいてござる」


毛利はともかく、長曽我部という名はとても珍しく、その上有名であるために覚えている。確か大手造船会社の若社長ではなかったか。新聞で見た彼は、政宗とは反対側の目に眼帯をはめ、逆立った髪は白く柔らかな光を放っていた。
子供の言うそれが慶次の知っている本人かは知らないが、何となく確信はある。


「なあ弁丸」
「はい?」
「お前が生きてた頃に、俺らも生きてたかい?」


気まぐれだった。前世とか、ありもしないはずの記憶など信じているわけでは決してない。しかし何となく、この子供は嘘は言わないのではないかとぼんやり考えた。
子供は一時慶次の言った言葉にぽかんと呆け、それから、聞かれたことが嬉しいというように笑み崩れ、言った。


「夢吉殿もご健勝でござった」


ペットの猿の名前すら言われ、慶次は今更ながら背筋がぞっとした。
全く、笑えない。