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前田
(なあなあ遊ぼうぜ!!)

暇な日どっか行こうよ!


政宗
Re:なあなあ遊ぼうぜ!!

嫌だ。てめぇ一人で遊んでろ。




*




結局騒がしい休日が終わったのは確かで、政宗はそんな余韻を残したくなくて数件の送受信済みメールを削除する。目端から見ても女々しいとわかりきっているのに、どうもこの作業だけは止められない。いらないものは持っていても仕方ないという自明の理を以ってして、正当性を声高に主張して、消す、消す、捨てる。


『送信メール削除しました』
『受信メール削除しました』


携帯電話は、パソコンとは違って、ごみ箱なんてサポート機能はない。よって捨てたメールやファイルはもう戻らない。戻らないから安心する。女々しさを唾棄し、捨てたものを諦める。
だから携帯電話のメールは簡単に破棄できる。


「政宗様」
「Hey小十郎、今時年下に様なんてつけるような馬鹿丁寧な奴なんかいねぇぜ?」
「しかし、政宗様は政宗様ですので」


政宗はため息を吐いて携帯電話を閉じた。几帳面に直立不動をとっている強面の男を見遣り、なんだかまたため息を吐きたくなった。左の、顎から頬にかけて渡る斜めのドス痕を見るたびにひどくミゼラブルな思いをする。
お前が俺の、小学校のときの授業参観にきたときの周囲の反応は、そりゃもうしばらくご近所の語り草に欠かないほど大層なものだったぜ。友人はあからさまに腰が低くなったし、担任は何かあったら家にきて良いとどこか哀れむような目で住所を教えるし。なんなんだ一体。
政宗は下唇を尖らせた。


「恐れながら政宗様、使わないものは早々に処分された方がよろしいのでは、」
「Shut up、小十郎!」


小十郎の言う使わないものが何を示唆するのか、政宗も大体わかっている。政宗は部屋にひっそりと佇む竹刀を見た。
あれから一年は経っているが、触るどころか手入れもしていない。埃の積もった惨めなそれにまだすがっている自分が、殊更女々しい。メールはああも簡単に削除できるというのに、剣道のどうしようもない高揚の余韻だけは今も手放せなかったのだ。


「くそ、真田幸村があんな腑抜けになりさがったなんてな、jokeもいいところだぜ」
「政宗様…」


表面上は穏やかな茶会へ興じたあの柔和な顔は、今も拭えないあの試合で見受けた、身震いするようなギラついた目の名残すら感じられない。真っ先に脳の電気信号が作り出した化学反応は失意だった。
おまけに政宗のことを忘れているわ、殴り返そうとしないばかりかとても悲しそうな顔をするだけだわ、逆に、あれは既に過ぎたることでござると諭される始末。嗚呼、決着をつける前に彼はもう棄権したのだ、情けない(どっちが?)。取り残されたような感覚を味わうならこんな偶然はいらなかったと政宗は歯噛みした。


「体は鍛えてる癖に、何が過ぎたこと、だ」


見て感じた。殴ってわかった。
あれは引き篭って落ちた代謝を抱えている体ではない。足の太さは家から出ない者の脆弱なそれでない。佐助の食管理がなっているかは抜きにして、何より初めて一同会したときのあの言葉は、とても好き好んで出不精を気取っている人間の言葉とは思えない。


『やはり走れば良かったのだ!それならば遅れることなど…』


元より明朗快活にして快哉な性格であろう、けれど政宗がかつて雌雄を決めず仕舞いだった人間だとわかると、やけに眉を下げて泣きそうになっていた。


『理由もなくアンタは人を殴るのか!』


政宗を糾弾した佐助。理由ならある。されど佐助は幸村が剣道をしていたことをも知らないような気がした。根拠はないが、そんな人間にむきになって弁明するのもあほらしいと、政宗は口を噤み通した。
あの世界を共有できるのは二人だけでいい。自分と、あともう一人、ギラついた獣の目の―…




*




何だかんだ言って、政宗は剣道を捨てきれないのだ。強いと思っていた自分と対等に渡れる者が、因りに因って槍術の二の次ときたものだ。切磋琢磨という言葉はせせこましいから好かないが、それに順ずる相手がいて、嬉しかったのに。
政宗がふと目を覚ますと、辺りは夕闇が忍び寄っていた。時刻は六時前。五月も半ば、だんだんと日が長くなってきた頃である。
小十郎はいない。出社したのか、その旨を告げる置き手紙を見つけて、政宗は財布を持って立ち上がった。小腹が空いた。
玄関でくちゃくちゃになっている、履き潰したスニーカーを履いて外に出る。生温い空気が、日に日に夏の幕開けを訴える、先行配布チケットのような気がした。
早く冬になれ。
政宗は呪う。
学生と擦れ違う。よく見れば自分と同じ高校の制服がちらほら。そうだ今日は平日、自分はちょっとずる休み。
学業を疎かにしているわけではない。試験のときは前日ぐらいはちゃんと教科書を開くし、一応成績は上々の位置を保っている。政宗の成績と反比例な勉強に当てる時間の少なさを知る者は、頭の構造が根本から違うのだと苦笑いを溢すが、政宗の場合は要領の良さが突出しているだけだ。英語は単語や熟語や文法の暗記、国語は漢字だけ、理科や地歴公民は流れを大体掴めば頭に入る。政宗もどうしようもないのは、古典だけだ。そこら辺は割愛。
近くのジャンクフード専門店に入る。体に悪いことこの上ないと小十郎は顔をしかめるが、破格の安さはバイトをしていない政宗すら救う英雄である。規制ゆるゆるな本場アメリカでも規制がかけられたと言われる油が混入していようと、大事なのは今の懐だ、多分。季節限定を詠うようなことのない半端な今の季節の店内は、少し面映えない感じで政宗を出迎えた。学校帰りの学生が数人の友人らと並ぶレジで、政宗はあーあ、と思った。
休日会ったばっかだろう。


「あれ?政宗じゃん。ここ家近いの?」


無論、にやにや笑って個人情報漏洩を促す邪悪な質問は悉皆無視を決め込み、とりあえずソフトドリンクとサラダとサンドウィッチを注文。注文の内容を振り返し、しまった軽食のつもりが全然軽食じゃない、と渋面を作るも半ば投遣りに料金を払う。番号札を持ってあちらの席へお座り下さーい、なんて、殊勝すぎて泣けるほど明るくゼロ円な笑顔で宣う彼こと前田慶次を見て、トレーを持ってくるのは確実にこいつだろうなと政宗は薮睨みして番号札を受け取った。
果たしてその予想は物の見事に当たったわけだが。


「なんでお前私服でtrayふたつも持ってんだよ?」
「んー?俺六時上がりなんだ!ついでになんか食べようと思って。席邪魔するよ」


慶次はこの店で一番安いセットを攻略すると同時に、携帯電話を出してまた何か見始めた。曰く、次のバイトのシフト確認らしい。


「バイト楽しいじゃん。金は貯まるし、もしかしたら女の子と仲良くなれるかもしれないし?」


三つも掛け持って、その上ヘルプもこなすという慶次の言葉に目眩を感じた政宗は、お前大学はどうしたんだ類の邪推を口にするのを止めた。こいつ自由過ぎる。


「ところで政宗お前、幸ちゃんと仲直りした?」
「Ah?」
「幸ちゃんだよ幸ちゃん、真田幸村。なんか前めちゃくちゃ険悪だったじゃん」
「…別に、」


逃げ出したのはあちらだ。


「幸ちゃん中学ンとき剣道の決勝でお前と当たったんだろ?」
「お前、知って」
「だって俺あそこにいたし」


準決勝までだけどと慶次はクラブサンドに噛みついた。


「幸ちゃんも政宗に気ィ遣いすぎだし政宗はなんかほぼ怨恨じゃん。つまんねぇだろ、それじゃ」
「…つまるつまらないの話じゃねぇんだよ」


八つ当たり気味にレタスを串刺にする。慶次はむっとした顔になった。


「あーあ、人間恋とかもっと楽しいことがいっぱいあるのに、どいつもこいつも唐変木だね」


うわうぜえ。