刀を、扱ったことがあまりないそうだ。


「じゃあ端っから槍一筋で通してきたのか」
「はぁ、まあ。一応、さる方から手解きを受けて以来は、握ってなどないような気がしまする」
「因みにアンタはそん時幾つだった」
「ふん…確か、十幾年には、足らなかったような…」


沈思して、少し困ったような顔をして幸村は首を傾げた。覚えていないのか、それともその後の初陣があまりに鮮烈過ぎて、記憶を上塗りされてしまったのか。どちらにせよ、幸村が扱えるのは太刀ではなく、脇差しのような小振りな刀のみということだ。


「武家と言えど、真田は我が祖父の代からこの家紋を使っておりまする。然らば、それほどの譜代家臣ではござらぬ」


例えその時分にお館様の覚えが目出度くとも、と、首に下がる銭の束を持て余し、真田は何故か無念そうに目を瞑った。




*




奥州は今、静かに眠っている。しんしん降る雪が何はなくとも音を食い、光源を宿す屋内はそれでも薄闇の中に沈んでいる。そんな中、政宗は降雪の明るさだけを頼りに幸村と差し向かっていた。
幸村はじっと政宗を見た。顎を引き、ともすれば睨んでいるようにも思えるが、しかしその目には殺気も気炎も漂ってはいない。ただ、無機物を見るのと同じように、政宗の出で姿を見ていた。


「伊達殿」
「何だ」
「某がもし、刀を扱えたのなら…貴殿はどうする心積もりだったので」
「…別に。どうもしねぇよ。普段から槍しか使わねぇアンタと、刀で仕合っても意味ねぇだろうからな」
「はぁ」


こてん、と幸村は首を倒す。それの節から、ぱき、と小さからざる音が聞こえた。見れば、幸村は僅かに顔をしかめている。


「そういえばアンタ、前見たときよりも少しだが、伸びたんじゃねぇか」
「な、何がでござろう」
「警戒してる意味がわかんねぇ。背だよ、背」
「ああ」


幸村は首を摩りながら、そういえば、小童の頃には柱を使って背比べをようしました。と、障子の向こうに透ける雪の影を目で追う。
そんな子供染みたこと、一体いつ頃からやらなくなっただろう。
政宗は耽り、止めた。あまり親との関係が優れなかったあの頃に、そんな睦まじいことなどした覚えもない。あるのは母の責め立てる声や秀麗さを歪める倦厭な顔と、父の済まなさそうな顔と、その最期。そして今や腹心の名に恥じぬ重鎮の片倉小十郎の、分厚い背中。良くもあったし、また、悪くもあった過去のこと。
それらとはとんと無縁そうな小奇麗な顔で、幸村はまだちろちろ目を泳がせ、雪の影を追う。それを妬むほど、政宗も子供ではなくなっただけである。


「まあ、父上が戦前に某を呼ぶようになってから、途絶えたと思いまする」
「Ah?何だそりゃ」
「さて、」


幸村は目をくるりとさせてとぼけた。からかう気配もないが、けれども素直に言うこともない。ただまた、障子に映る埃のような影に目を移す。
政宗は諦めて部屋の奥を見た。敷居近くとは比べ物にならないほど、薄暗い。部屋の隅は特に暗く、その内黒々とした影が足を伸ばしてきそうな圧迫感に、政宗は知らず刀の所在を求めた。


「伊達殿」
「ん、」
「火桶はどこにありまするか」
「寒いのか」
「まあ、明るさをとり、温さを捨てたものでござるから」
「あそこだ。部屋の奥」


そう、部屋の隅に未だ混沌とたゆたう、暗がりの一部に。
何の躊躇も、惧れも、まるでないものとでも言うように、幸村は火桶を引き摺ってきた。部屋どころか、この城、この国の主である政宗に何の断りもなく、幸村は火桶を自分の方に寄せ、火箸で炭と灰を掻き回す。燃えて白く成り変った灰の真中がぼんやりと赤くなった。
ざく、ざく、灰を刺しながら、幸村はまた外を見ていた。雪が動く様を厭きることなく、見入っている。何がそんなに楽しいのか、先程から、政宗の方が嫌になるくらい、障子を見透かすように見ている。障子を通る深雪の白さが幸村に投影されたのか、けれど寒さに赤くなる頬や鼻の頭や指先は、政宗にそれほど冷たい印象を与えるのを防いでいるかのようだ。
新雪が、根雪に降り注ぐ。


「あつっ」
「何してんだ」
「いや、えっと…」


幸村の視線の先を追っていた政宗が言う筋合いでもないが、どうやら掻き回していた灰が飛んだらしい。戦中は、あれほど五月蝿く暑苦しいこの男でも、熱いと感じるのかと半ば感心して、幸村の手をとる。
到底、柔らかくなどない。いつも握り込まれている指は、血豆が潰れた痕でいっぱいだった。それが治癒して、また、硬くなる。関節に寄る皺を撫でている内、妙に感慨深い気持ちになった。そういえば、こいつも人間なのか。


「Ah−この部屋軟膏置いてあったか…」


奥に戻って、部屋を探る。普段から身辺の清潔さには五月蝿い政宗は、然程物を置いていない部屋で刻苦せずに溜め息を吐いた。


「悪い。後で小十郎に持ってこさせる」
「いえ、お構い無く。これしきの火傷、その内治りましょう」


焼かれて少し爛れた指が気になるのか、幸村は口に含んで噛んでいた。まるで動物だなと呆れる政宗に、幸村はふと目を放す。


「ああ、」


まるで今気がついたように、目を瞬かせ、政宗を見る。否、政宗を含む、部屋の全てを。


「そちらはそんなにも暗かったのでござるか」


慇懃無礼だと失望するより、政宗は絶望を覚えた。







かれはまえしかみていない。