人を斬ることに痛みを感じること自体、自分が武士として駄目だと示唆されているようで、首級を読み上げられる度に居心地の悪い、なんだかむず痒い気分がした。楽な戦などどれを取っても有り得なく、勝鬨を挙げ、互いに互いを労っている頃には、誰彼の差異もなく皆々疲弊しきっていた。かくいう自分も例に漏れず、傷だらけ、血だらけの小汚い格好のまま、生きて帰れたことにこれ以上ない喜びを感じ合いながら酒を分かち合っている人々を呆っと眺めていたものだ。そうだ、勝つ喜びよりも、人の首を己の手で刈り取った感触の方が生々しく残り、槍を握り続けて麻痺した指先を弄していただけなのだ。
何故自分はこんなところにいるのだろう。
誰にも(自分ですら)答えようのない漠然とした猜疑に不安が鎌首をもたげ、胸を掻き立てられる。非道い焦燥もある。
あふ。欠伸をする。
戦の間は緊張でろくに睡眠を摂れなかった。鎧に身を包み、今まで行われた命の搾取に疲れ、倦怠感も重みとなって体にのしかかってくる。ただひたすら眠い。
「幸村よ、大儀であった」
「有り難きお言葉、身に余る光栄にござりまする」
この度の戦に於いて、特に功労者として懇ろに労われたときの喜びは筆舌に尽し難い。
今回幸村は最も多く名のある武将の首を挙げていた。しかしそれが何の足しになろう。
嗚呼眠い。
「あらら、旦那ってばだーいぶ疲れたみたいね」
「疲れたも何も…暫く寝てなかった故、体が参ってる…某はまだ未熟なようだ」
「一刻寝ればまた鍛練だの手合わせだの体を動かしたくなる癖に。アンタの回復には忍もびっくりだよ」
「そうか…」
「…何笑ってんの、ムカつく」
「…………眠い」
「寝れば?どうせ暫く戦はなさそうだし、またのんびりできるでしょ」
とろとろ微睡んだ意識に忍の声が溶け、何とも言えない心地好さが生まれる。
金が無粋にも幸村と忍を繋ぐ唯一だとしても、それが永きに渡って続けられてきて、築き上げられた関係がその上にある。少なくとも、今この忍が掌を返して幸村の首を取ろうとする様を、残念ながら幸村は想像できない。それは多分信頼なんかではなく、共犯めいたものを忍に感じるからなのかもしれない。弾力のある肉に刃物を無理矢理挿し込むぶつぶつという音。硬い骨を押し切るごりごりした振動が手に伝わる恐怖。それらの戦慄を招く諸々をこの忍は幸村よりも早く、多く知っている。
「…眠い」
そうだ自分は育ち盛り。
*
相対して初めてわかる同族の気配。足元から体を駆け巡る武者震い。彼は、強い。そしてそれに匹敵する自分も強い!
自惚れともとれる確信が自分の中身を狂暴なものに変えてゆく。人を斬ることに痛みを感じていた感傷的なときも忘れ、初めて人殺しに楽しさを見出してしまった。
もう人として終わってしまった。目の前にいるあれの命を自分の手でおわらせてしまいたい欲望がみぞおち辺りから湧き出る。
それは慕情にも似た、
*
重臣が、先の勝ち戦の功績を褒めた。
おめでとうございます。これでまたあなた様の天下が近付かれましたな。
しかし広大な夢の核心に少しでも近付けたことに喜ぶよりも、寧ろ気持ちはそこから遠ざかっていったような虚しい気がした。しかし自分が彼らの上に立つ手前、彼らの士気に関わる自分がその高まりつつある士気を台無しにするような言動はとれない。何より長い間自分に仕えているこの男は、重臣としてというよりも目附として眉を潜め、たしなめるであろう。上に立つ者がそのような有り様でどうするのですか政宗様、と。
「政宗様」
「何だよ」
何を言うでもなく、重臣はきつい目で政宗を見た。口に出さなくても浮かない気分は伝わってしまったようである。
「ご油断召されるな」
「わぁってるさ、そんなのは」
初陣もそれ以前も、言われ続けられてきた繰り言。窮鼠猫を噛む、の戒める格言を、実は政宗はよく理解していない。一矢報いたその後は、ならばどうなる。どうせ猫を噛んだ後の鼠の末路など、押し並べて同じである。
「、にしても嫌ぁな季節になったもんだぜ」
空はどんより重たい鉛色の雲がのしかかっている。這う空気はどこまでも冷たく、絡みつくような不快感もある。この季節は眠気も誘う。
「冬ならまだ対応の仕様があるってもんなのに、何だって梅雨かねぇ」
「どちらも同じです」
「Ah?」
「どちらも両軍に死傷者がより多くなるということです」
「……」
見つめる先の、頬に傷のある男は、厳しく遠くを見据えていた。
「雨が降り始める前に、終わらせるが上策でしょう」
「Ha−ha!お前のそのaggressiveな考え、好きだぜ」
眼下にそびえるはだだっぴろい野原。それを埋め尽す人、また人。馬の遠いいななきに、政宗は気分が高揚してくるのを感じた。
「善は急げ。いや…この場合善悪なんぞ関係ねぇか…?命の遣り取りと行こうぜ」
埋め尽す人、また人。赤揃えの鎧兜を身に付けた、騎馬。その中に間違いなく紛れている、自分を殺す(もしくは自分が殺す)であろう人物がいることを確信し、思わず口角を凶悪に吊り上げる。
「奥州筆頭伊達政宗、推して参る」
願わくば、自分が彼に対して感じた狂喜を、彼もまた感じていることを。
心臓はこう言う、目の前の生き物が恋しいと
thanx;夜明けの口笛吹き