AM7:10


目覚まし時計が大破していた。中の部品であっただろう、螺子と電池がはみだしている。こんなふうになるまで叩いたのか、それとも打ち所が悪かったのか、布団から体を起こし、茫然としている佐助はふと我に帰った。


「やば、もうこんな時間!?」


弁当を作る時間はおろか、朝食を作る時間までもが危ぶまれている。


「あぁあぁあぁ、旦那起きてぇ!」


叫びながら隣の部屋へ侵入する。足の踏み場もないそこを、今度の休日に掃除させようと決意しながら人の気も知らずに呑気にぐーすか寝ている目的の人物のベッドへ行く。先ほどの佐助の悲鳴すら、夢路の中では届かないようだ。


「っだぁああ!起きろっつーの!飯抜きになるよ!」
「何、某饅頭も好きでござるからお気になさるな」
「んな心配してねー!!」


髪を掻き毟りながら叫ぶ。当事者はまだ夢を漂うまま。




AM8:10


化粧を好まない女が持っているのよりは多い装飾品が目の前で散らばっている。アメピンにちょんぼ、Uピンがケースに収まりきらずに洗面台を占拠している。幸村はまだ寝呆け眼のままでそれを見つめている。
勿論幸村の私物ではない。後ろ髪がだらりと垂れ下がった些か変わった髪形であるが、暑いとき以外は纏め上げない。邪魔なので括っている程度だ。


(これはどうにかならんのだろうか)


邪魔で仕方がないと、幸村はその装飾品の山から歯磨き粉を探す。部屋は閉口するくらい汚い幸村だが、どこに何があるか覚えているので片付ける必要はないと自分では思っている。教材は全て学校の机の中なので準備は弁当と筆箱とその他少数のみだ。


(人には口煩く片付けろと言うのにあいつは)


それは佐助も望むところだろうが、お互い矛盾していることに彼等は気付いていない。




AM8:25


「じゃあ旦那、後からちゃんと追い着くから遅刻しないでよ」
「遅れて来る癖に俺にそういうことを言うのか」
「だって旦那すぐ道草食うじゃないの!」
「嗚呼、朝錬には遅れてしまうし、今日は調子が悪い。休もうか。お館様の授業すらないし…くそ」
「はいはい、さっさと行った行った」


一日が始まる。




AM8:45


「お前HR遅刻だな」


Hello、と気さくに挨拶をする政宗に、幸村は無感動な目で見つめた。いつもの朝と違って静か過ぎる幸村に、若干身を引きながら政宗はlowtensionじゃねぇかと幸村に尋ねる。幸村は重苦しい溜め息を吐いて机に崩折れた。


「お館様の授業がないでござる」
「…嗚呼」
「お館様の授業がない日などマスタードのないハンバーガーと同じでござる」
「大して重要じゃねえな」
「政宗殿など禿げてしまえ」


幸村の頭が教科書で叩かれたのと、予鈴が鳴ったのはほぼ同時であった。




AM9:40


「佐助ぇ!佐助ぇ!!」


階下から聞こえてきた声に佐助はうつ伏せていて体を起こした。前の席の元親がくすくす笑っている。


「大変だな、手の掛かる弟分がいてよ」
「弟分ならまだ良いよ。何かもう、親になった気分」
「はえーなぁ」


ずだだ、と響くような足音が教室まで迫るにつれ、佐助の気分もどこか磨り減るような気がする。


「佐助!体操服を持っておらぬか!?」
「持ってるわけないでしょーが!大体俺ら学年違うんだよ?服の色でバレるって!!」
「別に体操服を忘れたことを隠すほど姑息ではない!」


悪びれなど全く含意せずに言ったのであろうことはわかる。しかしはっきり言うなあと佐助はまた殊更痛んだ頭を抱え、机に突っ伏した。




AM9:50


「お、服借りてこれたか?」
「佐助には借りれなかったでござる…」
「ったりめーだ。ん?じゃあ誰に借りたよ」
「…慶次殿。昼奢りで」
「…Ah、ご苦労だったな」


幸村は、女子と同じく恋の話で盛り上がりたがる慶次が苦手である。というより、恋だの浮いた話が苦手である。それだけならまだ良いのだが、慶次は強要にも近い形で恋の良いところを押し売りしてくるのだ。まあ、幸村も甘味については譲らないところが侭あるから、わからないでもないが。


「昼休みが憂鬱でござる」
「あいつにとっちゃ絶好の時間だからな…」


百戦錬磨の政宗も、彼の話を聞くのだけは辟易しているようだ。溜め息を吐いてグラウンドに出ると、校舎から慶次が手を振ってきた。ぐらりと視界が揺らいだのは、季節に似合わない暑さのせいではない。