I think I can 01

Ich bin unerfreulich!(やーだよ!)

 


 調停員とやらの幹部になってくれる人材を探すため、というお題目は耳触りが良いが、正直言ってバッツは、これ以上に向いている人間がいるとは思えなかった。
 フリオニールのことも、ダンピールを探しているジタンにひっついていたら、ダンピールと持ちつ持たれつ、まさに普通の人間同士と同じような良好な関係を築いている珍しい人間がいるらしいからと、ついでに勧誘してみただけだ。運良くフリオニールが善良で、種族間の諍いを本気で憂いている人間だったから良いものを、下手に無関心な人間が幹部に収まると、それこそ周りの協調を崩しかねない。その見極めはとても難しい。その点フリオニールはおろか、見るからにこの件を厄介事と思っていたティーダをその気にしたウォーリア・オブ・ライトの話術には脱帽せざるを得ない。バッツは丸く納めるのは得意でも、やる気のない人間を自分から行動させるのは不得手なのだ。
 大体にして、単なる人間風情のバッツ自身も調停員とやらをまともにこなせるとは思っていない。便宜上、秩序の聖域(ウォーリア・オブ・ライト命名)と呼ばれることになった都市は、どこかしら吸血鬼と人間の線引きをしている他の町とは違って、本当の意味で種族差別を撤廃しようと掲げている。前代未聞のそれは今後、どんな問題が出てくるかわからないのだ。吸血鬼が相手のいざこざを人間程度が取り持てるか否かなど、結果は目に見えて知れている。だから吸血鬼の調停員が必要なのだが、その調停員になってくれる吸血鬼は、理解を示してくれる人間以上に少ないだろう。まして他の吸血鬼に影響を与えられる高位の吸血鬼から理解を得るなど。
 交易の助力という仕事に就く前は、バッツは旅人であった。その日その日で路銀を集め、気ままに旅をするのが好きだったのだ。足の赴く先はもちろん人間のみの街だけに限らず、吸血鬼が屯する酒場にだって行ったこともある。一見して能天気に見える飄々としたバッツは、酒に酔った吸血鬼らにしてみれば人間のくせにさぞ生意気に映ったことだろう。あわやということは何度だってあり、とある酒屋で彼らの指先に縊り殺されかけたあのときは、今を思えば本当に危なかった。そこの酒屋を経営していた女主人に助けられなければ今頃は疾うに、なんて、何とも背筋が冷たくなるではないか。
 淑女然とした口調の、背が低いその女主人は、人間でありながらいずれの吸血鬼からも畏れられた女傑であった。彼女はバッツの報復が恐ろしくはないのかとの問いに、不敵な笑みを以て応じた。


『決められた相手のルールにすら従えないのなら、人間だろうと吸血鬼だろうと所詮中身は動物。手心無用ですわ。他者のテリトリーを弁えない能無しさえ叩きだしてしまえば、後に続くお馬鹿どもはあっという間に黙りましてよ』
 もちろんあなたもですわよ、へっぽこ君。


 言葉よりもその後の凶悪な高笑いばかりが記憶に焼きついたが、よくわからない感慨に囚われて、バッツは交易の橋渡しを生業とするようになったのだ。少しでも無為に怯える人間が減るように、少しでも人間を見下す吸血鬼が減るように。
 はっきり言って、今はまだ両者の距離が遠すぎる。あの女主人が言うところの、テリトリーの境界線とやらを知らない者が多すぎるのだ。
 他の鬱憤まで集めかねない現状、種族の代表を募る『調停員』は、まだ早い。
 だからこそバッツは、ウォーリア・オブ・ライトの彼らをまとめ上げる手腕に期待している。未だに吸血鬼の特性を見せない、下手すると人間よりも人間の常識を心得ている彼に。
 そのウォーリア・オブ・ライトから、吸血鬼の協力者が得られそうだとの情報がもたらされたのは、フリオニールとティーダの二人が来てひと月が経とうかという頃だった。


「本当か?」


 あっさりあてが外れたバッツを始めとし、ジタン、ティーダ、フリオニールまでもが半信半疑の眼を向ける中、ウォーリア・オブ・ライトは重々しく頷く。


「彼女は前々から我々の意向にとても協力的だった。今まで事情があった故にこちらへ来ることが叶わなかったが、力になれるなら是非にと」
「事情って何なんスか?」
「彼女の個人的なことだ。私の口から無断で話すのは憚られる」


 嘘だ。何となく直感的にバッツは思った。
 ティーダの問いに淀みなく応じてみせたウォーリア・オブ・ライトだが、バッツには、彼にとってその話はあまり話したいと思えるような内容ではないように聞こえる。自分の感情で物事を左右するほど私情に駆られた人物ではないだろうウォーリア・オブ・ライトが話さないということは、彼女とやらが人間やダンピールの手に負えない問題を事情としているのだろうか。
 迂闊に立ち入った話は振らないでいようと決めたバッツの後ろから、上手い具合にジタンが手を挙げた。


「彼女ってことはレディなんだろ? かわいい?」
「可愛いかどうかは個人の審美眼によるだろうが…年の頃は大体十代後半だ」
「お!」
「ただし、それは外見の話だ。直系や三世ではないが、彼女は数百の齢を重ねた古血に類される。穏やかで争い事を厭う性格だから血統や種族に差別を持たないが、それだけ力があるということを留意してくれ」
「りょーかい!」
「では早速準備を終えたら発つように」
「…は?」
「君たち四人で彼女を迎えにだ」


 私はまだ諸々の整備があると涼しげなウォーリア・オブ・ライト。普段こそ厳明でとても頼れるのに、突発的に抜けてしまうのは相変わらずのようである。

 

 

 

 

 二年ほど前に大破して以来、車軸の具合がどうにも悪い幌馬車をひいて、バッツは荷台で騒いでいる年少組二人に苦笑した。隣の御者台では、フリオニールがバッツの手綱に繋がれている長年の相棒――吸血鬼の強襲からまんまと逃げおおせ、危険が及ばない場所でバッツを待っていた、利口でなかなかちゃっかりしたチョコボである。性格はお前とどっこいだとジタンに言われたが、どうにも納得がいかない。――を興味深げに眺めている。


「海を越えて、チョコボの足で十日かー。大陸を横断しないだけマシだけど、やっぱ遠いなー」
「チョコボって馬車馬代わりになるんだな…」
「まあなー。一人乗りよかスピードは落ちるけどさ」
「おいバッツ、もっと飛ばせよ!」
「俺! 次の休憩のときチョコボに乗んの、俺ッスから!」


 フリオニールを挟んで荷台から乗り上げてきたティーダとジタン。お互い初めて会ったダンピールだからとどこかぎこちなかったが、関をふたつ越えた辺りで緊張がもたなかったらしい。ジタンの盗賊稼業の武勇伝を聞いたり、ティーダの父親に対する盛大な愚痴が炸裂したり、今や傍目には数年来の友人のように打ち解けている。ジタンはこれから会うだろう吸血鬼の少女に思いを馳せ、ティーダは初めて見るチョコボに執心で、ずっとはしゃぎ通しだ。


「おいおい、チョコボのことも考えてやれ。休憩の合間にまでお前たちを乗せるのはさすがに可哀想だろ」
「大丈夫だフリオニール。もう目的地まですぐだから」
「えっ」


 バッツを振り返るフリオニールの顔が名残惜しげに歪む。何だかんだ言って、フリオニールもチョコボの背に跨ってみたかったようだ。
 何かからかいの言葉でも投げてやろうかとバッツが口を開く前に、御者台の背に腕をついていたティーダが、おもむろに身を前方へ傾けた。


「もしかしてあの雑木林を迂回したとこにある村ッスか?」
「ウォーリアにもらった地図じゃそうなってるけど…見えるのか?」
「んー……木が邪魔であんまよく見えないけど、家の屋根がちょっと」
「煙の臭いもするしな」


 事もなげに言う二人に、バッツは知らず苦々しい顔をした。
 もらった地図にある雑木林は点にも等しい小さなものだし、バッツの目にはまだ見えてこない。行方の村は、その林の更に十三里も向こうなのだ。
 吸血鬼に劣るとはいえ、ダンピールも身体能力は引けを取らない。これでは人間が恐ろしがるというもの。
 頭をもたげた卑しい考えは流れる風の中に捨て、バッツは俄かに汗ばんだ手で手綱を持ち直す。
 人間の恐怖はわかりやすい。
 己の知らない事象が目の前で自分に害をなすもの。それが人の形をしているのなら尚更だ。同じ外見をしているのに、自分が到底及ばない力を有しているというのは、未知そのものである。その未知は、やはり人間の与り知らぬ独自のルールで生きて、しかも人間を主食としているのだから過剰防衛もしたくなろう。
 しかし一方で、そういった恐怖を引き起こすのへは、力を誇張する吸血鬼だけでなく、声の大きい人間も加担しているとバッツは知っている。被害の誇大は言うに及ばず、かつて伝説となっていたその存在に対する隠れた羨望もあるのだろう。吸血鬼を妬む心は、恐れの影にいつもある。ダンピールもそれは同じだ。
 バッツはジタンとティーダを見た。
 吸血鬼の知り合いは数多くいるバッツの人脈をしても、ダンピールの話はあまり聞かないでいた。ジタンと会うまでは、人間からも吸血鬼からも疎まれているダンピールの腹の内は、想像するしかなかった。大体、人間を疎ましがり、人間と同様に吸血鬼の能力あるいは血統にどうしようもないもどかしさと並々ならぬ嫉妬を抱えているのだろうなというバッツの予想は、凡そ間違っていないと、この二人から確信を得たけれど。
 どちらの片親が吸血鬼か、己の出生に対してなかなか口を割らないジタンは恵まれているほど迫害とは無縁らしかったが、盗賊稼業には便利な力だよなと切ない表情で嘯いているし、一方のティーダはどちらの種族からも迫害を経験したらしく、時折そのトラウマで人目に怯えることがある。吸血鬼の父親に反感を覚えることがあって吸血鬼なんてという態だが、密かに吸血鬼の力に憧憬を抱いている節が表れていた。それどころか、能力の一端を持っているジタンまで羨ましがっている始末。
 彼らについては人間のバッツが口を挟んだところで聞き入れやしないだろう。吸血鬼、それも例えば吸血鬼になったことを後悔しているような、奇特すぎる者の言葉でないと、考えを変えようとは思わないに相違ない。
 しがらみに囚われすぎるその様相は、はっきり言って面倒くさい。難儀なものだ。業深いものだ。


「ま、最後まで付き合うけどさ」


 こうなりゃ好転させるまで。


「あ? 何か言ったッスか?」
「つ、疲れたらいつでも換わるからな!」
「あっ、ずりいフリオニール!」


 フリオニールを押しのけて御者台に座ろうとするティーダを何とか荷台に戻したジタンが、ふとバッツに囁いた。


「なあバッツ、気づいてるか?」
「何が」
「俺たちが行く村、確か前にも行ったことがあるよな」
「…マジ?」
「この馬車派手に壊されたじゃん。吸血鬼の奴らに」
「……………」


 協力者というその吸血鬼は、まさかかつてこの馬車の車輪を真っ二つに割った吸血鬼のような輩ではあるまいな。
 バッツの不安を代弁するが如く、村へ一目散に馳せる馬車の車軸が、ぎりぎりと大きく軋んだ。




(100509)