Let's made believe we are lovers 01

Es sollte dort Liebe geben.(そこには愛があるべきで。)

 


 ウォーリア・オブ・ライトは、元はかつて栄えた皇国の騎士であった。
 その頃には既に吸血鬼という存在が認知され、その恐ろしさ、利用価値のありようを理由に各地で戦争が起きていた。吸血鬼が恐れる銀の特需により銀山の採掘が進み、山は涸れ、一部の者に戦益の恵みが与えられた時代。正直、ウォーリア・オブ・ライトにとってあまり良いと言えない思い出が多くある。
 けれど、その時分がなければ今の自分はないと断言できる。そのときに、ウォーリア・オブ・ライトは<賢者>の血族として、<騎士>としてコスモスに剣を捧げたのだから。

 

 

 

 

 初めてその少女に会ったとき、あまりに己の『母』と似ていたことに驚いた。
 顔立ちではない。女性的な内面と、僅かに憂いを含んだ雰囲気に関してである。
 聞いた生い立ちはあまり幸せとは言い難い。だからだろうか、争うことをとても悲しみ、吸血鬼の血筋に対する自信に猜疑を持つ、吸血鬼でありながら人間的な考えを持った少女は、『母』と愛し、守るべき主と仰いだ美しい女神のような女性の面影をたびたびちらつかせていた。
 ウォーリア・オブ・ライトがその少女と会った時点で、少女は疾うに古血と称され、敬われるべき歳月を生きていたが、その人間味はまるで損なわれていない美術品のように綺麗なまま残されていた。純粋で、歪みやすい優しさを、傷つけつつも形を変えないでいた。そう、思う。
 少女は、一人の吸血鬼を探しているのだと言った。


「それはどこの者だ?」
「わからないの。たった一度、会ったきりで…」
「………」


 諦めろと、言うべきだったのかもしれない。ただの一度きり顔を合わせただけの、どこの者ともしれない、生死すらわからない相手を探すなど、無謀も良いところだ。これから先、何年世界を回らねばならぬのやら。
 けれど口にするのは躊躇われた。助けられたのだということに義理を通そうとする彼女が、とてつもなく勇ましく見えた。相手が幸か不幸か吸血鬼なら、人間と違って寿命で死ぬことは滅多とない。限りない人捜しに少女は諦観を見出さないのだ。ウォーリア・オブ・ライトはまたも『母』の面影を見た。


「そうか。他にわかることはないか?」


 少女の顔が輝く。自分の期待に応えてくれるような情報を何とかひり出そうとあぐねている様子に、ウォーリア・オブ・ライトは外見の歳相応の少女らしさを見つけてふと微笑んだ。


「……あ、そのヒトとどういう関係かは知らないけれど…」
「 ? 」
「銀髪の、髪が長い男の人…きっとどこかの始祖か直系だと思うの。そのヒトのことを知ってるみたいだった」


 ウォーリア・オブ・ライトと初めて会ったときのことを思い出してか、少女は視線を落とした。その様子を見るだに、件の男にも、ウォーリア・オブ・ライト同様に身を投げ出さんばかりに膝をついたことがあるようだ。
 ウォーリア・オブ・ライトは眉を寄せた。
 直系や始祖は、それ以下の血族にしてみれば顔を見るのも恐れ多いほど尊い存在らしい。思考ではなく、体を流れる血が訴えるのだとか。生憎血族を『母』以外に持たないウォーリア・オブ・ライトは、ティナに膝をつかれて初めて、その認識を知った。しかし、それは上位の吸血鬼を敬うばかりでなく、人間を下等と見る考えに拍車をかけるものだ。決定的な力の優劣を鼻にかけるだけでなく、互いの差別化を助長させるものなのだ。ウォーリア・オブ・ライト自身が願い、『母』が切望する種族間の融和の妨げになる、吸血鬼の礎となってきた確執は、退けるにはあまりに重い。
 それにしても。ウォーリア・オブ・ライトは思う。
 少女の言う銀髪の男に、ウォーリア・オブ・ライトは心当たりがあった。
 『母』コスモスその人が人間との歩み寄りをはかる変わり者であるために、懇ろにする他の血族はいないけれど、それでも始祖同士の面識はあるらしく、彼女はウォーリア・オブ・ライトに彼らの人柄を教えてくれた(といっても今や始祖のほとんどが灰に還っているらしい)。その中に、銀髪の容姿をした男の始祖はいなかった。ならば直系なのだろうが、思い当たるその血族を、正直ウォーリア・オブ・ライトは好ましく思っていない。
 その血統は名を<真祖混沌>という。真祖とつくように吸血鬼としての血統は一番古く、数千年前とも数万年前とも言われている。始祖を仰ぐ直系は三人。直系という呼称とは別に『1st』という別名がついていた。その内の二人が、ぎりぎりを保っていた人間との均衡を破り、百年を超える三度の大戦を引き起こした末に死んだと聞かされ、ウォーリア・オブ・ライトはひどく憤慨したのを覚えている。
 ウォーリア・オブ・ライトは、筋違いと知りながらも『母』に詰め寄った。内情を知っていたのなら、彼らの『親』たる始祖に彼らを止めるよう説得すべきではないのかと。始祖の言葉がどれほど重いのか、直系たる彼らだからこそ知らないではあるまい。
 コスモスはそんなウォーリア・オブ・ライトを愛しげに見つめ、次いで悲しげに彼の手を軟く握ったものだ。


『彼女は深い眠りについていました。体を失い、意識は露と消えて』
『それは、死んだのではないのですか』
『いいえ、彼女は美しく残酷な、生と死を司る命の源を知る者。彼女の子らは、彼女そのものなのです。死に逝った者も、遺された銀の鬼子も』


 あまりに抽象的だが、その曖昧な言葉以上に語るのを、コスモスは厭うた。悲しげな様子と、落とされた言葉の不気味さに、ウォーリア・オブ・ライトも追尋を諦めた。最後に遺ったという直系を危ぶむ意志だけを残して。
 その直系を、少女と会った男と結び付けるのは早計だ。彼女がその男と出会った場所が、<魔女>の管理する非人道的な研究所というのも気になる。
 しかし、古血と言えど三世以下の血統たる彼女が直系らしいその男に殺されんともわからないのに、みすみす危険へ赴かせるつもりは毛頭なかった。
 ウォーリア・オブ・ライトは首を振る。


「すまないが、心当たりにない。代わりと言ってはなんだが、しばらく付き合おう」


『彼女の子らは、彼女そのものなのです』


 不穏当な男の知り合いらしい、少女の捜しビト。嫌な予感がしなかったと言えば、嘘になる。

 

 

 

 

 すっかり疲労困憊の様子の二人が連れてきたのは、これまた何やら不審そうにしている二人組だった。ウォーリア・オブ・ライトは首を傾げてその二人を見、そして椅子に崩れ落ちたようにして座っている二人に目を移す。
 いつも元気で何かとバイタリティーに富んだ二人が疲れるような道程だったろうか?


「どうした」
「どうしたじゃねえよ!」


 机に突っ伏していた金髪頭がぴょこんと飛び起きる。…元気なようだ。ウォーリア・オブ・ライトはひとつ頷いて、書類棚に積まれている街からの申請書に手を伸ばした。そこでまた、声が非難を叫ぶ。


「言いだしっぺはアンタだろ! ただでさえ問題だらけだってのに、説明を他人に任すな!」
「む…。しかし、吸血鬼の私が直接赴いたところで、話し合いに持ち越せた自信がない」
「そうだけどさ!」
「何をそんな怒ることがある」
「…………!」


 言葉にならない懊悩に机を拳で打ち据えるジタン。そこから目をそらし、今は呆然と立ったままの二人に席を勧める。


「どうした、座らないのか?」
「え、ああ、はい…」


 ウォーリア・オブ・ライトは、ジタンの苛立たしげな殴打の音を背に書類を引き出し、二人の前に座る。そして時代錯誤も甚だしいウォーリア・オブ・ライトの甲冑に戸惑っているらしい二人を見た。
 他者を強く憎まないダンピール、それと偏見を持たない普通の人間。この世にそんな奴らがどれだけいるか知ってんのかよとぶつくさ言いつつも、ジタンとバッツは見事に見つけ出し、ここまで連れてきてくれた。何でも屋と名高いだけあって、その仕事は確実なようだ。
 二人とも、生気溢れるたくましい青年だ。一方は濃い銀白の髪に褐色の瞳の青年。他方は染めているのだろう、根元が少し黒ずんだような金髪で、空色の眼の片側が、細い瞳孔になっている。目が合うと、委縮するように即座に目をそらされた。今までひどい罵倒を受けたのだろう。嘆かわしいことだと目を伏せ、ウォーリア・オブ・ライトは口を開いた。


「君たちは二人からどの程度話を聞いた?」
「ほとんど何も…あなたが<賢者>の直系だということだけ…」
「何か、重役ポストに就いてみないかって言われたッスけど」


 一瞬冷えた目で何でも屋の二人を睨みかけたが、これは自分の落ち度だろう。


「私の名前はウォーリア・オブ・ライト。<賢者>コスモスの<騎士>を任されている。急な話で申し訳ないが、二人には折り入って頼みたいことがあって、ここまで来てもらった」
「どうせ俺が邪魔だってんだろ」
「ティーダ!」


 ティーダと呼ばれたダンピールの青年は、ひどく低い声で唸るようにこぼした。ウォーリア・オブ・ライトが彼を見ると、彼はジタンを睨んで、痛ましげに顔を歪ませている。なるほど彼は他人に抱く劣等意識を牙にするでもなく、自分へ翳すタイプのようだ。ジタンを睨む理由は計り知れないが、それにしたって。
 ウォーリア・オブ・ライトはティーダと、彼をなだめている青年にぴしゃりと言う。


「人の話は最後まで聞くべきじゃないのか?」
「アンタは吸血鬼じゃないッスか!」
「揚げ足を問題にしているわけではない。私は、話の腰を折るような横槍はいかがなものかと言っているだけだ。人間だろうが吸血鬼だろうがダンピールだろうが、言葉が通じる者同士ならば、それは会話のマナーだと思うが」


 言外に会話をする上で差別をする気はないと示唆すれば、ティーダは不承不承ながらも視線をこちらに戻した。それに微笑みかければ、横手からバッツが 「それ脅しよりこえーって、ウォーリア」 無視する。


「話を戻させてもらうが、頼みごとというのは、概ね二人が言ったことで間違いない」
「え…重役云々が?」
「そうだ。私は現在、コスモスの意向に基づいて都市を建設している。吸血鬼だけのためでも人間だけのためでもダンピールだけのためでもない、三種族が滞りなく安全に住める秩序の聖域たらんとする都市を。しかし現状は君たちも知っての通り、種族間の一方的な迫害が横行している。これは非常に残念なことだ。従って、種族間の確執や事情を把握し、円滑にトラブルを解決できる調停員を求めている。この調停員として、君たちの力を貸してくれないだろうか」
「は?」
「要項は全てこの紙にまとめた。問題があれば忌憚なく申し出てくれればいい。ただし、政策の方針を決めるための重要な役割だ。重責もある。勝手は重々承知だ。君たちも今までの生活があるだろうし、強制ではない。よくよく考えてほしい。私からは以上だ。尋ねたいことがあれば聞こう」
「えっと、じゃあ…」


 目を白黒させるティーダの横で、青年が軽く手を振った。


「君は…」
「フリオニールだ」


 フリオニールと名乗った青年は、どこか困惑げにウォーリア・オブ・ライトを見ている。その目は、いつかに見覚えがあるものだ。しかしどこでだったか、思い出せない。


「何か?」
「この調停員というのは、どういう基準で編成されるんだ?」
「十名前後の幹部を中心に組織する予定だ。偏りを懸念してどの種族の上限も四名までとしている。既に参加を表明してくれているジタン、バッツを除くと、あと三名ずつか」
「吸血鬼も、か…?」


 フリオニールの小さな声に、ウォーリア・オブ・ライトは頭を下げたい気分になった。不安があるのだろう、無理もない。


「いくら私に直系としての発言力があろうと、他の血統からの忠告にあまり長くは耳を貸してくれないだろう。そのために、できるだけ他の血統から、理解のある者の協力を得るつもりだ。私の力が及ばないため、君たちには余計な不安を強いることになってしまうが、こればかりは…」


 吸血鬼の血筋に対する誇りとしがらみの影響力は絶大だ。しかしそれで内乱が起きてしまっては、元も子もないのだ。
 口惜しげなウォーリア・オブ・ライトに、フリオニールは慌てて首を振る。


「いや、いいんだっ。正直ここまで融通を利かせてもらえるとは思わなかったし…!」
「これは私ではなく、ジタンやバッツの功労だ」
「そうか…」
「吸血鬼に供給される血液パックはジタンが住んでいた街、コスモスが治めていた土地、広報に応じてくれた土地の有志から募る手筈になっている」


 広報は俺がしたんだぜーと、バッツは親しげにフリオニールの肩を組んだ。
 バッツの顔の広さにジタンはほとほと呆れていたが、ウォーリア・オブ・ライトにとっては思わぬ幸運である。見返りとしての物資の輸入優先は安いものだ。その交渉も、元々交易の手助けをしていたバッツの手腕に期待された青田買いだろうが。
 ふと、ティーダがこちらを向いてるのに気づいた。目を合わせると途端に視線が泳ぐのだが、しばらく待っていると、ティーダの口からか細い声が漏れ出た。


「…何で、俺たちを呼んだんスか」


 いまいち自信に繋がらないのだろう。渡した紙の端を噛んだティーダに、ウォーリア・オブ・ライトは真摯に応えた。


「君たちが、どの種族の侘しさも知っているからだ」






(091203)