ふと、目が覚めた。
日の光が眩しい。けれど、なぜか手で遮ろうという気にもならない。意識がふわふわして、どうにも体の機能と脳味噌が、うまく繋がっていない感じ。
剥き出しの腕の下には、ちくちくとこそばゆい感触がある。草生きれでどうやら植物が体の下敷になっているとわかった。仄かに香る甘い匂い。花も、咲いているのだろう。
しばらく瞬きを繰り返し、右手に何か絡んでいるのに気づいて、そっちに顔を向ける。
目の前に麗しい銀髪美人が白雪姫さながら荘厳な静謐を湛えて目を閉じていた。
うーん、目の保養、目の保養。


じゃなくて。


さっと血の気が引く。
俺は、なぜかこいつが残念なことに、男だということを知ってるし、ついでに目の色も名前も、多分、知ってる。その生い立ちや、英雄と呼ばれるに相応しい力、そして最後も。
そこまでつらつら思い出して、なんでこいつが生きてるんだと思った。こいつはクラウドっていう俺の友達が魔晄炉に放り込んで、その後、その後………どうなったっけ?
ライフストリームで命の循環に乗りきれなかったら、エアリスがきて、 「私も、こっちに、来ちゃった」 と悪戯っぽく言って(イコール現実世界で死を迎えたということを、あまり実感できなかった。だって、感覚はないけど意思の疎通はできたし)、しばらくしてクラウドがこっちに来そうになったのを追い返して、最後にかっこつけてあいつに手を振って挨拶したのは覚えてる、けど。
ああ、あいつそういえば魔晄中毒治ったんだな。俺を見殺しにしたとか、エアリスを助けられなかったとか、そういう後ろ向きな考えとたたかって、頑張って、頑張って、笑えるようになったんだっけか。
これが現実逃避だってのはわかってる。隣の奴が俺と手なんか繋いじゃってる状態で寝てたなんて知ったら、膾切りなんてもんじゃない仕打が待ってるってわかるのに、動けないとか、そういう諸々から逃避したいんだって。
頼むから起きないでくれと必死で願うも、彼は目覚めを躊躇うように身動ぎした後、ゆっくり目を開けて、俺と同じようにぼうっと宙を見た。それから俺に視線を移し、


「お、おはよう」
「……なぜ貴様と手なんぞ繋いで目覚めねばならん」


ですよねー。俺もそこんとこ知りたいです。
セフィロスはしっかり俺の手に爪を立てていた。

 

 

 

 

そこは、エアリスが花を育てていた教会だった。天井がぶち抜かれたままだったから、屋内だと全くわからなかった。
教会で、花に囲まれて手を繋ぎながら目を覚ますってのもなかなかロマンチックだが、相手がこれじゃあ、萎えるもんも萎えますっていう話で。言ったら殺されそうだから、あくまで心の中に不満は留めておく。


「…うぉう」


天下の神羅ビルが、でかい樹木と化している。人の代わりに人畜無害や有害の動物が街を闊歩して、まさにちょっとした動物園とか自然公園状態。
いつからミッドガルは人の手から放棄されたんでしょーか。


「俺がクラウドにちょっかいをかけたときは、まだ都市だった」


俺の思考に明快な答えをもたらしたセフィロスは、無断で余所様の民家に入ったらしく、人が暮らした跡が絶えて久しいようだな、とつまんでいた微生物に半ば分解されたらしいペットボトルを投げ捨てた。


「ミッドガルに人がいない?」
「ああ。電気が通っている様子も、下水が流れる音も聞こえないな」
「っあー…じゃあここに人は住んでいないわけね」


なぜ俺はこの男と平然と肩を並べあっているのだろうか。
ちょっと考えて、仇を討っても喜ぶ人間が生きてそうにないからという、情に厚いと評判だった俺らしからぬ合理主義者ばりの冷たい結論を掲げてみたものの、やっぱり思考と感情がうまく結び付いてないような齟齬にぶちあたる。寝起きにしたって、ずいぶんと稼働が遅い頭だ。


「んで? アンタは何で俺とあんな気色悪いモーニングを過ごしたか、心当たりはないわけ?」
「あれを思い出させるな、腹立たしい」
「俺だって」
「───最後に覚えているのは、異世界で、異世界の人間と共に、異世界の人間といたクラウドと戦ったことだ」
「アンタ異世界までクラウド追っかけたのかよ」
「たまたま世界を二分する戦いの中で召喚されただけだ」


どうだか。
疑い深げな俺の目を不快に思ったか、セフィロスは俺の尻を固い靴の先で蹴飛ばした。
ところで、正宗をどこでも取り出せる反則技を使うセフィロスとは違い、まともな人間の俺には武器になるようなものも、武器と換えられるようなものも持っていない。正真正銘の丸腰である俺に向かって鼻で笑いやがったセフィロスの尻を蹴飛ばしかえして掴み合いになったことはさておき、先立つものがないというのは、これから活動する俺にとっては死活問題だ。まさかセフィロスに正宗を売り飛ばしてくれと言うわけにもいかない。


「つかアンタ、また世界を滅ぼすーとか、そんな類の、言わねぇよな」


前科があるだけに、ブラックジョークでもそんな言葉は聞きたくないが。
墓穴を掘ったかの如何や、セフィロスは少し考え込むようにして押し黙った。その間、俺が脂汗をかいたことは言うまでもない。どーかこの御仁がアホなことを思いつきませんよーに。


「………ここは寂しいな」


セフィロスの何もない横顔と、それに見合わない台詞にドキリとした。
セフィロスは、かつて神羅が世界の台頭とまで言わしめた頃、それと同じくらい人々の口にのぼるほど有名だった。神羅が抱える軍事部の英雄にとどまらず、敵対勢力(というほど神羅と拮抗してみせたところなんてなかったが)にまで恐れられた鬼神。なにものをも寄せ付けない孤高にして孤独な純然たる強さは、子供心をくすぐり、憧憬を誘うには格好の偶像だ。当時の神羅兵の大半が、大小なりとそういう気持ちを持っていたと言っても過言ではない。
だからこそ、セフィロスが感傷めいた言葉を吐露すること自体、違和感が多分にあった。セフィロスの人間性を否定するつもりはないが、彼の強さは尋常ならざるもので、彼のようになりたいと言いつつも背中を追うことで満足している人間にとって、セフィロスは凡愚とどこか違うと自分に納得させるくらい、俗世離れした節があったのだ。そうした先入観は、セフィロスが凡人であるはずがないという歪んだ期待に変わる否定を生む。神羅の衰退が眼前で見せられた今になって、セフィロスの人間的な面を見せたということは、もしかしたら彼は周囲からの押し付けに我慢ならなかった部分でもあったのだろうか。
狂気に走った彼を間近に見た俺に、少ししみったれた感慨が浮かぶ。
そういえば、クラウドも俺と同じようにセフィロスに憧れ、セフィロスが壊れてゆくところを見た。あれからろくに言葉を交わすこともできなかったが、その手でセフィロスを殺した彼は、俺とはまた違う考えを持っていたのかもしれない。
俺もセフィロスも、なぜか生き返ってるからなんかちょっと申し訳ないけど。


「何せ、からかうために生まれたようなクラウドがいない」
「アンタ、もうちょっとあいつに謝ろうとか考えないわけ」
「ないな」


すまんクラウド。俺じゃこの人を調教できない。

 

 

 

 

仕方ないから結局丸腰のまま、コレルの方へ来てみた。
地道にモンスターをしばき倒して貯めた金でまともな食糧と水を買い求めるのに、丸一週間もかかった。あまりの閑散ぶりにそもそも人口の絶対数が減ったのかと、比較的賑わいを見せると思われるジュノンやコスタ・デル・ソルへ向かいたかったが、いくらミッドガルにある神羅があんなでも、セフィロスやソルジャーの知名度までは測り知れないから隠密に行こうと言ってんのに、この人ったらまるで聞きゃしない(「なぜ俺がこそこそせねばならん」 ってアンタ状況わかってる?)ので、路線を変更して砂漠のど真ん中にいる。コレルプリズンや諸々の収容所があるおかげで後ろ指を指されたくない人間が多くいるため、詮索はされ難いだろうと踏んだのだ。
熱射病と脱水症状が当たり前のように付きまとい、こんなしんどい思いをしてまでセフィロスと一緒にいるのも馬鹿らしいが、星を滅亡だとか征服だとか、彼が危うい思考に走ったときは今度こそ俺が止めねばクラウドに申し訳が立たない。あいつ、傍目にもほんとに頑張ってたからなぁ。
砂まみれになって不機嫌を全面に押し出しつつも、体力は全く減っていない化け物並に元気なセフィロスと、やっと見つけた一軒の酒屋に入る。椅子に倒れ込むように座って、酒を飲んでセフィロスに言った。


「で、旦那はこれからどうするよ」


返答次第では、一生をかけて彼のストッパーに徹せねばなるまい。女日照りが慢性化しそうで、俺は戦慄した。
セフィロスは物憂げにグラスを傾け、ニヒルに笑う。


「クラウドがいない慰みに、青い目のチョコボを探そうと思う」
「………アンタ本当にクラウドが好きな」
「あれほど俺を退屈させないものは他におらん」
「俺は心底クラウドに同情するぜ」


つか、なんか性格が変わってないか、この人。こんな失笑を誘う人だったっけ。
とにかく、黄ばんだ隙間の多い歯と垢に汚れたように日焼けした店主にそれとなく聞いてみると、神羅という大企業は最早机上と古い文献の上だけによるものになっているらしい。時代がいくらか過ぎたというのに、俺たちが人として生きていた時代とあまり変わらないことに複雑な思いを抱いたが、いきなり神羅時代よりも超科学が発展されたら時に取り残された俺たちは明らかに浮くので、助かったと思う。


「兄さんら、今日はついてねぇなあ」


常連らしい男が大ジョッキ片手にほろ酔いでカウンターから声をかけてきた。腕にあるナンバリングの刺青が黒い肌の上で慎ましくしている。ムショ帰りか。


「あいつ仕事に行ってっから、今日の目玉はこのしけた酒だけさな」
「ここ、なんかやってんのか」


視線で関わるな馬鹿者と如実に訴えるセフィロスを無視し、椅子に座りなおして男と向き合う。男は得意げに言う。


「ベットファイトさ。ちょいと顔の綺麗な兄さんが、ケツ穴賭けて野郎と渡り合うんだ。かわいい顔してなかなか剛毅でな。今まで敗けなしよ」
「男ぉ? んなの抱いたって自分と同じイチモツついてりゃ勃たねぇだろ」
「いやいや、マジでそんなの気にならねぇくれぇの女顔だよ。このあたりじゃ珍しい金髪に、変わった青色の目の、さ。そういやアンタと同じ目の色だな。実は兄弟かい?」


その人物像について、やや心当たりがないでもない俺は、セフィロスと同じく怪訝な顔をしているに違いない。だって、おかしいだろう。
俺の知ってる人間は、自分の女顔を槍玉にされるのをひどく嫌い、下世話な話題を避けてきた。体を売るような人間じゃない。それにあいつがずっと生きてるなんて、有り得ないじゃないか。
頼むから違うと言ってくれ。最悪子供とかでいいから(とか言いながら、魔晄に晒された人間の受精率が絶望的なまでに低いことを、俺は知ってしまっている。今まで避妊しなくていいとかちょっと最低なことを考えてたツケか?)、じゃないとセフィロスが暴走する!


「普段は運び屋やって、荒稼ぎしてぇときにくんだと。名前は確か……ク」


決 定 打 !
あああああ、正宗持ってどこ行くセフィロス!









(090602)
(090731)
thanx title:loathe.