□■□ 笑顔を君に □■□



 屋根の隙間から注ぎ込む柔らかな日差しを受け、教会の中にある小さな泉の水面がきらきらと輝いていた。泉の周りに咲き誇る黄色の花々。その中に横たわる人影が四つある。
 黒衣をまとい、右腕を腹の上に、左手を伸ばして仰向いているのはクラウド。その右横にはピンクのワンピースをまとったティナが同じように仰向けで寝転んでいる。彼女を挟んだ向こうには、パーカーとハーフパンツ姿のオニオンナイトが、ティナの方を向いて目を閉じている。
 三人が規則正しい寝息を立てる傍らで、クラウドの左隣にいるティーダは左肘を床につき、その先にある掌に頬を載せて、にこにこと笑顔を浮かべていた。
「寝るんじゃなかったのか」
「寝顔見てたら寝るのが勿体無くなった」
 クラウドの頭の方に腰を下ろし、立てた膝に腕を乗せたスコールが、ティーダの回答に眉を寄せる。
「隣が羨ましいっスか?」
「…別に」
「俺は羨ましいけどな〜。場所交換しようぜ、ティーダ」
「ダメっ!」
 ティーダが身体を伏せ、両手を床について上半身を持ち上げる。むっと頬を膨らませながら見上げた先には胡坐をかいたバッツが、合わせた足を両手で掴みながら身を乗り出していた。
 クリスタルの力で互いの世界が行き来できることを知った後、彼らは頻繁にクラウドの世界を訪れている。無論、クラウドが他の世界にいくこともあるが、全体的に見るとこの教会を訪ねてくる仲間が多く、この日のように教会の中でのんびり過ごしたり、何人かで集まってどこかに出かけたりしていた。
「楽しみだなぁ〜。星見るの」
「バッツの三ツ星とは比べ物にならないくらい綺麗だと思う!」
「……比べるものじゃないだろう」
 寝転んだまま、膝から下をぱたぱたと動かしながらティーダが言う。この日、彼らが集まったのは、コスモキャニオンという場所に星を見に行く為だった。きっかけはバッツが自分の世界を旅する中で見た風景を話していた時だったか。ティナが一言、降る様な星空を見てみたいと呟いたことに始まった。無論、ティナの世界にも星空は存在する。しかし、その星空はバッツの見た星空とは違う。オニオンナイトが知る星空も、クラウドが見る星空も、スコールやティーダ、そして今日は来ることができなかった他の仲間たちが見ている星空も全て異なっている。自然とそれぞれの世界の星空を見比べてみようという流れになり、今夜はクラウドの世界の星見をする日であった。
「ん…」
 漏れた声、続けてゆるゆると持ち上がった腕に、話をしていた三人の視線が動く。クラウドの横で眠っていたティナが手の甲で目をこすり、ぼんやりとした眼差しであたりを見渡した。
「おはよ、ティナ」
「おはよう」
「おはよう!良く眠れたっスか?」
「……おはよう」
 ゆっくりと起き上がったティナが微笑んで、ティーダの問いに、ええ、と相槌を返す。そのまま視線を下に向け、眠り続けているクラウドの穏やかな表情に、安心したような吐息をついた。
「良く寝てるね」
 いつの間に起きたのか、両膝と両手を床につけたオニオンがティナの横から顔を出してクラウドを覗き込む。少年の言葉に頷いた少女もまた、横たわったままの兵士を見下ろした。
 建物の中にもかかわらず時折吹き抜ける柔らかな風が金糸の髪を揺らしていく。髪の毛と同じく色素の薄い睫が影を落とす瞼の下には、すっきりと通った鼻と軽く開いた薄い唇がある。特に示し合わせたわけでもないが、5人は黙ったまま、最年長者の寝顔を見つめていた。
 静寂を破ったのは小さな金属音だった。
「どうしたっスか?」
 音源のそばにいたティーダが顔を上げる。ティナとオニオンナイトもティーダの声に顔を上げ、彼の視線を追って顔を動かした。先にいるスコールは己の傍らに置いてあったガンブレードのトリガーに指をかけている。
「…誰か来たな」
 先ほどまでの穏やかさをかき消して探るような鋭い空気をまとうバッツに、スコールが頷き返す。ゆっくりとした所作で立ち上がったティナと、彼女をかばうように前に出たオニオンナイトも教会の扉に向き直った。ただ一人、寝転んだままのティーダはうつ伏せから横向きに体勢を変えて片腕の自由を確保する。雰囲気を変えることなく眠り続けているクラウドにティーダがほっと息を付いたとき、厚い板が擦れる音を立てながら境界のドアが開いた。
 目覚めているものたちの緊張感が高まる中、しかし、開いた扉から踏み込んでくるものは誰も無い。ただ、光を背負った影が3つ、扉の外側に佇んでいる。逆行で中から顔は見えないが、シルエットから男が2人、女が一人だということが分かった。
 彼らに敵意は見えない。変わりに戸惑ったような空気をまといながら中を伺っている。だが、スコールはガンブレードに伸ばした手を離さない。バッツとティーダも神経を尖らせたまま様子を探っている。
「…随分大人数だぞっと」
 数分の後、先に動いたのは外に立っていた3つの影だった。独特な口調で呟きながら、一人の男が床に足を乗せる。数歩後からもう一人の男も続けて中に入ってきた。
 室内に入るにつれはっきりとする容貌に、バッツとスコールは観察するような視線を、オニオンナイトとティナは戸惑ったような視線を向ける。中に入ってきた男たちは、双方とも黒いぴったりとした服に身を包んでいる。先に入ってきた男は燃えるような色をした髪を持ち、後に続く男は目をサングラスで覆っていた。
「…誰だ」
 立ち上がったスコールが進み出て、寝転んだままのクラウドとティーダを背に立ち止まる。その片手にはガンブレードが握られており、持ち上げられたそれはかしゃんと音を立てて肩に落ち着いた。武器を見た黒スーツの男たちの空気がすっと冷える。対するスコールの視線も突き刺すような冷たさを孕んでいた。
「いきなり武器を構えちゃ、失礼だぞ」
 言葉のわりに嗜める空気を全く持たないセリフを吐いたバッツがスコールの横に立つ。軽く足を開き、片腕を腰に当てたバッツは真っ直ぐと黒スーツの男たちを見た。
「で、どちらさん?」
「それはこちらのセリフだぞっと」
「貴方たち、誰?」
 警戒心の含まれた声音とコツコツという硬質な足音を立てながら、扉の向こうに残っていた人影が近付いてくる。果たして、黒スーツの男たちの後ろから現れたのは、長い黒髪を背中に垂らした女性。そして、彼女の後ろから小走りで付いてくる二人の子供だった。
 二人の横に立った女性はバッツとスコールを見、その背後に立つオニオンナイトとティナの顔を見て表情を曇らせる。止まった女性の後ろから顔を覗かせた子供たちはきょろきょろと視線を動かし、眠ったままのクラウドを目に留めると互いの顔を見合わせた。
「クラウド、起きないね」
「うん。いつもだったら、僕たちが来ると居眠りしてても目を覚ますのに」
 どうやらクラウドの顔見知りらしい。女性の視線を受けるティナはほっとしたように表情を緩めたが、黒スーツと対峙しているスコールとバッツの空気は変わらない。片手を腰に当てている旅人が、もう片手を肩ほどの位置まで上げ、当たり前だというように口の片側を吊り上げた。
「そりゃ、俺たちがいるからな。安心してるんだろ」
 一歩下がった位置にいる少年と少女を肩越しに見たバッツがウィンクを飛ばす。それを受けたオニオンナイトは力強く頷き、ティナは頬を軽く染めながら小首を傾げた。
 彼らの様子に女性が拳を握る。視線を向けられていることに気付いたティナが、慌てた様子でぺこりと頭を下げた。
「あの、こんにちは」
「こんにちは。……貴女、誰?」
「人に尋ねる前に、自分から名乗るべきじゃない?」
 ティナの前に立つオニオンナイトが女性を真っ向から見上げた。視線を落とした女性は目の光を変えぬまま少年の瞳を見つめ返す。しばし睨み合いが続いたが、吐息をついた女性が少しだけ表情を和らげた。
「そうね。悪かったわ。私はティファ。クラウドの幼馴染よ。君は?」
「オニオンナイト」
「オニオンナイトね。宜しく」
 差し出された右手をオニオンナイトが握り返す。笑みを浮かべたティファは手を離して顔を上げ、少年の後ろに立つティナに向かってその手を差し出した。
 一方、男同士で睨み合いをしている側は、どちらも手を差し出す雰囲気など全く見せない。黒スーツのうちの一人はサングラスで表情がいまいち分からないが、もう一人は探るような視線を隠すことなく前に向けている。それを受けているスコールも表情の無いマネキンのような面で、バッツは口元にだけ笑顔を浮かべて二人を見返していた。
 二人組の男たちが探りあいをし、ぱっと見たところは平和的な笑顔を浮かべている女性陣と子供たちが挨拶をし合っている後ろで、一人眠りの世界にいたクラウドが身じろいだ。色々な感情が入り混じったこの空間で今まで眠り続けていたことに少しだけ感動しつつ、ティーダが右手を伸ばして彼の肢体を抱き寄せる。
「起きちゃったっスか。もうちょっと寝てれば良かったのに」
「……何だ?」
「ちょーっと、修羅場?かも?」
 抱え込まれつつ、曖昧な言葉にクラウドが首を傾げる。もぞもぞと体勢を動かして視界を確保したクラウドは、その中に映った光景に目を見開いた。
 眠りに着く前よりも明らかに増えている人の数。その上、何故か殺気まで含まれた空気が満ちた教会の中。背中を向けているバッツとスコールの向かい側には、タークスのレノとルードがいる。互いの表情こそ確認できないが、彼らの周りの立ちこめるのはぴりぴりとした空気だ。
 視線を少しだけ横に動かす。握手を交わす女性が二人とその傍らに立つ子供が三人。バッツたちと同じようにこちらに背を向けたオニオンナイトとティナの表情はクラウドには分からない。しかし、正面を向いている幼馴染は明らかに機嫌が悪いオーラをまとっている。なぜなら口元こそは笑顔だが目が笑っていない。そして、ティファの後ろから覗いているマリンとデンゼルも、伺うような視線をティファに向けていた。
 表情も空気も異なる彼ら共通しているのは緊迫感。強いて言うなら、BGMは秩序組とカオスの対面シーンで流れたあの音楽がぴったりな光景である。
(何でこんなことになったんだ…?)
 この世界の仲間と異界の仲間を順に見つめながら、クラウドは首を捻る。寝起きの頭ではまともな思考は働かない。意見を求めてティーダに視線を向けたが、にこにこ笑い返されただけで参考にならない。
「もう少し寝てた方がいいっスよ」
 耳元での囁きに考えることを放棄したクラウドが目を閉じる。そのまま再び眠りの世界へ発ってしまおうと、包み込まれる心地良さに深呼吸をした。





−モテるなぁ、クラウド−





 揺蕩う意識の中で響いた声にクラウドの体がぴくりと動く。聞き覚えのある懐かしい声。夢にあの人が出てきてくれたのだろうか。
(夢だけでも会えるなら…)
 心の中に広がる温かさを感じながら、何も無い空間に身を任せ続ける。





−こんなことになった理由なんて簡単だろ?−
−みんな、クラウドが大好きだから、だよ−





 先ほどよりもはっきりと聞こえた声に、クラウドは閉じた目を開いた。ほぼ同時に己を抱きしめていた腕が消え、言葉にし難い悲鳴と非難の声が耳に届く。慌てて身を起こせば、一人の男がティーダの頭をわしわしと撫でていた。
「何するんだよ!!」
 己の髪の毛をかき回す大きな手を振り払ったティーダが、不満満面で傍らに屈みこむ男に噛み付いている。頭を抑えられて暴れるティーダと楽しそうな表情でそれを見る彼の図は、大型犬と中型犬がじゃれているかのように見える。中型犬はティーダ、そして大型犬と称した側はクラウドが良く知る人物。長く伸びた黒い髪、髪とは違う色のハイネックに片方だけの肩当、顔に浮かんでいるのは快活そうな笑顔。
「…ザックス?」
−よっ、久しぶり!−
−…きちゃった−
 片手を挙げてにやりと笑うザックスの声に被った柔らかい音。目を見開いたクラウドがゆっくりと振り返る。目の端に映る黄色の花、光を反射する水面……そして。
「…エア、リス」
 クラウドの背後にしゃがみこみ、曲げた膝に組んだ腕を乗せたエアリスが、えへへと屈託無く笑っていた。茶色の巻き毛、高い位置で結った髪、緑の瞳、ピンクのワンピース、赤いジャケット。最後に教会の扉で見たときと変わらぬ姿で彼女はそこにいた。
「どうして…」
−どうしても会いたかったの−
 ぴょんと跳ねるように動いたエアリスがクラウドの横に腰を下ろす。
−迷惑だった?−
「いや…」
 覗き込んでくる彼女の笑顔に、嬉しい、と心の中でだけ答える。すぐ横にいる彼女の肩と腕が微かに触れ、そこからぬくもりが伝わってくる。彼女の存在を感じたクラウドに浮かんだのは破顔一笑。それを見たザックスとエアリスは満足そうに微笑み、ティーダは真っ赤になりながらも嬉しそうな笑顔を浮かべてクラウドに飛びついた。
 ちなみにクラウド達から少し離れた場所では、スコールとタークスの二人が目を見開いて固まり、バッツは「へぇ〜」と楽しそうに頭の後ろで手を組んだ。ティファは切なそうな笑顔で幼馴染を眺め、マリンとデンゼルは珍しそうにクラウドを見つている。そして、オニオンナイトは顔を赤く染め、その傍らで口元に手を当てたティナがふんわりと微笑んだ。



−FIN−








チャットでお世話になっている深音様より、誕生日にとこんなに素敵なプレゼントをいただいてしまいました…!
ふぉおお…!なんということだ…私死ねる、幸せで死ねる…!かつてこんなに幸せな誕生日を迎えたことがあっただろうか…ふひひひ…ありがとうございましたー!
このお話は深音様のサイトで掲載されている「Dissidia/After」の設定に基づいておりますので、是非ご一読を!



(091225)